第1話 干し柿
親朝は結城家家臣達を前に話し合いをしていたが、遠くからよく知る足音が聞こえて顔を上げた。
同時に、家臣達も口を閉じ背後を気にし始める。
しばらくすると、家臣達の背後──庭に面した廊下を、親朝の弟である親光が、大きな足音を立てながら通った。腰に佩く太刀が歩調に合わせてゆらゆらと揺れている。
「……待て九郎、今までどこに行っていた。いい年をした武家の男がふらふらと何をしている」
親朝が親光に声をかけると、家臣達が親朝の前を空け、頭を下げた。親光が中に入ってくると思ったのだろう。
親光は手にした包みを兄から見えぬように部屋側ではなく庭側に持ち替えると、
「これは兄上、今日もお忙しい事で。俺の事は気にせず! さ、お前達も兄上のお相手をしておれ」
と答え、そのまま通り過ぎようとした。
「待て!」
兄の大きな声に親光は上を仰ぎ、諦めたようにそちらを向くと、腰の太刀緒を解き、包みを背後に置きながらその場に座った。外した太刀を右に置く。
「はいはい兄上、また小言ですな。聞けば良いのでしょう」
部屋の奥に座る親朝は、眉間に皺を寄せ右手でこめかみを押さえると目を閉じた。
「……すまぬ、後ほど改めて集まってくれぬか」
そのままの姿勢で親朝が言うと、家臣達は苦笑してそそくさと出ていく。
親朝と親光のやり取りは、結城家ではもはや日常の出来事。
「では親朝様、親光殿へのお話が終わりましたら、また……」
廊下に座る親光は、家臣達が出ていくのを見て「俺ももう行って良いかのう、兄……」と言い掛けたのだが、親朝の「お前は黙っていろ」という静かな、しかし恐ろしく威厳のある声に黙った。
家臣達が下がり、沈黙の時間が続く。
雉子鳩の呑気な鳴き声が聞こえる。
親朝は先ほどの姿勢のまま、目を閉じている。眉間の皺が深い。
沈黙に耐え切れなくなった親光は、そっと立ち上がろうとした。
「誰が戻って良いと言った」
低い声にぎくりと兄の方を見ると、鋭い目で親光を見ている。
「おおそうかそうか、この兄のありがたい話を聞こうと前に来るつもりだったか。良い心掛けぞ」
立ち上がりかけていた親光に、にこりともせず親朝は言った。観念した親光は、右手に太刀を持つと兄の前まで進みそこへ座ったが、兄のその威圧に背後に置いていた包みをすっかり忘れていた。
「鎌倉で幕府にお仕えする父上に代わり、留守を預かるこの兄の身にも少しはならぬか、九郎。……どこに行っていたと聞いておる。……ん……? ……あの包みは何だ」
親朝に聞かれて、親光は包みの事を思い出し、「あー……」と額に手を置き、一度目を閉じた。そして包みを顧みながら、
「兄上、俺が外に行く事と同じくらい、あれは気にせずとも良い! 我が家に都合の悪い物ではないゆえ……」
と言ったが、親朝はすぐに言葉を被せた。
「九郎、お前は嫡男ではないとは言え、昨年元服した身ぞ? あまりに気楽に生き過ぎではないのか。次男というのは、他の家では嫡男を支える者ではないのか……?」
大きな溜息。
「心配せんでも兄上、女子と遊んでおるわけではありませぬぞ」
兄の小言を聞き流しながら、外した太刀を膝に載せ、美しい彩りの組紐を指に絡めて太刀結びをしていた親光はけらけらと笑った。
その様子に、親朝はまた深い溜息を吐く。
「女子遊びの方がまだ分かるわ。……どうせその包みを求めてふらふらしておったのだろう。父上のお耳に入ったら何とする」
「兄上は本当に心配ばかりだのう、父上は鎌倉ゆえ聞こえていく事などありませぬぞ」
右手をひらひらさせて親光が返すと、親朝は先ほどと同じように、また右手でこめかみを押さえて顔をしかめた。
「どうしてお前はそうなのだ……」
親朝は心底呆れた顔をした。
「父上に聞こえていくなら改めるのか、お前は」
「確かに」
「確かに、ではないっ」
兄にぴしゃりと言われ、親光は頬を掻く。親朝は何かを言おうとしたが、頭痛がするのか目を閉じた。
「あー……。兄上、これでも食べて落ち着きなされ」
太刀緒を結んでいた手を止め立ち上がった親光は、廊下に置いていた包みを兄の前まで持ってくると、高まる気持ちを抑えられない顔をしてその包みを開けた。
中に入っていたのは、立派な干し柿だった。
「見事でしょう兄上。俺でさえこんな上質な干し柿、なかなか見た事がありませぬぞ。ふふふ」
「……。どうせ中身はそんな事だろうと思うたが、それを手に入れるために三日も館にいなかったのか」
「こんな立派な干し柿が手に入るなら三日は短い」
言いながら親光は干し柿を手に取り、一口食べた。
「九郎」
「うまい……!」
目の前で口をもぐもぐと動かしている弟を、呆れたような、驚いたような、困ったような複雑な顔をして親朝は見た。
見れば直垂の袖が随分と汚れている。ところどころ裾が裂けてもいた。
