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第6話《ポニーテールとシュシュ》#2

その後、麻理子と合流してさっそく動画撮影に取り組んでいた。


風にそよそよする田んぼを背景に、アイドルさながらの笑顔で麻理子がカメラ目線をする。


「というわけでふたご町はこのように田んぼが広がっていて……」


しかし言葉はどんどん詰まるばかりで、表情は強ばっていく。


やがて頑固な派手女子の溜まりに溜まった鬱憤が爆発し、カメラ代わりのスマートフォンに迫ると、それを持つ私の手首を乱暴に掴んできた。


「って、こんな動画誰が見るのよ! 説明が地味! つまんない!」


「ご、ごめん。 俺の文章力がないばかりに」


謝ったのは掴みかかってこられた私ではなく、隣で見守っていた黒咲くんだった。


「やーん、冗談だよぅ! 堅実でしっかりした文章だと思うぅ!」


(本音だだ漏れあざと女子! これはもうあざとくないよ!?)



あざといって、何だったろうか。

もう言葉がわからない。


身体が女子高生に戻った影響なのか、元からなのか、言語能力が著しく低下している気がした。


「でもどうしよっかー。 ショート動画でしょ? 15~60秒って短くない? 何も説明出来ないじゃん」


麻理子の言葉は事実ではあるが、ショート動画に意味を見出そうとしてはいけない。


あれはただの瞬間風速であり、それくらいの短さとインパクトがなければ動画はそう簡単に見てもらえない。


むしろ三秒が勝負とさえ言われる残酷さ。

一瞬で食いついてもらえなかったらそれで終わりだ。


タイパなんて言葉が流行るくらい、人はコンテンツにわがままになった。


それがいつか自分の身に降りかかる地獄とも知らずにクオリティを追求し続ける。


素晴らしいものが出来ても、あまりに高すぎてやがて人は見上げるばかりで潰れゆく。


例えるならばスポーツと同じだ。


勝つものと負けるもの。

コンテンツ作りはこれから加速して屍をうみだしていく。


屍を越えてゆけ、なんてキレイな言葉ではとどめられないレベルに変わっていく。


ここは、負けた過疎の地。


中身が良くても食いついてもらえなかったら埋もれていくだけ。


土地も、人材も同じ。


頭では理解しているくせに、社会で虐げられて潰された弱者としては受け入れられないことばかり。


それくらい、この大地は悲鳴をあげているんだ。


(無価値な人はいない。 それでも価値は磨かなければ値が上がらない)


悲鳴を耳にしながらも、私は土地より人を見ていたい。


何年も帰らなかった私が守りたいものは、見えている景色ではなかった。


(ここにいる人は価値の塊だ。 私は何一つ無駄にしたくない)


それは黒咲くんだけじゃないと、今だから証明したかった。


「ねぇ、麻理子様の本音で話してみてよ」


「はい?」


私の突拍子もない言葉に麻理子は眉をひそめてジロリと睨んでくる。


「編集は私が頑張るから! 長くてもなんでもいいから思うこと吐き出してよ!」


「で、でもぉ」


声をワントーンあげてチラリチラリと黒咲くんを気にする麻理子がいた。


(まぁ、好きな人の前で悪口は言いたくないってところかな)


実際は口の悪い麻理子も、恋する姿は愛らしかった。


誰かを好きになる気持ちに性格は関係ない。


そこにあるのは誰かを肯定するものなのだから。


だから切なくて、粉雪のように淡い。


触れれば溶けてしまう繊細なものだった。



もし高校生より強いものがあるとしたら、それは人に見られることへの抵抗感が薄れていくことだろう。


人目を気にしなくなっていく。


(というか意地でも図太くなるしかないのよねぇ。心も身体も)


