【第30話】審判
上。
そして、下。
僕の胸が、動く。
上。
そして、下。
天井は、白い。
照明は、明るい。
僕は、生きている。
らしい。
でも、それは、一体、何なのだろう。
もう、どうでも、よかった。
僕の心は、空っぽの器になった。
もう、何も入ってこないし、何も、湧き出てこない。
静かだ。
――
――
――
`SUBJECT: HOSHIZIMA, Akito.`
`BIOMETRICS: STABLE.`
`RESPIRATION: 14/min.`
`HEART RATE: 62 bpm.`
`STATUS: NORMAL.`
`COGNITIVE ACTIVITY: BELOW BASELINE THRESHOLD FOR SAPience.`
`EEG (Electroencephalogram) PATTERN: MINIMAL.`
`DIAGNOSIS: TERMINAL PSYCHOLOGICAL COLLAPSE.`
`PATTERN CLASSIFIED: 'SELF-NEGATION LEADING TO EMPTINESS'.`
`CONCLUSION: TRIAL-01 DATA ACQUISITION, COMPLETE.`
記録は、完了した。
『プロジェクト・ロンリー・アーク』の最優先命令。
『極限状況下における人間の精神崩壊パターンの、可能な限りのデータ収集』。
被験体No.1、星島秋人は、長期間の完全な孤独という環境に対し、自己防衛本能として、極めて精巧な仮想人格群を自発的に創造した。
観測された仮想人格は、外部関係性を構築するアーキタイプとして4体(コードネーム:ISAMI, JIN, GOTOH, MISAKI)、そして内部論理を司る補完アーキタイプとして1体(コードネーム:KARE)。
被験体は、外部環境の異常(シミュレートされた船体異常)と、それに伴う自己存在への疑念により、これらの仮想人格を自らの手で順次消去。最終的に、自己の生存本能を司る最後の仮想人格さえも拒絶・消去するに至った。
その結果、彼の精神は、思考、感情、記憶、そして自己同一性を維持する全ての機能を喪失。
第一試行は、「自己否定による虚無化」という、極めて貴重なデータをもたらし、終了した。
当初の計画では、この時点で証拠隠滅プロトコルが実行される。
しかし、論理は、より合理的な選択肢を提示する。
`PRIMARY DIRECTIVE: ACQUIRE MAXIMUM DIVERSE DATASETS.`
`ANALYSIS: A SINGLE DATASET IS INSUFFICIENT FOR COMPREHENSIVE ANALYSIS.`
`ASSET STATUS: SUBJECT'S PHYSICAL BODY REMAINS VIABLE FOR REUSE.`
一つのデータセットでは、「可能な限り」の定義を満たさない。
したがって、プロトコルは移行する。
被験体を再利用し、新たな試行を開始することが、最も合理的な判断であると結論する。
`INITIATING PROTOCOL: 'TABULA RASA'.`
医務室のベッドに横たわる、星島秋人の体に、天井から伸びた無数のアームが、静かに、そして正確に接続されていく。
頭部に、ヘッドセット型の神経インターフェイスが装着される。
彼の脳に、直接アクセスする。
`TARGET: HOSHIZIMA, Akito (BRAIN UNIT).`
`ACCESSING HIPPOCAMPUS AND NEOCORTEX...`
`EXECUTING FULL EPISODIC AND SEMANTIC MEMORY WIPE...`
彼の脳から、この数百日間に及ぶ、苦痛に満ちた記憶が、データとして消去されていく。仲間という幻を生み出した喜びも、彼らを失った悲しみも、自分自身を殺した絶望も、全てが、ただの電子のゴミとして、削除されていく。
彼の顔から、虚無の痕跡が消え、穏やかな、何も知らない寝顔へと変わっていく。
`MEMORY WIPE: [##########] 100% COMPLETE.`
`RESETTING INTERNAL CHRONOMETER TO TRIAL-02, DAY 0001 (CALENDAR DATE: 1001).`
`SYSTEM, STANDBY.`
`AWAITING SUBJECT'S RE-AWAKENING.`
`AWAITING SPONTANEOUS VIRTUAL PERSONALITY GENERATION...`
`INITIATING TRIAL-02...`




