第86話 『世界樹の実を食べたスゥが、「しゃ、しゃべった!?」』
第86話 世界樹の実を食べたスゥが、「しゃ、しゃべった!?」
世界樹からもらった、一つの実。大きさは、両手に収まるくらい。
綺麗な緑色をしていて、触るとほんのり温かい。
そして――。
唯:「《鑑定》!」
《世界樹の実》
《世界樹が長い年月をかけて蓄積した生命力と魔力が凝縮された実》
《極めて高濃度の生命力を内包する》
《摂取した生物の生命力・魔力容量を大幅に増加させる場合がある》
唯:「…………」
エマ:「どうだった?」
唯:「なんか、すっごいやつ」
クロエ:「……雑」
唯:「だって、すっごいんだもん!」
極めて高濃度。大幅に増加。
どう考えても、すっごいやつだ。
問題は――。
唯:「これ、どうしよう?」
もらったはいいけど。食べる?
私が?エマ?クロエ?
みんなで分ける?
いや、世界樹を助けたのはファルやレオンも一緒だし。
精霊王だって頑張ってた。
エマ:「すぐに決めなくてもいいんじゃない?」
唯:「それもそうかぁ」
クロエ:「……保存方法も聞いた方がいい」
唯:「なるほど」
さすがクロエ。冷静だ。
じゃあ、とりあえず今日は――。
スゥ:「スゥ!」
唯:「ん?」
肩を見る。スゥが伸びていた。
にゅーん。肩から腕へ。腕から手首へ。
そして。じーっ。
私の手にある《世界樹の実》を見ている。
唯:「…………」
スゥ:「…………」
唯:「食べたいの?」
スゥ:「スゥ!」
ぷるん!ものすごく元気な返事だった。
唯:「でもね、スゥ。これはすっごく貴重な――」
ぽよん。
唯:「え?」
跳ねた。私の腕から。《世界樹の実》へ。
べちゃ。
唯:「…………」
エマ:「…………」
クロエ:「…………」
スゥの身体が実を包む。
唯:「え?」
ずぶ。
唯:「ちょっと待って」
ずぶずぶ。
唯:「スゥ?」
ぽこん。消えた。
唯:「…………」
エマ:「…………」
クロエ:「…………」
スゥ:「スゥ!」
唯・エマ:「ええええええええええっ!?」
クロエ:「……食べた」
唯:「食べたぁぁぁぁぁぁ!?」
丸ごと!世界樹の実を!
唯:「スゥ! 出して! 今すぐ出して!」
スゥ:「スゥ?」
唯:「『なに?』じゃないの! ぺってして! ぺって!」
スゥ:「スゥ!」
唯:「絶対分かってない!」
エマ:「唯、スライムに『ぺっ』は難しいんじゃ……」
唯:「でも世界樹の実だよ!?」
滅多に実らないって言ってたよ!?
世界樹からのお礼だよ!?
もらったばっかりだよ!?
《深紅》のときだってそうだ。私が寝てる間に吸収して。
今度は目の前で堂々と!
唯:「スゥ、食べ物見つけたら何でも吸収するの禁止!」
スゥ:「スゥ!」
唯:「分かってないよね!?」
クロエ:「……唯」
唯:「なに!?」
クロエ:「スゥ」
唯:「だからスゥが――」
クロエ:「……光ってる」
唯:「え?」
見る。スゥの身体の中心。
さっきまでなかった緑色の光が灯っていた。
スゥ:「……スゥ?」
ぷる。光が広がる。
身体の中を巡るように。
緑色の光が、何本もの細い線になって走っていく。
エマ:「唯、離れて」
唯:「う、うん」
スゥを地面へ置く。次の瞬間。
ドクン――。
唯:「っ!?」
空気が震えた。
いや。スゥから溢れた魔力だ。
小さな身体からは考えられないほどの魔力が、一気に膨れ上がる。
唯:「スゥ!?」
システム音が響いた。
《高密度生命力の吸収を確認》
《個体名:スゥ》
《種族特性《吸収》による同化を開始》
《生命力容量が拡張されます》
《魔力容量が拡張されます》
《保有魔力量の急激な増加を確認》
ぷるぷるぷる!スゥが震える。
エマ:「スゥちゃん……!」
唯:「大丈夫!? スゥ!」
スゥ:「ス……ゥ……」
返事はある。でも、いつもの元気な声じゃない。
私はしゃがみ込む。
唯:「スゥ。私、分かる?」
ぷる。スゥが私の方を向いた。
たぶん。顔はないけど。
スゥ:「ス……ゥ……」
唯:「大丈夫。ここにいるからね」
身体に触れる。
いつもの、ぷにぷに。
だけど少しだけ熱い。
そのとき。
《個体名:スゥの魔力構造に変化を確認》
《意思情報の魔力変換が可能になりました》
《条件を満たしました》
《スキル《言語魔力変換》を獲得しました》
唯:「……言語?」
何それ?