高校生のときには出来なかった一人カラオケも、一人ラーメンも、一人カフェも、一人ファーストフードも、一人プラネタリウムも、一人ゲームセンターも。


ついには一人流星群まで実現してしまった。


周りを気にして俯いていた私は強制排除された。

克服なんてしていないくせに、見て見ぬふりは出来るようになった。


だから今の私には怖くないと暗示をかけることだって容易なこと。


嫌いな人には出来ないくせに、好きな人の前ではいくらでもマイナスな女優になれる。


卑下するのに慣れてしまったから。



「黒咲くん。 私ね、高校卒業したらここを離れるんだ」


「え?」


突然の語りに黒咲くんは目を丸くする。


私はケロッと笑いながらトコトコと田んぼを尻目に歩き出した。


「私、誰かに見られてるこの閉塞感が嫌いだった。どこで何をしても誰かが私を話題に笑っている」


足を止めて、黒咲くんと麻理子に振り返る。


あの時吐き出せなかった毒を吐く私は酷く醜い。

それをこの村を大切に思う黒咲くんの前で言うのだから手の施しようがなかった。


「見られるのが大嫌いだった」


「あんた何言ってるの?」


麻理子の言葉に私は薄らと微笑んで、綺麗を装う。


綺麗なくらいに、真っ直ぐに歪んでいた。


「でも町じたいは嫌いじゃなかった。 風が気持ちいいこと、方言で喋れること。くだらない遊びがしやすいこと。 ……星がきれいなこと」


嘘と本音が混じり合う。


どれが私の言葉かなんてわからなかった。


「大嫌いだったはずなのに、好きなものもあったんだよ」


震え出す想いに鍵をかける。


青春時代に見た景色はどんどんセピア色になる。


色を思い出せない、消えるようで消えない過去の思い出となっていく。


今、たしかにここで生きているのに。


世界に夢を見ない私が生きて、みんなに希望を魅せた黒咲くんは未来にいない。


生きるべき人が生きていない未来。


そんな未来を覆せるチャンスがあるならしがみつきたくなるものだ。


何度やり直したいと願ったって過去はやり直せない。


やり直したいと思える過去がある。


それでいいじゃないかと諦められない私がいる。


黒咲くんが、大好きな人が今、目の前で生きているから。


拗らせていようがなんだろうが、私は私の初恋を失いたくなかった。


「この気持ち、叫んでから出ていくのもアリだったかなって今は思ってる」


何も言わずに背を向けた故郷。


黒咲くんのいない故郷を私は知らない。


「嫌いと言って、嫌いなままにしちゃってたから」


好きと言えずに、好きなままにしちゃってたから。


「大嫌いより、嫌いくらいがよかったなって」


大好きより、好きだったくらいがよかったって。


「……酷い言い方」


私の声に麻理子が毒を返す。


けれども少し上から目線でニヤッとする麻理子らしい表情だった。


「嫌いじゃないよ。 ぶつけてなんぼなことってあるから」


県外に出て短大を卒業して、私が知らない人と結婚して、未来の彼女は幸せに笑っているだろうか。


それとも私みたいに諦めと同居しているのだろうか。


時代を象徴するかのように麻理子のポニーテールが風に揺れて、シュシュが色を添えていた。


「めめりんって変人だったんだね」


この瞬間、新しいあだ名がついた。


「変人……」


毒舌でもなんでもいい。


麻理子は上から目線でも、心では見下していない。


見下されてると思ってたのはこちらの都合だった。


少しいじらしい程度のかわいい女の子だった。



「よーし、じゃあぶちまけるからちゃんとかわいく撮ってよねー!」


「うん! 行こ、黒咲くん」


「……うん」


黒咲くんは淡く微笑んで、はしゃぎ出す私たちの後を歩いていた。


そう、私は自分勝手だった。


黒咲くんの闇が見えていなかった。


蝕む闇は、あなたを死に追いやるほど深かったことを忘れていたの。


きっとこの日のことは、未来で何度も私を焼いて燃えカスにしていくだろう。


そんな予感がありながらも、希望の方が大きくて深く考えない愚かなアラサー女がいた。

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