第78話 「A級魔物に吹き飛ばされた私、スライムに守られました」
第78話 A級魔物に吹き飛ばされた私、スライムに守られました
鉄格子の向こうで、何かが弾けた。
ぶちっ。ぶちぶちっ。
試作品七号を打ち込まれた大型魔物の身体が、内側から膨れ上がっていく。
岩みたいだった皮膚の下を、赤黒い筋が脈打っていた。
太い前脚が地面を掻く。
そのたびに石床が砕ける。
――どう見ても、まともじゃない。
ボフマン:「では、僕は帰る!」
唯:「逃げる気だぁぁぁぁ!!」
待てぇ!反射的に駆け出した、その瞬間。
――バギンッ!!
鉄格子が吹き飛んだ。
唯:「うわっ!?」
横から巨大な腕が薙ぎ払われる。
私は床を蹴って後ろへ跳んだ。
目の前を、丸太みたいな腕が通過する。
風圧だけで髪が大きく揺れた。
危なっ!?
その隙にボフマンが通路の奥へ走っていく。
ボフマン:「さらばだぁ! できれば二度と会いたくないぞぉ!」
唯:「待て! ボフマン!」
追いたい。ものすっごく追いたい。
五日間も私を地下に閉じ込めた張本人だ。
でも――。
「グォォォォォォォ!!」
魔物が吠えた。赤黒く染まった目が、私を捉える。
唯:「……こっちが先か」
ボフマンの背中が暗闇へ消えた。
唯:「もう! キャピ!」
私は魔物へ向き直る。
まずは――。(《鑑定》!)
《グランドロックオーガ》
《危険度:A+》
《岩山地帯の深部に生息する大型魔物》
《極めて高い筋力・耐久力を持つ》
《状態:特殊変質》
《外部要因による異常な魔力循環を確認》
《詳細解析不能》
唯:「A+……」
それも普通のA+じゃない。身体中を走る赤黒い筋。
苦しそうな呼吸。それなのに、魔力だけがどんどん膨らんでいる。
(これ、一人で戦う相手じゃないよね!?)
スゥ:「スゥ……」
肩の上でスゥが震える。
唯:「スゥは下がってて」
スゥ:「スゥ?」
唯:「大丈夫。私、強いから!」
たぶん!
スゥを通路の隅へ降ろす。
私は拳を握った。
「グォォォ!!」
来た!巨体からは想像できない速度で、グランドロックオーガが踏み込む。
拳が振り下ろされた。横へ回避。
空振った拳が地面へ突き刺さる。
――ドォン!!
石床が陥没した。
唯:「うわぁ……」
あれは受けたくない。でも、隙は大きい!
懐へ飛び込む。
唯:「《震撃》!」
拳を腹へ叩き込んだ。
――ズドン!!
巨体がよろめく。
唯:「よし!」
効いた!そう思った瞬間。
魔物の腕が戻ってきた。
唯:「え――」
速い。避け――。
――ドゴッ!!
唯:「がっ……!」
身体が宙を舞った。視界が回る。
次の瞬間。
――ドガァン!!
背中から岩壁へ叩きつけられた。
唯:「っ……!」
息ができない。
肺の中の空気が全部押し出された。
背中が熱い。
口の中に、鉄みたいな味が広がる。
(痛ったぁ……!)
これがA+。しかも変質してる。
私の《震撃》をまともに受けたのに、もうこっちへ向かってきている。
スゥ:「スゥ!? スゥ!」
隅にいたスゥが跳ねながら駆けてきた。
唯:「だ、大丈夫……だから……」
スゥ:「スゥ! スゥ!」
全然信じてない。
唯:「ほんとだって……!」
オーガ:「グルルルル……!」
唯:「ほら、スゥ。危ないから――」
再び魔物が踏み込んだ。
まずい!スゥが近い。
私はスゥを抱き上げ、その場から跳ぶ。
だけど一歩遅い。
巨大な拳が脇腹を掠めた。
唯:「くっ!」
また身体が吹き飛ぶ。
壁が迫る。
(また――!)
その瞬間。腕の中からスゥが飛び出した。
唯:「え?」
ぷるんっ。スゥが私と壁の間で、大きく広がる。
――ぼよぉん!!