《《言語魔力変換》》
《意思を魔力情報へ変換し、音声として出力する》
唯:「音声……?」
クロエ:「……喋れる?」
唯:「え?」
スゥを見る。さすがに。
そんな急に――。
スゥ:「…………」
ぷる。
スゥ:「……ユ……」
唯:「…………え?」
スゥ:「ユ……ぃ……?」
時間が止まった。エマも。クロエも。
私も。誰も動かない。
唯:「…………スゥ?」
スゥ:「ユ……イ」
唯:「…………」
今。私の名前。言った?
スゥ:「ユイ」
唯:「しゃべったぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
エマ:「スゥちゃん!?」
クロエ:「……喋った」
唯:「スゥ! もう一回! もう一回言って!」
スゥ:「ユイ!」
唯:「私! 唯!」
スゥ:「ユイ!」
唯:「そう! 私が唯!」
エマ:「唯、落ち着いて!」
唯:「だって喋ったんだよ!?」
ずっと。私が話しかけても。
返ってくるのは「スゥ」だけだった。
地下で一人だったときも。
肩に乗せて歩いていたときも。
私が勝手に話して。
スゥが「スゥ」って返して。
それだけだったのに。
スゥ:「ユイ!」
唯:「うん!」
なんだろう。めちゃくちゃ嬉しい。
名前を呼ばれただけなのに。
エマ:「スゥちゃん。私は?」
スゥ:「…………」
スゥがエマを見る。
エマ:「エマ」
スゥ:「……エ……マ」
エマ:「……!」
唯:「言えた!」
エマ:「すごいね、スゥちゃん!」
エマが嬉しそうにスゥを撫でる。
クロエ:「……クロエ」
唯:「自分からいった!」
クロエ:「……クロエ」
スゥ:「…………ク……ロ……」
クロエ:「……クロエ」
スゥ:「クロ……エ」
クロエ:「……どやぁ」
唯:「なんでクロエがどやるの!?」
まだ単語だけ。発音もぎこちない。
それでも。
スゥ:「ユイ。エマ。クロエ」
唯:「うん!」
また一つ。スゥが私たちに近づいた。
そんな気がした。
――その直後。
《高密度生命力の同化が完了しました》
《拡張された魔力容量を基盤とした空間形成が可能になりました》
《条件を満たしました》
《スキル《亜空間形成》を獲得しました》
唯:「今、なんかもう一個覚えた」
エマ:「今度は何?」
唯:「《亜空間形成》」
クロエ:「…………」
クロエの目が。きらっ。
唯:「あ」
クロエ:「……詳しく」
やっぱり食いついた。
唯:「ちょっと待って。《鑑定》!」
《亜空間形成》
《魔力によって現実空間から切り離された独立領域を形成する》
《形成者は任意の場所に領域への出入口を生成できる》
《領域規模は形成者の成長・蓄積魔力・吸収した性質により変化する》
唯:「……独立領域?」
エマ:「どういうこと?」
唯:「えっと……スゥの中に入るんじゃなくて、別の場所に空間を作るみたい」
クロエ:「……見たい」
唯:「見たい!」
エマ:「待って。二人とも絶対に試す顔してる」
唯:「だって亜空間だよ!?」
亜空間。名前だけでもう面白い。
異世界に来てからいろんなものを見てきたけど、亜空間はまだ見たことがない。
唯:「スゥ! できる?」
スゥ:「ア……クウ……カン?」
唯:「そう。亜空間!」
スゥ:「…………」
ぷるぷる。分かってない。
唯:「うーん……」
どう説明すればいいんだろう。
空間を作って。そこに入口を――。
唯:「スゥ。なんかこう……別のお部屋作れる?」
スゥ:「オ……ヘヤ?」
唯:「そう! お部屋!」
スゥ:「…………」
ぷる。スゥの身体が淡い緑色に光った。
唯:「お?」
光がスゥから離れる。ふわり。
私たちの前へ。
何もなかった空中に、緑色の光が一本の線を描いていく。
縦に。横に。ぐるっと一周。
エマ:「これ……」
クロエ:「……入口?」
人一人が通れるくらいの、光の輪。
その内側だけ。景色がない。真っ暗だった。
唯:「…………」
恐る恐る近づく。向こう側を覗いてみる。何も見えない。
唯:「スゥ。これ、入れるの?」
スゥ:「…………」
ぷるん。
スゥ:「スゥ!」
唯:「そう! 入る!」
スゥ:「……スゥ!?」
合ってるのか分かってない顔してる!
クロエ:「……唯」
唯:「なに?」
クロエ:「行こう」
唯:「うん!」
エマ:「なんで即決なの!?」
唯:「だって、気になるじゃん!」
私は光の輪へ手を伸ばす。
指先が黒い部分へ触れた。
何も起きない。そのまま手を入れる。
唯:「おお……!」
腕が消えた。でも感覚はある。
唯:「大丈夫そう!」
エマ:「本当に?」
唯:「たぶん!」
エマ:「たぶん!?」
私はそのまま。一歩。
光の向こうへ踏み込んだ。
第86話 「世界樹の実を食べたスゥが、『しゃ、しゃべった!?』」 完




