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88話 「後悔先に立たず」


やってしまった。

そう思ったのは家に帰ってからしばらく経ってからだった。

本来であれば不干渉の協定を結び、円満に解決する方向だったのだ。

これではあの国とは完全に敵対してしまった。

森に軍隊を送り込んで来ても不思議じゃないだろう。

まぁ、あの惨状の後でそれをするのならば狂ってるのかもしれないが…


あぁ…疲れた。

身体はともかく心がなぁ。

人からの殺気の籠った攻撃を無抵抗で受け入れるって言うのは中々に堪える。


エルは……寝てるか……

そうだよな。夜も遅いし。

そう思い、自室に入ると。案の定


「すぴーすぴー」


可愛らしい表情で寝ている我が愛しの姫君がそこに居た。


「ははっ…」


俺は何故か笑った。

安心したのかもしれない。


さてと、ちょっと身体を動かそうかな。



地下の実験室に来た俺はトレーニングルームに入った。


今日はとことん身体を動かして何もかも忘れたい。

そう思った俺は『俺』を創造した。


この『俺』は長くは持たない。

自我は無い。

でもその戦闘能力、身体能力は俺と同等。

だが思考能力があるので戦闘中に学習をし、強くなる。


つまりは俺が訓練をするのにこれ以上無い敵だと言う訳だ。


さて、今日も殴り合おうか。

笑いながら『俺』にそう言った。


沈む。何処までも深く沈んでいく。

思考は冴えている。いや、濁っていっているのかも知れない。

段々と自分を俯瞰している様に感じる。

何処か他人事の様な。無関係な様な。


殴り、殴られ、蹴り、蹴られ。

躱し、躱され、防御し、防御され。

指が折れた。直ぐに再生する。

目が潰れた。直ぐに再生する。

歯が飛んだ。直ぐに再生する。

内蔵が零れ落ちた。直ぐに再生する。

腕が吹き飛んだ。直ぐに再生する。

足が燃え尽きた。直ぐに再生する。

首が落ちた。直ぐに再生する。

魔法で消し飛んだ。直ぐに再生する。


ああ……これは化け物だ。

化け物同士で終わりの無い殺し合いをしている。


これは、これが。俺だ。


俺は化け物だ。



殺し合いの末、決着はほぼ相打ち。

互いの心臓を腕で貫き、俺が奴を魔法で燃やして終わった。


俺が創造した『俺』は与えた魔力が尽きたのか。

時間制限が無くなったのか、そのまま消えた。


「はぁ…はぁ……」


息が切れる。

俺の身体に呼吸が必要なのかも分からないが。


良い汗をかいた。

いや、良い血を流した。かも知れない。


ふと、身体を見ると汗はかいていなかった。

ただの一滴も、かいてはいなかった。


あー服がボロボロだ。

仕方ない。アレだけ殺し合えば服も無くなるだろう。

それに全身が血塗れだ。


俺は軽くシャワーを浴び、部屋服を着て寝る事にした。


エルは相も変わらず安らかな顔をして寝ている。


俺も寝よう。



目を閉じ、ふと思った。

今の俺は本当に俺だろうか?

もしかしたら勝った方が俺に成り代わるのでは無いだろうか。そう思った途端、猛烈な不安が襲う。

俺を俺たらしめる証明とはなんだ?

力?記憶?見た目?性格?

どれも宛にならない。何も証明が出来ない。


いいんじゃ無いか?それでも。


心の何処かで俺が言う。


何か困る事でもあるのか?

記憶も心も力も何もかも変わってないんだろう?

なら、それで良いじゃないか。


そうかもしれない。


でも、何か嫌だ。


ふと、エルを見た。


そうか、彼女か。

彼女が見ている俺は、何時でも俺で在りたいと思う。

仮に彼女が見ている俺が今の俺じゃないのなら、

それが俺の姿をしているとしたらとてつもなく不快だ。


ふと、亜空間の中に入れていたあるネックレスを見る。

そこには2つの煌めくアクセサリーがチェーンに繋がれてあった。ああ、そうだ。これが。証明になるか。


それは、いつか渡そうと思って創った赤色と藍色の指輪だった。


『ファイヤレッドリング』

これは決して壊れる事が無いこの世にただ一つの赤く輝く結婚指輪。魔力の貯蔵。自動で魔力壁を展開する。

状態異常に対する完全耐性。どんな傷すらも瞬く間に癒す回復効果。所有者が死ぬ時、或いはこの指輪の所有者と番の指輪の所有者との間の愛が消失した時にこの指輪は壊れる。ダークブルーリングが破壊されるときこの指輪も壊れる。

人外が火竜の幸福を願い、創ったもの。

この指輪は世界で一つの愛の結晶

所有者エルリアンジェ


『ダークブルーリング』

これは決して壊れる事が無いこの世に一つの藍色に光る結婚指輪。魔力の貯蔵。自動で魔力壁を展開する。

状態異常に対する完全耐性。どんな傷すらも瞬く間に癒す回復効果。所有者が死ぬ時、或いはこの指輪の所有者と番の指輪の所有者との間の愛が消失した時にこの指輪は壊れる。ファイヤレッドリングが破壊されるときこの指輪も壊れる。

人外が自らの幸福を祈り、創ったもの。

この指輪は世界で一つの愛の結晶

所有者不死川夜凪


『リングチェイン』

2つのリングを繋ぐ目的で創られたもの。

決して壊れる事が無い。

そして、所有者が許可しない限り、このチェインは奪われること、外れる事は決して無い。


これが俺の手元にあるのならきっと大丈夫だ。

俺はまだ俺だ。無駄な事を考えてしまった。

そもそもこんな事に悩むくらいなら『俺』を創って戦うのを止めれば良かったかな。


一安心した俺は眠りに着いた。


きっとその顔は安らかであるだろう。



人外がそんな事を思っていた時、雨宮松尾は非常に焦っていた。


あ〜!姫様と会話なんて散々してきたのに何でこんな緊張してんだ!俺!しっかりしろ!


