【16】完璧になった担任、なぜか二刀流を目指しています。〜チームは警視庁SP〜
それから、速水先生は普通に、“噂通り”の完璧な先生になった。
完璧な授業、生徒への完璧な対応。
もちろん、莉緒にも。
莉緒は素直に嬉しかった。
(速水先生……!
花粉症のお薬が効いたんだ!
足の怪我も完治したんだ!
ハードル走は先生の部活の関係もあるし、気長に待とう!)と。
一方、紬は――
油断していなかった。
「人間は、猿人・原人・旧人・新人――そうホモ・サピエンスという四段階の大きな進化を経て誕生した!
はやみんは進化もするし、退化もするからね……!
新たなる進化を、この目で見られるかも知れん!」と言って。
ただ、陸上部の観察は止めた。
教頭先生の鳥オタ講座が面倒くさくなったからだ。
だが、静かに――
そして、確かに――
紬は速水先生の一挙手一投足を観察し、莉緒に報告していた。
莉緒は些細な速水先生の行動の報告メッセージでも楽しくなって、たまに放課後、渡り廊下から一人、裏庭に行ってあのベンチに座り、速水先生の棒高跳びの動画を観たりしていた。
そして、誰もいないならと、バイオリンのレッスンの日に、『カッコよくてスマン☆』を自分でバイオリンにアレンジして弾いてみたりしていた。
八重桜も、もう散り去り、緑が一斉に芽吹くのを感じながら。
そんな、ある日。
紬が日直の仕事を終わらせて日誌を書いていると、速水先生が教室に入って来た。
即、諜報員の眼になる紬。
だが、日誌を書く手は止めない。
すると、速水先生が言った。
「藤宮さんは、ゴールデンウィークはどう過ごすんですか?」
紬はお得意の可憐な笑顔で答える。
「今年は……家族でハワイに行きます!」
速水先生も爽やかににっこり笑うと、言った。
「そうですか」と、ただ一言。
その夜。
綾小路家はビッグニュースで盛り上がっていた。
莉緒は虚弱体質なので、海外旅行はもちろん、国内旅行も細心の注意を払って出かけなくてはならない。
しかもゴールデンウィークなど、混み合うと分かっていて、出かけたりはしない。
だが、今年は違った。
莉緒の父親の直哉が入っている財務省の草野球チームの試合が、ゴールデンウィークに決まったのだ。
運好く都内の野球場の抽選を通り、野球場が押さえられて実現したのだ。
莉緒の母親の志穂は浮かれ切っている。
「直哉さんの試合を家族揃って観られるなんて……何年ぶり!?
あー何を着て行こうかしら!
莉緒も、お洋服を新調しましょうね!」
莉緒もキラキラと音がしそうな笑顔で言う。
「うん!お父さん、私も観に行くからね!」
直哉がのんびり答える。
「ありがとう、でも無理はしないでね」
莉緒がにこりと微笑み、頷く。
「はーい!じゃあ宿題済ませちゃうね!後で野球のお話もっと聞かせて!」
直哉も「はーい。詳しい作戦を莉緒だけに教えますよ〜」と穏やかに言って、「じゃあ俺は風呂に入って来ますね」と、二人が消えた途端――
響く、鋭い声。
そう、菊乃だ。
「志穂。
お洋服より、直哉さんの為にすることがありますでしょう?」
志穂がニコニコと笑って答える。
「分かってます!応援ですよね?
もちろん、用意します!
うちわに、あのパフパフっていうやつ……なんて言ったかしら?
ああいうの一式揃えますわ❤️」
菊乃がギロリと志穂を見た。
「応援より前にするべきことがあるじゃありませんこと!?」
志穂が、ブーッと膨れて訊く。
「何ですか?」
菊乃が厳しい声で宣告する。
「まずは……必勝祈願です!!」
その数日後、速水先生は菱田先生と行きつけの居酒屋にいた。
菱田先生は、速水先生が“自分の知っている”速水先生に戻ってくれてから、平穏な日々を過ごしていた。
速水先生がメニューを見ながら爽やかに言った。
「菱田先生。
飲み物はいつも通り、大ジョッキのウーロン茶で良いですか?」
菱田先生も笑顔で頷く。
「ええ。
食べ物も、適当に頼んで下さい」
速水先生が、ポーンとテーブルのボタンを押すと現れる店員。
「いらっしゃいませ! ご注文は?」
速水先生が笑顔で告げる。
「飲み物はウーロン茶を大ジョッキで二つ!