「……今度はどこの化け物を倒してそれを手に入れたのだ」
親朝は大きな溜息と同時に、目の前の弟に目を細めて聞いた。
「そのような上質な干し柿、この辺りで手に入るわけがあるまい」
「溜息ばかりだのう、兄上。食べれば怒りも収まりますぞ、食べなされ」
親光は二口目を口に入れながら、干し柿の入った入れ物を兄の前に押し出す。
「九郎!」
親朝が怒鳴ると、親光は首をすくめて入れ物を引いた。
「お前は何なのだ、兄の聞いた事になぜ答えぬ!?」
「……那須の辺りに行ってきただけだ兄上。野狐が『夜な夜な出る鬼がうるさくてかなわぬ』とか言うてくるゆえ、行ってみれば思うておったより手強くてなぁ。ちと傷を負うてしもうたわ」
親光はそう言うと、左腕を曲げ直垂の袖をまくった。麻の白布が巻かれている。
「まあお蔭で上質な干し柿が手に入ったわけだが」
親光は、最後の三口目を口に放り込むと、次の干し柿に手を伸ばそうとした。
ドン!と親朝が床を打つ。
「九郎……、我が家系は藤原秀郷様からの由緒正しき家柄。そしてお前が秀郷様の物の怪退治の血を一族の中で特に色濃く継いでおるのも分かっておる。が、せめて行き先は言うて行け。出先で死んだらどうするのだ。いやそのような事を言うつもりではなかったわ……、何であったか……。まだまだ言いたい事はあるのだが──」
と、またこめかみを押さえて脇息に寄り掛かった。
「先ほどその干し柿、我が家に都合の悪い物ではないと言うておったが、お前がふらふらしておる方が都合が悪いわ……」
「兄上、そろそろ大瑠璃の所に行きたいのだが、いいかのう……?」
一応の気まずい空気を出しながら、親光は兄に尋ねた。
「……分かった分かった、もう良い。だがな、九郎。お前に助けを求めてきたのは、それは野狐ではないぞ。……分かっておろうな? あまり深く関わってはならぬぞ」
親朝が話している途中から既に、急いで干し柿の入れ物を包んだ親光は、平伏すると太刀を持って立ち上がっていた。
「では兄上、皆を集めてまた話し合いをされるが良い、この弟のために中断して申し訳ありませぬな!」
派手な足音を立てて去っていく弟を、こめかみを押さえたまま親朝は見送り、また大きな溜息を吐いた。
「あれは誰に似たのだ……」
──しかし。
那須の狐だと……? 古の恐ろしき妖狐が、九郎に、……なぜ……。
第1話 <干し柿> をご覧下さり、ありがとうございます。
若き日の、結城親光の物語になります。
歴史に登場するまでの親光を、「ファンタジー要素」を加えながら描いてみました。
物語のタイトルが何だか重たい感じなので、もしかしたらこのエピソードではだいぶギャップがあったかも知れません。重たいシリアスなお話だと思われた方、ごめんなさい。
歴史上の人物を扱っていますが、基本的には「鎌倉時代末を背景にした、ちょっと不思議系のお話」かなぁ?と思っております。あまりこの時代や史実に詳しくなくても、そういう舞台のお話として楽しんでいただければ、そしてもしも、続きが気になられたのなら嬉しい限りです。
*全39話です。
※エピソードによってはこの後書き部分が多い事がありますが、物語自体はだいたい1話2,000~2,500文字前後の構成です(稀に3,000文字の事もありますが……)。
次回 <朧>
ご覧いただけましたら幸いです。
【用語】
■太刀を佩く 刀は帯に「差す」イメージがあると思いますが、それはもう少し後の時代の打ち刀。この時代は太刀になり、ざっくり言うと鞘に紐がついていて、それを腰で結んでぶら下げています(装備していない時に紐が結ばれている状態が個人的にとても好きなんですよね)。この状態を「佩く」と言います。鎧を着ていてもこのように装備します。佩いている状態もとても好きです。なお、短い腰刀は、帯に差しています。
■九郎 一見幼名に感じますが、親光の幼名は伝わっておりません。通称(輩行名)になります。この時代、諱(本名)を呼ぶ事はほとんどなく、官職やこのような通称で呼びました。それに近付けて物語を作ると誰が誰なのか分からなくなるので、この作品では基本的には分かりやすさを重視し諱を使いますが、このように別の呼び名が出る場合もあります、ご了承ください!
■元服 成人して、大人になる事です。だいたい14歳前後、この親光は少し遅いと思います。元服すると、髻を結って烏帽子を被るようになります。
■干し柿 「なぜ急に干し柿……」と思われた事でしょう(笑)。この物語上での設定では、親光はスイーツ男子(史実とのギャップを作ろうと思いました)にしようと考えて、この時代の甘い物は何があるんだろうか、とネット上ではありますが、調べてみて手頃そうで現実味もあるかな?と思い、干し柿にしました。携帯食としても利用されていたみたいです。
■野狐 いわゆる人を化かす狐ですね。