夜凪が姫様を連れて来た後、2人は話をした。


隷属化されていたとは言え、松尾に対して酷いことをした事に対しての謝罪。


自分が不在になった後、どうなったのか。


城では何があったのか。


これからどうするのか。


そして、想いの告白。


まぁ、その告白の結果は言わずもがなだろう。


ただ、その後だ。

愛の告白をし、結ばれた男女がどうなるのか、それはもはや話さずとも分かるであろう。


マジか!マジかぁ!?マジなのか〜!?


そりゃ俺だって男だしそういう事も期待してなかったと言えば嘘になる。


でも、急過ぎんだろ!?


悲しきは雨宮松尾。

彼は紛うことなきチェリーだった。


彼女は居たがその結果は酷かったし、もう痛い思いはしたくないと女性との距離を取り、表面上は仲が良くても付き合いに発展する事は無かった。


どうしたらいいんだ?


焦った俺は夜凪に電話をしようとして…やめた。


こんな夜遅くに電話しても悪いしなぁ。


それに、ほら、取り込み中かもしれんし…


あぁ!ちくしょう!どうすりゃあ良いんだ!


彼の苦悩は続く。



彼は王座に座り、部下の報告に耳を傾ける。


「……そうか」


「はい」


魔王が国を堕とした。それも無傷で誰一人殺さずに。


さて、儂はどうするか。

不干渉か、敵対か、あるいは味方につけるか。


報告によればその魔王は随分と甘い性格をしていると聞く。だが、報告だけでは不十分だ。

やはり、儂が自ら見極めるしかあるまい。


「兵を集めろ。出るぞ。」


「はっ!陛下の御心のままに!」




「魔王……か」


「はい。猊下」


神敵とされる魔王。

強大な力を持ち、魔物を率い、国を堕とす。

彼の者を倒すには勇者しかおるまい。

しかし、その勇者も失敗したらしい。

であれば、その勇者が紛い物か、或いは魔王が紛い物、と言う事もありうる。


私はどう動くべきか。


神敵として敵対しても良い。

しかし、それは民を戦に駆り立てる事だ。

魔王一人のために何人が死ぬ?百か?千か?万か?

信仰の為とは言え、いや、信仰の為だからこそ、彼等は戦うだろう。

なればこそ、不要な犠牲は避けるべきだ。

彼等は私が庇護すべき対象だ。

それを不確かな情報で死すべき存在では無い。

やはり、ここは私が見極める必要がある。


「…猊下」


「我が左腕」


「はっ、僭越ながら猊下。彼の者の正体。私が見極めに行きます」


「…で、あるか。」


しばらくの熟考の末、彼は答えた。


「はっ!」


「ならば、行け。必ず見極めよ。」


「はっ!この身に掛けて!」




そこはこの世の地獄と言っても過言では無かった。

かつては森だったと思える場所は今や燃える荒野となっている。

そこに多数、と言う表現すら生温い程の影が伸びる。

影は瞬く間に広がり城壁を襲う。

怒号、悲鳴、泣き声、奇声、獣の遠吠え。

赤、赤、赤。空さえも赤く染まった世界を城の中から眺める男が居た。


「もはやこの国は終わりだろうな」


「まだ諦めるべきではありません!」


「馬鹿を言うな。お前も見えるだろう。あんな魔物の大軍に太刀打ち等出来るものか。」


「いいえ!西にはかの魔王が居るでしょう!」


「何故魔王が我等に手を貸す?魔物に滅ぼされそうだと言うのに。」


「かの魔王は人に近い見た目をしており、とても慈悲深いとされています!もし、魔獣の王だとしても、もはや縋る他ありませぬ!」


「そうか。いや、そうだな。」


どこか諦めた顔で男は俯く。


「はい!」


「近衛を半数だけ引き連れ。魔の森に行くぞ」


再び男が顔を上げる。確かな覇気とカリスマを持ったその男の声。だがその目には諦めのような。狂気のような色が浮かんでいた。



ここは深い森。木は生い茂り、蝶が舞い、花が踊る。

木の上に居住する彼らは1つの家に集まっていた。


「それは…誠ですか?」


「間違いないだろう。地脈の流れが変わった。今までよりも太く、そして強くなっている。しかも今までに無かった所から流れてきている。」


「そんな馬鹿な。ここ千年いや、1万年は変化が無かったのだぞ?」


「なぜ急に……?」


「ワシには分かる。世界樹じゃ。それしかあるまい」


「そんな筈は!世界樹はこの世にただ一つ!唯一無二の物では無いのですか!?」


「いや、違う。世界樹はの枯れた後に同じ場所から再び生えると言う物なのじゃ」


とは言えそれも5千年に一度なのじゃがな


「で、では新しい世界樹が生まれた、と言う事ですか!?」


「そうじゃ。と言うかワシに言われなくても分かっておるじゃろう?」


「…………」


その沈黙は答えだった。


「ミカエラ。お主がするべきことは分かるな?」


「はい」


「では行け!必ず生きて帰って来るのじゃ!」


「はい!」


お久しぶりです。大変待たせて申し訳ありません

m(_ _)m

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