第15話 本日のラストサプライズ
マドカちゃんと再会したのはその翌年……俺が大学二年生になった春だ。
高田大学は文武両道かつ、イベントごとにも力を入れる学徒に溢れたアカデミアであり、当然新入生歓迎会なんかは大学を中心とした街全体のお祭りと言っても過言ではない水準で盛り上がる。
演劇サークル『劇団ママレード』の一員として、未来のアクター・アクトレスを勧誘すべくチラシを配っていた俺の目に止まったのは、未だカラーリングによるダメージを知らないキューティクルを纏った黒髪が似合う、新入生にしては大人びた女性だった。
「演劇、興味ないですか?」
「どんな劇をやるんですか?」
「そりゃーもう、シェイクスピアの台本を用いた古典演劇から、大掛かりな装置を用いた2.5次元ミュージカルまでいろいろさ! 新歓公演が来週あるからぜひ見にきてください!」
「イケメンの男の子が幼馴染のピンチに颯爽と現る……そんな物語は?」
……。
つい数秒前まで大人びた……なんて思っていた新入生は、あどけない少女のように笑っていた。
あぁ。
そんなありきたりなストーリー、面白くないよな。
「そんなストーリーも悪くない! でも、俺だったらちょっと展開は考えるかな」
「例えば?」
「そうだな。幼馴染を助けたヒーローは『女性に触れると爆発する呪いにかかっていた……』なんてのはどうだろうか?」
二人の目が合う。
「最高ですね」
登校班の悪ガキを御しながら、「困ったもんだ」と無邪気に笑う幼馴染がそこにいた。
◇
大学から一度下宿に帰った俺は、今日のために購入しておいた装備を身につける。
セミフォーマル……とは言わないまでも、アイロンをかけた襟付きのシャツにネクタイを締め、ジャケットを羽織り、足元を飾るのはこの日のために仕入れた革靴だ。
日頃、ジャージにサンダルの俺だが、馬子にも衣装といったところか。案外似合うじゃないか。
駅ビルのガラスに映った自分の姿を見て、「たまにはこんな格好するのも悪くない」なんて思いながら待ち合わせ場所……広尾駅の改札前へ。
まだ少し、待ち合わせの時間には早い。
だけど俺にはわかっている。
ほら。
電車から降りて改札から出れば、そこには、変わらず美しい黒髪をハーフアップにまとめて、華やかではありつつも派手すぎない、素材を活かしたナチュラルメイクの落ち着いた女性が立っていた。
「タカシくん」
「誕生日おめでと、マドカちゃん」
「ふふ。ありがと! フレンチなんて初めてなんだもん! 楽しみすぎて早く着いちゃった」
知ってる。
マドカちゃんはいつだって、待ち合わせ時間よりも早くそこにいる事を。
「それはプレッシャーだね。俺なりにイケてる店を探したつもりだけど、いやはや。お眼鏡に適うかどうか……」
「おやおや。大丈夫! 気に入らなくてもそんな顔しないからっ!」
「ははっ! それなら安心だね」
今日はマドカちゃんの二十歳の誕生日。
美しき女性をエスコートするのは男の誉だ。
それも、幼少期からの知り合いときたら、気合が入るのも無理はない。
「タカシくん、今日の服かっこいいね!」
「ありがと! そりゃぁ今日のために買ったやつだからな。ショップ店員と三日間にわたって作戦会議を繰り広げた甲斐があったもんだ」
「また話を盛るんだから」
「さすがマドカちゃん。全てをお見通しだ。マドカちゃんこそ、今日は一段と可愛いね。頑張っちゃった?」
「ふふ。もう大人ですから。頑張っちゃいました」
「偉い偉い! それじゃあ、行こうか」
「うん」
自然と俺の右腕に組みついてくるマドカちゃんの巨大な胸が肘に当たるが、今日の俺は大丈夫。
三回。
……。
三回、出してきたから。
マドカちゃんの門出の日に、水をさすわけにはいかないしな。
そうだろ?
