第79話 五日ぶりの「おかえり」で、ちょっと泣きました
第79話 五日ぶりの「おかえり」で、ちょっと泣きました
オーガ:「グォォォォォォ!!」
咆哮が地下を揺らした。
目の前では、《グランドロックオーガ》の赤黒い筋が激しく脈打っている。
もう身体は限界のはずなのに。
試作品七号とやらが、無理やり動かしている。
私も背中が痛い。
脇腹もズキズキする。
だけど――。
唯:「スゥ。もう一回、いける?」
スゥ:「スゥ!」
隣で小さな身体が跳ねた。
元気いっぱい。あれだけ殴られたのに。
(……ほんと、私より頑丈なんじゃない?)
グランドロックオーガが地面を蹴った。
来る!
唯:「スゥ!」
スゥ:「スゥ!」
巨大な拳が振り下ろされる。
その正面へ、スゥが飛び出した。
――ぐにゅっ!
小さな身体が大きく潰れる。
拳の勢いを受け止めながら、スゥの身体が横へ広がった。
「グォ!?」
止まった。
唯:「今!」
懐へ潜る。さっきから何度も殴った腹じゃない。
《弱点感知》。赤黒い魔力が全身を巡っている。
その流れが、一瞬だけ集中する場所。
胸の中央。そこだ。
拳へ魔力を集める。
今度こそ――。
唯:「《震撃》!!」
――ドォォォン!!
拳が胸へめり込んだ。
衝撃が巨体の内側を突き抜ける。
オーガ:「グ……ォ……」
赤黒い筋が明滅した。
一度。二度。そして――消える。
巨体がゆっくり傾いた。
――ズズン。地面が揺れる。
唯:「…………」動かない。
私はしばらく拳を構えたまま待った。
赤黒い魔力も戻ってこない。
唯:「……終わった?」
スゥ:「スゥ!」
唯:「勝ったぁ……」
力が抜けた。その場にぺたんと座り込む。
唯:「痛ったぁぁ……!」
背中!忘れてた!
戦ってるときは平気だったのに!
唯:「A+痛い……もう一人で戦いたくない……」
スゥ:「スゥ!」
唯:「うん。スゥがいてくれて助かった」
手を伸ばす。ぷるん。
スゥが手のひらへ乗ってきた。
唯:「ありがと」
スゥ:「スゥ!」
よしよし。小さな身体を撫でる。
枕として拾ったはずなのに。
いつの間にか、一緒に戦ってた。
変なの。でも――悪くない。
そのときだった。
「――唯!」
唯:「…………え?」
聞き間違いかと思った。
ずっと聞きたかった声だったから。
私はゆっくり振り返る。
暗い通路の奥。誰かが走ってくる。
金色の髪。その後ろに銀色。
さらに二人。
唯:「…………」
五日間。何度も探した。
何度も名前を呼んだ。
三日目には。もう、見つけてよって。
私も探してるんだからって。
一人で泣いた。
エマ:「唯!!」
エマだ。本物。
唯:「……エマ?」
駆けてくる。どんどん近づいてくる。
その顔を見た瞬間。
胸の奥が、ぎゅっとなった。
エマ:「唯っ!」
唯:「わっ!」
抱き締められた。
勢いが強くて、少しよろける。
エマ:「唯……唯……!」
唯:「エマ、痛い痛い。背中、さっきぶつけて――」
エマ:「五日だよ!」
唯:「…………」
声が震えていた。
エマ:「五日間……どこ探してもいなくて……呼んでも返事なくて……!」
腕がさらに強くなる。肩が震えている。
エマ:「死んじゃったらどうしようって……!」
唯:「……ごめん」
言った瞬間。エマが顔を上げた。
エマ:「なんで唯が謝るの!」
唯:「……キャピ」
怒られた。でも。エマの目が赤い。
泣いてる。その顔を見ていたら――。
なんか。駄目だった。
唯:「……私も」
エマ:「え?」
唯:「私も……探したんだよ」
声がおかしい。
唯:「ずっと上に行こうとしたんだけど、飛べなくて……」
《結界》。あれのせいだった。
唯:「歩いても歩いても同じところに戻って……三日目に、上が見えたの」
エマ:「うん……」
唯:「これで帰れるって思って飛んだら……また落とされて」
思い出した。あの暗い穴。誰もいない。返事もない。
唯:「それで……」
喉が詰まる。言いたくない。格好悪いし。
私は強いし。もうコウモリだった頃とは違う。
なのに。
唯:「……ちょっとだけ、泣いた」
エマ:「…………」
唯:「ほんとにちょっとだからね?」
エマの腕が、また私を包んだ。
今度は背中を避けて。
優しく。
唯:「……寂しかった」
エマ:「うん」
唯:「すごく」
エマ:「……うん」
頭を撫でられる。五日ぶりの匂い。
五日ぶりの温かさ。
ああ。帰ってきた。
そう思ったら。
唯:「……エマぁ」
ぽろっと出た。涙が一滴。
エマの服へ落ちる。
ちょっとだけ。ほんとに、ちょっとだけ。
「……唯」
もう一つ声。顔を上げる。
唯:「クロエ」
少し離れたところにクロエが立っていた。
いつもの無表情。でも。
赤い瞳が、じっと私を見ている。
唯:「ただいま」
クロエ:「……遅い」
唯:「ごめん」
クロエ:「……五日」
唯:「うん」
クロエ:「……長い」
唯:「…………うん」
クロエが近づいてくる。
そして。ぎゅっ。
唯:「え?」
エマごと抱き締められた。
クロエ:「……心配した」
小さな声。それだけ。
唯:「…………」
また涙が出そうになった。
唯:「クロエぇ……」
クロエ:「……泣いてる?」
唯:「泣いてない!」
クロエ:「……泣いてる」
唯:「これはエマが泣いたやつ!」
エマ:「私の涙を唯の目に入れた覚えはないよ!?」
唯:「キャピ……」
バレた。後ろから、ファルとレオンも追いついてきた。
ファル:「唯さん……!」
唯:「ファル! レオン!」
ファル:「よかった……本当に……!」
レオン:「無事で何よりだ」
唯:「二人も探してくれてたの?」
レオン:「当然だ」
ファル:「ずっとです!」
唯:「…………ありがと」
私。ちゃんと探してもらえてたんだ。
胸の奥が、また温かくなる。
そのとき。
スゥ:「スゥ!」
エマ:「…………」
クロエ:「…………」
ファル:「…………」
レオン:「…………」
全員の視線が、足元へ落ちた。
そこには。ぷるぷるしている淡い橙色のスライム。
エマ:「……唯」
唯:「なに?」
エマ:「その子、誰?」
唯:「スゥ!」
エマ:「名前じゃなくて!」
唯:「拾った!」
クロエ:「…………」
クロエがスゥを見る。次に私を見る。
もう一度スゥを見る。
クロエ:「……五日間で増えてる」
唯:「増えた!」
エマ:「なんで遭難して仲間増やしてるの!?」
唯:「私にも分かんない!」
スゥ:「スゥ!」
スゥが元気よく跳ねた。
私は笑った。エマも。ファルも。
最後にはクロエまで、ほんの少し口元を緩めた。
五日間。本当に長かった。
暗くて。寂しくて。一人で泣いて。
枕を拾って。その枕に名前がついて。
一緒に戦って。そして――。
ようやく。
唯:「……ただいま」
今度はちゃんと言えた。
エマ:「おかえり、唯」
クロエ:「……おかえり」
帰ってこられた。みんなのところへ。
第79話 五日ぶりの「おかえり」で、ちょっと泣きました 完




