第85話 「枯れかけた世界樹から、お礼をもらいました」
第85話 枯れかけた世界樹から、お礼をもらいました
地下から地上へ戻った頃には。
唯:「…………つかれたぁ」
私はもう、歩くのも嫌になっていた。
エマ:「唯、もう少しだから」
唯:「エマ、それ地下でも聞いた……」
クロエ:「……三回目」
唯:「数えなくていいの!」
クロエの後ろでは、気絶した盗賊頭がずるずる引きずられている。
あれから一度も目を覚ましていない。まあ、起きてもクロエがいる。
二回目は逃がさないって言ってたし。絶対逃げられないと思う。
スゥ:「スゥ!」
唯:「スゥは元気だねぇ……」
私の肩で、ぷるん。
さっき巨大な岩に潰されたとは思えない。
スライムってすごい。
長い地下通路を抜ける。
そして――。
唯:「……あ」
光。久しぶりの空だった。
外には、大勢のエルフが集まっていた。
みんなが見上げているのは、世界樹。
巨大な幹。空を覆うほどの枝。
だけど、その姿はまだ痛々しい。
茶色く変色した葉。葉を失った枝。
ところどころ黒ずんだ幹。
(……治ってない)一瞬、胸がざわつく。
そのとき。
ファル:「大丈夫です」
唯:「ファル?」
ファルが世界樹へ駆け寄った。
両手を幹へ添える。
目を閉じて。
しばらく、そのまま。やがて。
ファル:「……あったかい」
小さく呟いた。
エマ:「あったかい?」
ファル:「はい」
ファルが振り返る。目元は少し赤い。
でも今度は、泣いていなかった。
ファル:「昨日までは、触れるたびに……少しずつ冷たくなっていくような気がしていました」
世界樹を見上げる。
ファル:「でも今は違います」
笑った。
ファル:「ちゃんと、生きています」
唯:「……そっか」
地下で聞いたときより。なんだろう。
今の方が、やっと実感できた。
(助けられたんだ)完全に元通りじゃない。
これから時間をかけて治っていく。
それでも。間に合った。
アルヴェイン:「ファル!」
ファル:「お父様!」
声がした。アルヴェイン王が、人混みを抜けて駆けてくる。
王様らしい落ち着いた顔なんてしていなかった。
そのままファルの肩を掴む。
アルヴェイン:「怪我は!?」
ファル:「大丈夫です」
アルヴェイン:「本当に?」
ファル:「はい」
何度も確かめて。ようやくアルヴェイン王が息を吐いた。
そして。
ぎゅっ。
娘を抱きしめる。
ファル:「お、お父様!?」
アルヴェイン:「……無事でよかった」
ファル:「……はい」
ファルも、そっと腕を回した。
(……よかったね)
レオンも少し離れた場所で、ほっとした顔をしている。
クロエ:「……レオン」
レオン:「なんだ?」
クロエ:「顔、緩んでる」
レオン:「うるさい!」
キャピ。こっちも分かりやすい。
その後は、さすがに休ませてもらえる――。
と思ったんだけど。
アルヴェイン:「つまり、この男は謎の組織の者ではないのだな?」
クロエ:「……違う」
捕まえた盗賊頭を兵士へ引き渡しながら、最低限の情報だけ整理することになった。
盗賊頭は、以前ファルを攫った四人組の頭。
あのとき逃げたあと、世界樹周辺をうろついていたらしい。
そして地下への入口を見つけた。目的は単純。
金。
地下にあった施設も、《深緑》を狙っていた連中とも直接の関係はなかった。
アルヴェイン:「問題はこちらか」
地下から回収された道具が並べられている。
黒い薬。世界樹の根へ何度も打ち込まれていた器具。
採掘道具。残された記録。
ファル:「世界樹を弱らせて、《深緑》を取り出そうとしていた……」
精霊王:「おそらくな」
精霊王が険しい顔で答える。
世界樹が自然に枯れたわけじゃない。
誰かが意図的に弱らせていた。
しかも。
(ダンジョンコア魔石を狙ってる……)
私たち以外にも。
唯:「……嫌だなぁ」
エマ:「唯?」
唯:「ううん。なんでもない」
《深緑の魔石》はもうない。
《深紅の魔石》もスゥが吸収した。
少なくとも、この二つを召喚に使われることはない。
でも。他にもある。
(全部終わったわけじゃないんだ)
それだけは覚えておこう。
唯:「お腹すいた」
エマ:「ふふっ。そうだね」
その日の夕食。
唯:「おいしいぃぃぃ……!」
久しぶりのまともなご飯だった。
エマ:「唯、ゆっくり食べて」
唯:「だって五日だよ!?」
地下で魔物の血を飲んで生き延びられた。
生き延びられたけど!ご飯とは別なの!
