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タロット大陸吟遊録  作者: にん


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#1-1:魔術師国



(……ここ、か)


俺は、立派にそびえ立つ門を見上げた。


魔術師国の城下町入口。

愚者国の隣にある、知略と言葉を美徳とする国。


そう聞いている。


俺は、どうしてもこの城下町を見てみたかった。

いずれ愚者国を飲み込むかもしれない、この国の城下を。


門の近くまで歩くと、すぐに門番に止められた。


「おい、何者だ。この国に何の用がある」


(……まあ、そうだろうな)


近隣諸国が互いに干渉し合い、戦争がまさに始まろうとしている今、簡単に門を通してもらえないのは当然だった。


俺は、背負っていたリュートを少し持ち上げて見せる。


「俺は、吟遊詩人だ。愚者国から旅をしてきた」


門番は、俺の頭から足先までを値踏みするように見た。


「……吟遊詩人だと? 詩人の振りをして、国を探りに来たんじゃないだろうな」


俺は、思わずため息を吐いた。


「……スパイ出来るような学があったら、詩人なんかしてねえよ」


学校も出ていない俺に出来ることといえば、最低限の読み書きと、唄を創って唄うことくらいだ。


門番は、まだ疑うように目を細めた。


「……証明してみせろ」


「……分かったよ」


聞かせるためではなく、証明するためだけに唄う。

気分は乗らなかったが、ここで追い返されるわけにもいかない。


俺は渋々リュートを構え、愚者国の唄を唄った。


唄い終わると、門番が少しだけ感心したように言った。


「……お前、中々上手いんだな」


俺は、鼻の穴を膨らませながら胸を張った。


「ふふん。だろ? 愚者国では一番の唄い手だったんだ」


実際のところは街一番くらいだが、そこはつい調子に乗ってしまった。


「……銅貨、くれてもいいんだぜ?」


そう言うと、門番は呆れた顔で道を開けた。


「馬鹿なことを言ってないで、さっさと通れ。無駄に長居するなよ」


銅貨は、くれないらしい。


俺は「はいはい」と言いながら、城下町の門を潜り抜けた。


(……ここが、魔術師国の城下町か)


肺一杯に、空気を吸い込んでみる。


愚者国とは違う匂いがするのか、確かめてみたかった。


けれど、隣の国に来ただけでは、吸い込む空気は同じように思えた。




少し歩くと、広場が見えてきた。

そしてその広場は、大きな賑わいを見せていた。


「……おお、あいつ強いな」


「やっぱり優勝は、彼ね」


そんな声が聞こえてくる。


俺は観衆の間から首を伸ばし、覗き込んだ。


どうやら、チェスの大会のようなものが開かれているらしい。


(……チェスに大会なんてあるんだな)


愚者国にも、チェスはある。

だが、子どもが他の遊びに飽きて、渋々盤面を持ち出す。

せいぜい、その程度の娯楽として扱われていた。


たった数日歩いて国を越えただけで、文化が違う。


俺は、不思議な感覚を抱いていた。


「……わあっ……」


その大会の様子をしばらく眺めていると、少し離れた場所から、別の歓声のようなものが聞こえてきた。


俺は、その歓声の方へ少し歩いてみる。


「……信念とは、叡智を絞った先に生まれるものである!」


「いいや! 信念があるからこそ、優れた叡智が集結されるのだ!」


(……ん?)


言っていることはよく分からないが、二人の男が壇上で、大声で何かを主張していた。


垂れ幕には、『集え、弁論の猛者よ』と書いてある。


(……なるほど、弁論の大会か)


チェスに、弁論。


知略と言葉を美徳にする国らしい大会だった。


愚者国に、大声で何かを主張する奴などいない。

大声を出している奴がいるとしたら、食い逃げだとか、ツケを払えだとか、せいぜいそんなことくらいだった。


俺は、魔術師国の熱気に触れ、詩人の血が滾るのを感じた。


(……よし)


人込みから少し離れ、リュートを構え、旋律を奏でる。


――


風の国から 門を越え

同じ空気を 吸ったのに


盤の上では 王が逃げ

壇の上では 言葉が燃える


たった一歩の 隣国で

俺の知らない 世界が鳴った


――


最後の一音を鳴らすと、観衆から拍手が聞こえた。


「よっ! 詩人さん、いい唄じゃねえか」


俺の前に、銅貨が投げられる。


(……よし、いい感触だ)


手を振ってお辞儀をし、しゃがみ込んで銅貨を集めていると、頭上から声が降ってきた。


「おい。お前、詩人だな?」


俺は首を上に向けた。


「見りゃ分かんだろ」


そう言いながら、その男を見る。


どうやら、この国の衛兵のような恰好をしていた。


俺は一瞬、捕まるのか、と危惧して身体を固くする。


衛兵は、高圧的に言った。


「名は。どこから来た」


俺はその物言いに苛立ちを覚えながらも、口を開いた。


まだ旅の序盤だ。

こんなところで捕まるわけにはいかない。


「……ジル、です。愚者国から、来……ました」


衛兵は「ふむ」と考えるような素振りをした後、続けた。


「私は、王宮に仕える者だ」


(……げっ、王宮……)


俺は、今唄った唄がこの国の禁忌に触れてしまったのかと、頭の中で急いで詩をなぞった。


目を泳がせている俺をよそに、衛兵は続ける。


「王宮は、来たる戦争に備え、緊迫した空気に包まれている」


それから、俺を見下ろすようにして言った。


「……お前、いくら愚者国の詩人でも、この大陸の戦争の話くらいは知っているな?」


(……ちっ、馬鹿にすんなよ)


心の中で舌打ちをした。


戦争の話を聞いたから、俺は旅をしているんだ。


愚者国を、いや、詩人を馬鹿にしたような物言いに腹が立った。


俺は兵士から目線を逸らしながら、短く答える。


「……ああ」


すると、衛兵は驚くべき言葉を続けた。


「私はその王宮で、参謀様の近衛を任されている」


「お前の唄で、王宮の空気を少し和らげてほしい」


「……ええっ?! さ、参謀様?!」


俺は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


国々を巡りたいと思って旅に出たものの、出だしから王宮に入れるなど、考えてもみなかったからだ。


近衛兵は続ける。


「この国は、詩人がそもそも少ない。探すのも一苦労なのだ」


「……詩人、少ないんですか」


「言葉を競う者は多い。だが、唄う者は少ない」


その言葉に、俺は少しだけ納得した。


確かにこの国は、言葉を武器のように扱っているのかもしれない。

だが、唄っている者はまだ見ていない。


近衛兵は、俺を急かすように言った。


「給金は弾むぞ。今すぐ返事を聞かせろ。急いでいる」


(……給金)


愚者国を除けば、まだ二十一か国を巡らなくてはいけない。

金は、あるに越したことはない。


だけど、王宮。

しかも、参謀。


何か粗相でもしたら、一瞬で首を跳ねられるのではないか。


そうは思う。


けれど、王宮に入れることなど、滅多にあることではない。


俺は一瞬躊躇したが、すぐに近衛兵に答えた。


「……分かっ……りました。受けます」


近衛兵は、ほっとしたように息を吐いた。


「よし。ついてこい」


そう言って、すぐに歩き出す。


俺は慌てて残りの銅貨を拾い集め、リュートを抱え直した。


旅はまだ始まったばかりだというのに、俺はもう、王宮へ向かうことになってしまった。



お読み頂き、心から感謝しております。


仕事をしながら、創作活動に日々励んでおります。


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