【第31話】航海日誌(抜粋)
航海日誌、Day 1001
妙に頭がすっきりしている。何か大きな、そしてとても悲しい夢を見ていたような気もするが、どうしても思い出せない。まあ、いいだろう。今日からまた、記録を再開する。
船は、ひどく静かだ。
航海日誌、Day 1086
テラリウムの植物たちの成長だけが、日々の楽しみだ。ソラリス・ロゼが、また一つ新しい蕾をつけた。時々、独り言が多くなったと自分でも思う。まあ、誰かに聞かれるわけでもないのだが。
航海日誌、Day 1150
機関室のマイナーなトラブル解決に、丸一日を費やしてしまった。ひどく疲れた。
昔、子供の頃に読んだ宇宙冒険譚の、あの頼もしい船長なら、こういう時どうするだろうか、と柄にもなく考えてしまった。
『感傷に浸っている暇があったら、まず手を動かせ』。
不意に、そんな力強い声が、頭の中に聞こえた気がした。
航海日誌、Day 1245
メンテナンス中、高所から工具を落としてしまった。幸い、どこにも損傷はなかったが、一人で回収するのは骨が折れた。
思わず、「誰か、下のレンチを取ってくれ!」と、虚空に向かって叫んでしまい、一人で顔が赤くなる。
冗談を言い合えるような、気楽な友人がいれば、こんな長い旅も、少しは楽しいのだろうか。
航海日誌、Day 1321
最近、少し規律が緩んでいる気がする。食事の時間も、睡眠時間も、不規則になりがちだ。この広大な船で、僕を見ている者は誰もいない。それが、自由であると同時に、ひどく不安になる時がある。
誰か、厳しく、僕の行動を律してくれるような存在が必要なのかもしれない。
航海日誌、Day 1392
ひどい熱を出して、丸二日、ベッドから動けなかった。解熱剤を飲むのも、栄養食を口にするのも、全て自分一人でやらなければならない。ただ、天井を見つめていると、心細さで、涙が出そうになった。
誰かに、ただ優しく、冷たいタオルで額を拭いてもらいたい。そばにいて、手を握っていてほしい。
そんなことを願うなんて、僕は、どうかしているのだろうか。
航海日誌、Day 1430
不思議なことが起きている。
最近、船が、少し賑やかになった気がするのだ。
一人でいるはずの廊下で、誰かの気配を感じる。食堂で食事をしていると、誰かの話し声が聞こえるような気もする。
僕が、孤独の中で夢想した人々の声が、すぐそばで聞こえるようだ。
彼らと心の中で話していると、不思議と、孤独を忘れられる。
疲れているせいだろうか。
でも、この感覚は、決して悪くない。
航海日誌、Day 1500
今日で、この船の任務が始まってから、1500日目になる。
仲間たちとの生活も、すっかり当たり前のものになった。僕の記憶はどこか曖昧だが、確かに彼らはいる。僕のそばに。
この温かく、賑やかな平穏が、ずっと、ずっと続けばいいのに。
僕は、心からそう願っている。