それから、ゴロゴロポテトサラダと大根サラダを梅ドレッシングで!
それと、アボカドと卵のサラダをお願いします!」
菱田先生の笑顔が固まる。
(速水先生……!!
サラダしか頼んでいませんよ!?
なぜ、突然草食動物に……!?)
だが、ウーロン茶大ジョッキが来てしまい、仕方なくいつもの様に速水先生と乾杯をする菱田先生。
そこに運ばれてくる、ゴロゴロポテトサラダを速水先生がさっと取り分け、「菱田先生、どうぞ!」と笑顔で菱田先生の前に置く。
菱田先生はもしかして……と思った。
(速水先生、元々細マッチョだけど、何か新しい陸上競技でも始めるのかな?
体重絞ってるとか……)
速水先生はバクバクとゴロゴロポテトサラダを食べながら、「美味いですね!いつもながら、ここの居酒屋は!」と屈託なく言うと、大根サラダの梅ドレッシング掛けも、アボカドと卵のサラダも、菱田先生のぶんを取り分けてくれて、いつも通り食べていた。
ただ、菱田先生は今日はお肉の気分だったので、どうやって切り出そうかな、と考えていると、速水先生が店員を呼んだ。
「牛の串刺しと、トンテキと、鶏もも肉のスパイシー焼きお願いします!」
菱田先生が青ざめる。
(今度は肉オンリー!?
いや……交互に食べましょうよ、速水先生!!
何か……何かがおかしい……!!)
だが、サラダから解放された菱田先生は、ウキウキと肉料理を食べてしまい、菱田先生があらかた食べ終わると、速水先生が真面目な顔で言った。
「菱田先生って野球経験者ですよね?」
菱田先生が、鶏もも肉のスパイシー焼きをごくんと飲み込み、答える。
「ええ。小学校と中学の時に。
中学が部活必須だったので、じゃあ野球でいいやって!」
速水先生の箸が止まり、ごくごくと大ジョッキのウーロン茶を飲み干す。
そして、空のウーロン茶のジョッキを、静かにテーブルに置くと言った。
「お時間が空いてる時に、僕に野球を教えてくれませんか?」
菱田先生がアハハと笑う。
「僕は中学の部活程度ですよ?
速水先生の運動神経なら、体育の森谷先生に教えて貰うのはどうですか?
森谷先生、教えたがりだし!」
速水先生が俯くと言った。
「でも……森谷先生を怒らせてしまって……」
菱田先生が腕を組むと、うーんと考える。
「……え?森谷先生、見た目はゴリラですけど、やさしいですよね?
何で怒られたんですか?」
速水先生は顔を上げると、菱田先生の目を真っ直ぐに見て答える。
「僕……ピッチャーと4番打者をやりたいんです!
そうしたら……森谷先生が『ふざけてるんですか!?』と言い出して、怒ってしまわれて……。
ご指導お願い出来ませんか!?」
菱田先生の顔が、絶望でクシャッとなった。
そして、菱田先生は震える声で言った。
「……先生……二刀流……を目指してるんですか?
まさか……野球部顧問になるおつもりとか……?
野球部は専門の監督がおりますよ?」
すると、速水先生は首を横に振って言った。
「うちの学校の野球部で野球をやりたいんじゃないんです!
今度、警視庁に勤めるSPの友達の草野球チームに参加するので!」
菱田先生はもう、驚きを通り越し、脱力していた。
ただ――
(警視庁のSPってスペシャルポリスだよな……。
ああいう部署も草野球するんだ……)とぼんやり考えていた。
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