表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/80

プロローグ お主が妾のマスターか?

「お主が妾のマスターか?」


「……これ、なんてエロゲ?」


 ダンジョンの最奥で、俺は少女と出会った。


 青い癖毛。暗い洞窟の中だというのに、妙に透き通って見える白い肌。少女から大人へ移り変わる境目のような、すらりとした身体。


 そして何より、目が綺麗だった。


 澄み切った、何も疑っていない瞳で、彼女は俺を見下ろしていた。


 ちなみに俺はというと、地面に仰向けで倒れていた。


 右腕は上がらない。左足はたぶん折れている。脇腹から流れた血は、すでに服を黒く染めていた。さっきまで俺を食い殺そうとしていた痩せた狼型の魔物は、少し離れた場所で、口から焦げた煙を吐きながら痙攣している。


 要するに、満身創痍。

 もっと端的に言えば、死にかけだった。


「えろげ、とは何じゃ?」


「今の俺に説明させる気か……? 死ぬぞ……俺が……」


「む。死なれては困る。せっかく、ようやく妾をここまで満たしうる欲望の持ち主が来たというのに」


「何だその……上位生命体が漫画で言いそうなセリフは……」


 意識が遠のく。


 借金取りに追い込まれ、金目の物を探して倉庫の扉を開け、なぜか草原と洞窟をさまよい、魔物に殺されかけた挙げ句、最後に青髪の美少女からマスター認定される。


 人生の終わりとしては、だいぶ意味が分からない。こんなことになるのなら、ダンジョンになど入らなければよかった。いや、扉を開けただけなので、ほとんど不可抗力なのだが。


 少女は俺の傍らに膝をつくと、胸元にそっと手を置いた。


「安心せい。お主は妾の主となった。主を死なせるほど、妾は薄情ではない」


「初対面で……所有権が……確定してる……」


「逆じゃ。お主が妾を欲したから、妾はこうして生まれたのじゃぞ?」


「……意味が分からない。その言い方じゃ、俺がお前を創ったみたいじゃないか……?」


「うむ。なかなか業が深い。己の性癖とはきっちり向き合わんとな」


「死ぬ前に知りたくなかった……そんな性癖……」


 少女が、無垢な顔で笑った。

 その瞬間、彼女の手のひらから青白い光が溢れた。


 折れたはずの足が熱を持つ。裂けた脇腹が塞がっていく。潰れかけていた肺へ空気が戻り、俺は血と土に塗れたまま、大きく咳き込んだ。


「身体が動く……?」


「直してやっただけじゃ。妾の中で死なれると、寝覚めが悪いからの」


「なんだろう、治療じゃなくて修理のように聞こえたのは? というか、妾の中……?」


「うむ。ここは妾の内側じゃ」


 少女は、誇らしげに両腕を広げた。


「迷宮核たる妾の身体。その奥底へ辿り着き、妾を目覚めさせた褒美に、お主へ望むままの願いを叶えてやろう」


「願い……」


「金でも、城でも、女でも、権力でもよい。お主の欲するものを申してみよ。妾は欲望を糧に、何でも育ててみせるぞ」


 その言葉に、俺の頭へ最初に浮かんだものは、世界征服でも、不老不死でも、ハーレムでもなかった。


 借金。

 家賃。

 税金。

 そして、二度と役所の窓口で頭を下げなくて済む生活。


 俺は震える指で少女の手を掴み、絞り出すように告げた。


「……金だ」


「ほう?」

「借金を返せるだけの金と……誰にも奪われない家と……あと、税金がかからない収入源が欲しい……!」


 少女は、一瞬だけ目を丸くした。

 やがて、心底嬉しそうに笑った。


「よい。実によいぞ、我が主。小さいくせに生々しく、切実で、腹の底から煮詰まっておる。妾はそういう欲望が大好物じゃ」


「褒められてる気がしねぇ……」


「名を聞こう、主よ」


「……網代(あじろ)(かける)


「では、駆。妾にも名をつけよ」


 息をするたび、まだ肋骨が痛む。


 頭は混乱している。状況は何一つ理解できていない。


 それでも確かなことが一つだけあった。


 俺は、どうやら死なずに済んだらしい。


 そして、祖父の家の倉庫で見つけたこの化け物じみた幸運は、俺の人生を根こそぎひっくり返す。


 これは、相続したボロ家の倉庫で、魔物の内臓へつながる扉を見つけた俺が、借金取りと役所と税金――ついでに国家まで相手取ることになる物語だ。


 話は、俺がまだ町役場で働いていた一か月前に遡る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