◇
広尾のオシャレな創作フレンチは、控えめに言っても最高だった。
アミューズ、オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ、ヴィアンド、デセール&カフェ。
テーブルに置いてあるメニューは、読んでもよくわからなかった。
そもそもフランス語が読めないんだ。
「メニュー、なんて書いてあるの?」
「俺にわかるわけがなかろう?」
「ふふっ! そしたら来てからのお楽しみだね」
「サプライズ、好きでしょ?」
「これはどうなんだろうね!」
「ははは」
メニューが読めない。それすらも、俺たちにとってはエンターテイメントだった。
◇
運ばれてくる料理は、どれもこれも見た目からして楽しめて、口に入れればもっと楽しい。ワインと合わせれば、また違う顔を見せてくる。
ナイフとフォークは外側に置いてあるものから使う……。
なんて、マナーも少しは勉強してきたけれど、カトラリーは料理ごとに新しいものを運んできてくれたから、勉強が無駄になってしまった。
事前に電話で聞いておいたんだ。「ワインのメニューをちらっと見たら、『合わせてください』って言うので、乾杯はスパークリング、魚料理には白、肉料理には赤……料理に合う感じでお願いできますか?予算は……ゴニョゴニョ」ってね。
本当だったらワインペアリングってのがあるんだけど、それはまぁ、コースの値段よりも高かったから……ちょっとカッコつけるのが難しかった。
それでも、サービス料金を15%も取る店だ。一流のソムリエによって選ばれたワインは、どれも料理と完璧にマリアージュしていた。
多分。
……。
とにかくだ。
俺たちにとって初めての高級フレンチは、素晴らしい思い出になったと思う。
◇
「家まで送るよ」
「……ありがと」
日比谷線から山手線に乗り換えて、目白駅から10分ほど歩けば、マドカちゃんの下宿先だ。
マンションの入り口まで辿り着く。
「今日は楽しかったね。誕生日おめでとう」
「本当にありがとうね! 料理も美味しかったし、ワインも美味しかった。すごい良い店だったね!」
「ははっ。頑張って調べたんだよ。マドカちゃんの誕生日パーティがうまくいってよかったよ」
「タカシくん。ありがとね……」
「おう! あとこれ」
本日のラストサプライズ。カバンの中に隠しておいたプレゼントだ。
「え!? 嘘! えー! ええー!」
「いらないの?」
「いる!」
「開けてみて」
「……」
「……」
「あー! これ欲しかったやつだ!」
サプライズプレゼントは、うん十万するような代物ではないが、そこそこ良いブランドの万年筆だ。
「色々悩んだんだけど、文房具とか好きだったなーって思ってさ」
「タカシくんってそういうの覚えてるよね……ありがと」
「嬉しい?」
「嬉しい!」
「よかった。ほんじゃ、またね。今日は楽しかったよ!」
「……帰るの?」
……。
帰りたいわけがない。
「いやー、本当は帰りたくないんだけどね。ほら、あれがさ」
「そっかぁ」
「俺が吐いたり漏らしたりしたら困るでしょ」
「別にそれは良いんだけど……死んじゃうのはね……」
「別にそれも良くねーんだよ! 俺にとっては!」
「ははっ! いつか呪い、解けるといいね」
「半分諦めてるけどなー」
「……今は大丈夫なの?」
「今はまぁ、なんとかね」
「それじゃあ」
「うっ」
——ぎゅっ
不意打ちだ。
マドカちゃんはほんの一瞬ハグをして、すぐに離れた。
「今日はありがと。本当に楽しかった!」
そう言って、マンションのなかへ消えていくマドカちゃんの背中はどこか寂しげに見えた。
マドカちゃんは気を遣ってくれたおかげで、俺のタカシは……ハーフアップですんだ。
君の髪型とお揃いだね。
……。
オートロック付き、五階建てのマンションに背を向けて、俺は帰路に着く。
慣れない革靴で痛む足など気にならないほど、胸が苦しかった。
こんなに可愛くて素敵な女の子と、何があってもおかしくないそんな夜。
俺に待っているのは家に帰って不発弾の処理をする未来。
それでも、「これじゃあ、女の子と仲良くなったって意味ねーじゃねーか」とは言いたくなかった。
マドカちゃんとの楽しかった時間までは否定したくない。
せめぎ合いだ。
『ハーレムの呪い』め。
俺が何をしたって言うんだ……。
はぁ。
明日はアオイちゃんとの飲みかぁ。
困ったものだ。
ハーレムの呪いめ……!
……Fin.
■ご挨拶
『ハーレムの呪い』をご愛読いただき、ありがとうございました。
本作は15話にて一旦完結とさせていただきます。
タカシが今後、射爆とどのように向き合っていくのか、ハーレムの女たちをどのようにまとめていくのかが気になる方がいたら、コメントやレビューをいただけると、タカシが動き出すかもしれません。




