第88話 「スゥが「ぺっ」した種、まさかの世界樹でした」
第88話 スゥが「ぺっ」した種、まさかの世界樹でした
翌朝。
唯:「よし!」
エマ:「唯」
唯:「なに?」
エマ:「朝ご飯、まだ途中だよ?」
唯:「…………」
見る。パン。スープ。果物。
確かに途中だった。
唯:「でも亜空間が!」
エマ:「逃げないから」
唯:「キャピ……」
昨日から、ずっと気になっている。
問題は――。どうやって作っていくかなんだよねぇ
何もない。本当に何もない。土すらない。
スゥ:「スゥ!」
唯:「スゥも行きたい?」
スゥ:「スゥ!」
唯:「よし! じゃあ――」
エマ:「食べてから」
唯・スゥ:「…………」
エマには逆らえなかった。
朝食を終えると、すぐに昨日と同じ部屋へ集まった。
唯:「スゥ、お部屋!」
スゥ:「オヘヤ!」
唯:「出せる?」
スゥ:「スゥ!」
ぷるん!スゥの身体から淡い緑色の光が飛び出した。
光は空中に線を描き、人一人が通れる輪を作っていく。
クロエ:「……昨日より早い」
エマ:「もう慣れてきたのかな?」
スゥ:「スゥ!」
得意そうだ。
唯:「じゃあ行こう!」
一歩。光の輪を抜ける。
昨日と同じ、白っぽい空間。
空も。地面も。何もない。
――はずだった。
唯:「……ん?」
少し離れた場所。白一色だった地面に、小さな緑色が見えた。
唯:「なんかある!」
エマ:「え?」
走って近づく。小さい。
私の指くらい。二枚の葉っぱを広げた、小さな芽。
唯:「……草?」
エマ:「昨日はなかったよね?」
クロエ:「……なかった」
クロエがしゃがみ込む。
そして。ゆっくりスゥを見る。
スゥ:「…………」
クロエ:「……スゥ」
スゥ:「スゥ?」
クロエ:「昨日」
スゥ:「スゥ~?」
クロエ:「……ここで何か吐いた」
唯:「え?」
スゥ:「スゥ~♪」
クロエ:「……誤魔化してる」
唯:「吐いたって何を?」
クロエ:「……種みたいなの」
唯:「種?」
昨日。スゥが食べたもの。
《世界樹の実》。
唯:「まさか……」
芽へ手をかざす。
唯:「《鑑定》!」
《世界樹の幼芽》
唯:「…………」
エマ:「どうしたの?」
唯:「世界樹」
エマ:「え?」
唯:「これ、世界樹!」
エマ:「ええっ!?」
クロエ:「……やっぱり」
スゥ:「スゥ!」
唯:「なんでスゥが得意そうなの!?」
もう一度確認する。
《世界樹の幼芽》
《世界樹の種子から発芽した幼体》
《周囲から生命力・魔力を吸収しながら、長い年月をかけて成長する》
唯:「種……」
なるほど。スゥが世界樹の実を丸ごと食べた。
生命力や魔力は《吸収》したけど。
唯:「種だけ消化できなかったんだ……」
クロエ:「……だから、ぺっ」
スゥ:「スゥ~♪」
唯:「できるじゃん! ぺって!」
昨日あれだけ「出して!」って言ったのに!
あのとき出してよ!