唯:「ぶっ!?」
背中がスゥへ沈み込んだ。
壁へ激突――したはずなのに。
痛くない。いや、衝撃はあった。
でもさっきとは全然違う。
スゥの柔らかい身体が潰れ、私の勢いを受け止めている。
唯:「……スゥ?」
スゥ:「スゥ!」
元気そう。というか。
唯:「もしかして……今、私を守った?」
スゥ:「スゥ!」
胸を張った――ように見える。
胸ないけど。
オーガ:「グォォォォ!!」
唯:「うわ、来た!」
魔物が拳を振り上げる。
今度こそ回避――。
スゥ:「スゥ!!」
唯:「え!?」
スゥが前へ飛び出した。
拳が直撃する。
――ドゴォン!!
唯:「スゥ!!」
小さな身体が弾丸みたいに飛んだ。
岩壁へ激突。べちゃっ。
唯:「…………」
壁にスゥが張りついた。
唯:「スゥゥゥゥ!?」
死んだ!?いや、潰れた!?
慌てて駆け寄ろうとした、そのとき。
ずるっ。壁から落ちる。
床の上で――。
ぷるん。元通り。
スゥ:「スゥ!」
唯:「無事なの!?」
スゥ:「スゥ!」
唯:「なんで!?」
……スライムだから!?
よく見ると、身体の表面がわずかに揺れている。
でも傷らしい傷はない。
あれだけの打撃を受けたのに。
スゥの身体は液体みたいに変形して、衝撃そのものを逃がしている。
それだけじゃない。
身体を維持している魔力が、一瞬減って――すぐに満ちた。
(魔力で身体を戻してる……?)
しかも、その魔力。全然底が見えない。
そういえば、この子。《深紅のダンジョンコア魔石》を食べてるんだった。
唯:「…………」
スゥ:「スゥ?」
唯:「スゥ。もしかして……ものすごく頑丈?」
スゥ:「スゥ!」
たぶん分かってない!
でも――。使える。じゃない。
一緒に戦える。
唯:「スゥ!」
スゥ:「スゥ!」
唯:「手伝って!」
スゥ:「スゥ!!」
初めてだった。拾った枕でも。
ついてくるだけの小さなスライムでもない。
私は今、この子を仲間として頼っている。
オーガ:「グォォォォォ!!」
グランドロックオーガが突っ込んでくる。
唯:「スゥ、前!」
スゥ:「スゥ!」
スゥが跳んだ。巨大な拳を真正面から受ける。
ぐにゃり。 身体が大きく潰れ、拳を包み込む。
勢いが――止まった。
オーガ:「グォ!?」
唯:「今度はこっち!」
懐へ。魔力を拳へ集中。
唯:「《震撃》!!」
――ドォォン!!
腹へ直撃。巨体が後退する。
それでも倒れない。
赤黒い筋が激しく脈打つ。
傷ついた筋肉が、無理やり膨張していく。
オーガ:「グ……ォォォ……!」
苦しそうだった。
強くなってるんじゃない。
壊れながら。
無理やり動かされてる。
◇
――ドクン。
エマ:「…………!」
エマが足を止めた。
ファル:「エマさん?」
五日間。どれだけ探しても。
どれだけ呼んでも。ほとんど感じられなかったもの。
胸の奥にある繋がりが――突然、震えた。
エマ:「……唯」
クロエ:「……分かるの?」
エマは胸元を押さえる。もう一度。
――ドクン。間違いない。
エマ:「いる」
クロエの赤い瞳が見開かれた。
エマ:「唯がいる……!」
さらに。地下の奥から――。
――ドォォォン!!
巨大な衝撃が伝わってきた。
エマの顔色が変わる。
エマ:「……戦ってる」
クロエ:「方向は?」
エマが顔を上げる。
迷わず一つの通路を指した。
エマ:「こっち!」
クロエ:「……行く」
ファル:「私たちも!」
レオン:「ファル、離れるな!」
四人が走り出す。五日間。
途切れていた道が、ようやく繋がった。
エマ:「待ってて……唯!」
◇
拳を握る。隣でスゥが震える。
目の前では、赤黒く変質したA+の魔物が再び立ち上がった。
私も痛い。背中も脇腹もズキズキする。
だけど。さっきまでとは違う。
唯:「スゥ。もう一回、いける?」
スゥ:「スゥ!!」
唯:「よし!」
今度は一人じゃない。
たった五日前まで、名前すらなかった小さなスライム。
その子が今、私の隣にいる。
私は拳へ魔力を集めた。
唯:「一緒に倒そう、スゥ!」
スゥ:「スゥ!!」
――遭難五日目。地下の奥で。
私とスゥの、初めての共闘が始まった。
第78話 A級魔物に吹き飛ばされた私、スライムに守られました




