第1話 俺は女と最後までいけない
なあ、お前ら。
『ハーレムの呪い』って知ってるか?
いや、実際にそういう呪いがあるわけじゃねえ。俺がそう呼んでるだけだ。
女には好かれる。でも絶対に抱けない。なんなら、抱いたら死ぬ。
それはもう呪いと言っても過言ではないだろう。
死因は単純に『射爆』だ。
射爆も知らねーのか!? 無知は罪だぞ!
テストには出ないが、お前らの身にもいつ訪れるかわからないから、これは覚えておいた方がいい。
発射した瞬間、突然死ぬほど頭が痛くなるんだ。
医学的には『|射精誘発性頭蓋襲脈症《しゃせい ゆうはつせい ずがいない しゅうみゃくしょう》』とかいうらしい。
本当に最悪の場合、死ぬらしい。
俺は医者じゃねーからあれだが、少なくとも俺はそう信じている。
今手に持ってる科学の結晶で検索してみろ。
「発射と同時に激しい頭痛」ってな。
多分AIが答えてくれるよ。
俺が『射爆』を初めて体験したのは中三の冬だ。
……。
◇
あの日は特に寒かった。
相手は……高校は別々になっちまったが、同じ中学の同級生で、名前はサトミ。
サトミはマセた女でな。
中二の頃から地元じゃ有名なワル……だけど、まぁ見た目はかっこいい安藤先輩と付き合っててよ。
そりゃあ清い交際なわけないわな。
中二で先輩と……。とんだどすけべ女だよまったく!
でもまぁ、やっぱり悪い男と付き合うってのは大変みたいで、「どしたん? 話聞くよ?」とは言ってないんだけど、俺は先輩との愚痴をいちいち聞かされてたんだよな。
そんでまぁ、中三の冬に、突然サトミから電話がかかってきてさ。
——トゥルルル
「もしもし。どしたー?」
「……ぐすん」
「え? 泣いてんの?」
「……どした?」
「別れた」
「え?」
「先輩と別れた」
「そっかあ。今どこ?」
「タコ公園」
「一人?」
「うん」
「30分待てる?」
「待てる」
「行くわー」
「うん」
これだよ。
時間は19時。
『テッテッテレビを見る時は〜♪ 部屋を明るくして離れてみてね♪』
なんて、警察官たちが無茶するアニメのキャラクターたちがすでに歌い出している。
あとは飯を食って、これまたはちゃめちゃな教師が主人公のアニメを見たら、風呂に入って寝るだけ。
それなのに、気がつけば俺はチャリを全力で漕いでも30分以上かかるタコ公園へ向かっていた。
泣いている女がいるとすぐ、いいように操られてしまう。
なんなら、この状況を美味しいと思ってしまうフシもある。
ってか、可愛い女の子が泣きながら頼ってきて、平常心でいられる男なんているのか?
いねえよな?
なんて考えていたら、25分でタコ公園に着いた。
俺は自分の全力を低く見積もっていたようだ。
まあいい。
——いた
タコの姿を模した滑り台の麓で体育座りのサトミを見つけてすぐに駆け寄った。
「ハァ、ハァ……。ごめん。またせた」
真冬だというのに、コートの下は汗でびしょびしょだったな。
多分めちゃくちゃ臭かったと思う。
「早かったね」
順当な評価だ。本来全力疾走で30分以上の道を25分で駆け抜けてきたわけだからな。これで「遅い」なんて言われた日にゃ、そのまま踵を返して帰ることになっただろう。
寒さのせいか、それとも暗さのせいかはわからないが、サトミの唇は薄紫色に変色しており、顔色が悪かった。
「おいおい! 大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ。ほら……手」
手を差し出してくるサトミ。
「あぁ、これ使え」
「ふんっ!」
——パシッ
俺がチャリを漕ぐ時に愛用している軍手を差し出したが、弾かれてしまった。年頃の女性に汗まみれの軍手はやはりオシャレではなかったようだ。
「おいおい、人の好意をなんだと——」
軍手を拾おうとする俺の汗に塗れた手を、サトミがひったくるように握りしめた。
「あったかい」
そりゃあそうだろう。25分間の立ち漕ぎ。20kgのママチャリと58kgの俺、合わせて78kgのウェイトであの激坂を登ってきたわけだからな。
俺の手が温かいのは当然として、流石にサトミの手は冷たすぎた。
「おいおい! 冷やしすぎだろ!」
一応関東とはいえ福島との県境だ。雪はあまり降らなくても流石に夜は冷える。少なく見積もっても一時間は外にいたであろう冷えた手は、俺の持つ太陽の手から温度を奪い取っていく。
本来はサトミの心配をするのが最優先。
それが当然だろう。
だが、恥ずかしながら中学三年生の俺は、涙を流す同級生の冷えた手を握っただけで、エレクトしていた。
情愛と性愛は同居する……なんて難しいことを考えているわけじゃない。
ただ、俺は童貞だった。
童貞……だったんだ。
わかるだろ?