エマ:「まあまあ」
唯:「世界樹の実ぃ……」
もうない。全部スゥの栄養になった。
残った種からは、世界樹が生えた。
(……まあ、いっか)無駄にはなってない。
むしろ――。
唯:「あれ?」
芽の根元を見る。
白かった地面。
そこだけが、少し茶色くなっている。
触ってみる。さらっ。
唯:「……土?」
エマ:「昨日はなかったよね?」
唯:「うん」
ほんの少し。芽を中心に、手のひら二つ分くらい。
でも確かに。何もなかった亜空間に、土ができている。
唯:「…………」
昨日。ここに森が欲しいって言った。
川も。家も。何もないから、これから作ればいいって。
その翌日に。最初の緑が生えた。
唯:「……育つかな?」
エマ:「《鑑定》では、長い年月をかけてって書いてあったんだよね?」
唯:「うん」
すぐに大きくなるわけじゃない。
元の世界樹みたいになるまで、どれだけかかるのかも分からない。
それでも。
唯:「じゃあ、育てよう」
小さな葉を、指先でそっと撫でる。
唯:「ここも。この子も」
スゥ:「スゥ?」
唯:「スゥも一緒にね」
スゥ:「イッショ!」
唯:「うん。一緒」
スゥ:「スゥ!」
昨日まで何もなかった場所に。
小さな世界樹が一つ。それだけなのに。
ここが少しだけ――私たちの場所になった気がした。
亜空間から戻った私たちは、出発の準備を始めた。
世界樹は助かった。
《深緑》も、もう召喚には使えない。
謎の組織が何者なのか。
どうしてダンジョンコア魔石を集めているのか。
まだ分からないことは残っている。
でも。ここで待っていても答えは出ない。
ファル:「唯さん!」
城の外。見送りには、ファルとレオン。
アルヴェイン王。そして精霊王まで来てくれた。
遠くには世界樹。まだ枯れた枝も多い。
だけど昨日より、ほんの少しだけ緑が増えている。
ファル:「本当に、もう行ってしまうんですね」
唯:「うん」
ファル:「もう少し滞在していただいても……」
レオン:「ファル」
ファル:「分かっています!」
ぷくっと頬を膨らませる。
ファル:「唯さんたちにも旅の目的がありますから」
唯:「また来るよ」
ファル:「……本当ですか?」
唯:「もちろん!」
地下で遭難するのは、もう嫌だけど。
唯:「次は普通に遊びに来る!」
ファル:「はい!」
ファルが笑う。最初に会ったときは、盗賊に捕まっていた。
助けたら今度は私たちが牢屋に入れられて。
一緒に精霊王を探して。世界樹の地下に潜って。
私が遭難して。最後には世界樹まで枯れかけた。
(……濃かったなぁ)
レオン:「次は勝手に穴へ落ちるなよ」
唯:「勝手に落ちたんじゃないよ!」
クロエ:「……遭難四日」
唯:「言わなくていいの!」
スゥ:「ソウナン?」
唯:「スゥ、その言葉は覚えなくていい!」
スゥ:「ソウナン!」
唯:「覚えたぁ!」
ファルが吹き出した。レオンまで笑っている。
アルヴェイン:「唯殿」
唯:「はい」
アルヴェイン王が一歩前へ出る。
アルヴェイン:「改めて礼を言わせてほしい」
深く頭を下げる。
アルヴェイン:「娘を。そして世界樹を救ってくれたこと。エルフを代表して感謝する」
唯:「そんな!」
慌てる。
唯:「私だけじゃないです!」
エマ。クロエ。ファル。レオン。精霊王。
そして肩のスゥ。
唯:「みんなで助けたんです」
アルヴェイン:「……そうだな」
王様が微笑んだ。
精霊王:「唯」
唯:「ん?」
精霊王:「一つ、気になる話がある」
精霊王が西を向く。
精霊王:「お前たちは、これからもダンジョンコア魔石を探すのだろう?」
唯:「うん」
精霊王:「ならば、西へ行ってみるといい」
唯:「西?」
精霊王:「山岳地帯の向こう。ドワーフたちの国だ」
ドワーフ。鍛冶とか。鉱山とか。そういうやつ?
精霊王:「最近、あの国で奇妙な魔力を放つ鉱石が採掘されたという噂がある」
唯:「奇妙な魔力……」
精霊王:「ダンジョンコア魔石かどうかは分からん。だが、ドワーフたちはその力を利用しようとしているらしい」
エマと顔を見合わせる。クロエを見る。
クロエ:「……行く価値はある」
唯:「だよね」
ダンジョンコアかは分からない。違うかもしれない。
でも。ここにいたって分からないなら。
唯:「決まり!」
私は西を向いた。
唯:「次はドワーフの国!」
エマ:「うん!」
クロエ:「……賛成」
スゥ:「スゥ!」
こうして。エルフの国での長い騒動は終わった。
三人で始まった旅には。
いつの間にか、小さなスライムが一人増えている。私の肩で。
スゥ:「ユイ!」
唯:「なに?」
スゥ:「スゥ!」
唯:「ふふっ。行こっか!」
次の目的地は――西。
山々の向こうにある、ドワーフの国。
私たち四人の旅が。ここから、また始まる。
第88話 スゥが「ぺっ」した種、まさかの世界樹でした 完