クロエ:「……分かる」
唯:「クロエぇ!」
クロエ:「……肉、おいしい」
握手したい。
スゥ:「スゥ?」
テーブルの上では、スゥが料理をじーっと見ている。
唯:「食べてみる?」
スゥ:「スゥ!」
小さく切った果物を置く。
スゥが上へ乗った。
むにゅ。果物が身体の中へ沈んでいく。
唯:「…………」
エマ:「…………」
クロエ:「……食べた」
スゥ:「スゥ!」
唯:「それでいいんだ……」
どうやら満足らしい。ファルが笑う。
レオンも笑う。エマも。クロエも。
私の隣には、スゥ。
地下で一人になったとき。
ずっと探していた声が。
今は、うるさいくらい周りにある。
唯:「……ふふ」
エマ:「どうしたの?」
唯:「なんでもない」
翌朝。
精霊王:「唯! みんな! 来てくれ!」
朝食を終えたばかりなのに、精霊王が飛び込んできた。
唯:「な、なに!?」
精霊王:「世界樹だ!」
唯:「えっ!?」
まさか、また!?
全員で外へ飛び出す。
世界樹まで走る。
唯:「どこ!? 何が起きたの!?」
精霊王:「上だ!」
唯:「上?」
見上げる。昨日と同じ。
まだ枯れた枝の多い世界樹。
でも。
ファル:「……あ」
ファルが気づいた。一本の枝。
茶色く枯れた葉の、その先。
小さな。本当に小さな――。
ファル:「新芽……」
緑色だった。
唯:「……出た?」
精霊王:「ああ」
精霊王が笑う。
精霊王:「世界樹は、自分の力で回復を始めている」
周囲には、小さな精霊たちも戻ってきていた。
昨日より多い。ふわふわ。きらきら。
新芽の周りを嬉しそうに飛んでいる。
唯:「……よかったぁ」
これなら。本当に大丈夫そうだ。
精霊王:「それと、もう一つある」
唯:「ん?」
精霊王が両手を差し出した。
そこには。緑色の、小さな実。
両手に収まるくらいの大きさなのに。
近くにあるだけで分かる。
(……すごい魔力)それだけじゃない。
なんというか。生きてる。
そんな感じがする。
唯:「これ……何?」
精霊王:「今朝、世界樹に実っていた」
ファル:「まさか……」
ファルが目を見開く。
精霊王:「《世界樹の実》だ」
唯:「世界樹の……実?」
精霊王:「世界樹が長い年月をかけて蓄えた生命力と魔力。その一部が凝縮されたものだ」
そんなもの。絶対すごいやつじゃん。
精霊王:「本来、滅多に実るものではない」
唯:「じゃあ、なんで?」
精霊王:「分からん」
精霊王が世界樹を見上げた。
精霊王:「だが、このタイミングだ」
そして私を見る。
精霊王:「世界樹からの礼だと、私は思っている」
唯:「……私に?」
精霊王:「お前たちに、だ」
私はエマを見る。クロエ。ファル。レオン。
そして。
スゥ:「スゥ?」
私の肩で、スゥが首を傾げるように身体を傾けた。
そっか。私たちに。
唯:「……もらっていいの?」
精霊王:「もちろんだ」
差し出された《世界樹の実》を。
両手で受け取る。
ほんのり、あったかい。
唯:「ありがとう」
世界樹を見上げる。まだ傷だらけ。
まだ枯れた枝もいっぱいある。
だけど。その枝の先には、小さな緑色の新芽。
そして私の手には。世界樹からもらった、一つの実。
唯:「元気になってね」
風が吹いた。新芽が、小さく揺れる。
唯:「……キャピ」
なんとなく。返事をしてもらえた気がした。
第85話 枯れかけた世界樹から、お礼をもらいました