お前らなら。
俺の気持ち。
……。
まあいい。話を続けよう。
結局、サトミの両手を俺の両手が包み込む形で落ち着いた。
「あったかい。手汗すごいけど」
「人間だからな。必死にチャリを漕いだら汗もかくだろ」
「必死に漕いできてくれたの?」
「そりゃあ全力だよ」
「早かったもんね」
「こ◯亀もG◯Oも捨てて飛び出してきたからな」
「ありがと」
「もう慣れたよ」
「……」
「どうした?」
——ガバッ
「お、おい」
——ぎゅっ
突然サトミが抱きついてきた。
「ばーか」
バカはお前だ!
やばい。
当たってしまう! さっきから暴れっぱなしのトムボーイが密着してしまう!
即座に腰を引いて回避したが、サトミはそれを許してくれなかった。
抱きつく力がどんどん強くなっていく。
「おいおい! 汗くさいぞ! 俺は! 今!」
「ほんとだー。くさーい」
なんて馬鹿なことを言いながらも離れないサトミ。
流石に観念した俺は……抱きしめて、頭を撫でてやったんだ。
……。
猫っ毛ってやつ? 髪が柔らかくて、とても気持ちがよい。
今思えば、俺が髪フェチになったのはあの日からかもしれない。
中三だ。十五歳のチェリーボーイ。
初めて生の女に触れて、いきなり抱きつかれて、もうてんやわんやよ。
でも、その時はまだなんともなかったんだ。
まぁ……ビンビンではあったが、それは普通のことだろ?
小一時間抱き合ったら、サトミも泣き止んできて、
「落ち着いた?」
「うん、ありがと」
「気にすんな」
みたいな会話をした。
俺のタカシはビンビンだったけど、それでも本体は紳士だったんだ。
俺は女性には優しくしろって教わって生きてきたからさ。
そんな紳士な俺とサトミは、少し離れて見つめ合った。
ちょっとした沈黙の後、サトミは俺にキスをした。
……初チューってやつだ。
吐息がかかる。
目は閉じた方がいいのか?
これがキスか。
柔らかい。
ずっとこのままでいたい。
なんて思ってたらな……『グニュ』ってな感じで舌が入ってきたんだ。
俺の口内に。
想像していたよりも100倍くらい興奮してしまい……
一時間くらいビンビンだった俺のチンチンは限界を超えてしまった。
触れられてもいないのに、キスだけで発射しちまったんだ。
……。
「ゥギャアアアアアアアアアア!!!!!」
「え!? なに!? どうしたの!?」
これまで感じたことのないやばい頭痛に襲われて、俺たちの甘い空気は一瞬で激辛よ。
カピカピのパンツを履きながら頭を抱えて泣き喚く半狂乱の俺。
さっきのとは別に、お漏らしもしていた。
ゲロも吐いていたと思う。
地獄絵図だ。
「ハァ……ハァ……、は……早く、救急車を呼んで……クレエエエエエ……!」
「ねぇ! 何!? どうしたの!? イヤアアアアアアア!」
発狂する俺を見て、サトミもまた発狂していやがった。
サトミはもう泣きすぎて役に立たねえし、こんときはもう本当に死ぬかと思ったな。
「い……いい、救急車を……はや……く……」
結局なんとか自分で救急車を呼んで、そのまま搬送よ。
◇
病院に着く頃には頭痛は治まってきたんだけど、いやー、本当に参った。
頭蓋骨を通り抜けて脳みそを直接鷲掴みにされる感じだ。
お母さんが迎えにきてくれたけど、二人で泣いてた。
「生きててよかった!」って。
中学生だったからさ、親にもサトミにも医者にも言えなかったんだ。
何がトリガーになって引き起こされた頭痛かって……。
まぁ、そんなこんなでサトミとは二度ほど……その先もチャレンジしてみたんだが、救急搬送とはいかないまでも、頭を抱えてのたうち回ることになっちまった。
発射まで行かなくともサトミが物理的に介在するだけで頭痛がしてくる。
そりゃあもうトラウマよ。
流石に病院に行ったさ。
めちゃくちゃ恥ずかしかったよ。
この頭痛のトリガーが「他者の接触を伴うフィニッシュ」なわけだからな。
ソロプレイは問題ない。
いくらでもできる。
だがマルチプレイとなればそうはいかねえ。
それで結局、病名がついていることを知った。
『|射精誘発性頭蓋襲脈症《しゃせい ゆうはつせい ずがいない しゅうみゃくしょう》』。
爆発の威力とトリガーは個々人で違うらしいが、最悪の場合死ぬらしい。
これから治るかもわからんし治らんかもしれん。
ただ一つだけ運命づけられたのは「俺は女と最後までイけない」それだけだ。
ここまでが『ハーレムの呪い』の代償だ。
一線を越えると頭が爆発する可能性がある。
あんな思いは二度とごめんだね。




