第76話 「スゥさん、地下の何かに反応してるみたいです」
第76話 スゥさん、地下の何かに反応してるみたいです
――遭難五日目。
今日の私は、一人じゃない。
スゥ:「スゥ!」
唯:「うん。今日こそ帰ろう!」
スゥ:「スゥ!」
肩の上で、スゥが元気よく跳ねる。
なんだろう。すごく心強い。
言葉は「スゥ」しか喋れないし、たぶん私が何を言っているのかも半分くらい分かってない。
でも――。
唯:「スゥ。右と左、どっちだと思う?」
スゥ:「スゥ!」
唯:「右ね!」
私は迷わず右へ進んだ。
◇
十分後。
唯:「行き止まりじゃん!」
スゥ:「スゥ!」
唯:「絶対分かってなかったでしょ!」
スゥ:「スゥ!」
元気だけはいい。
唯:「……キャピ」
来た道を引き返す。でも、不思議と腹は立たなかった。
昨日までは、行き止まりを見つけるたびに気持ちが沈んでいた。
またダメだった。また戻らなきゃ。いつまでここにいるんだろう。
そんなことばかり考えていた。
今は――。
唯:「次は左だからね」
スゥ:「スゥ!」
唯:「もうスゥには聞かない」
スゥ:「スゥ!」
唯:「……ほんとに分かってる?」
返事がある。それだけで全然違った。
◇
左の道は、しばらく上へ続いていた。
期待しすぎない。
昨日までに何度も騙されている。
上った先が行き止まり。
上った先から急降下。
上ったはずなのに、なぜか見覚えのある場所。
この地下は信用ならない。
唯:「でも、今度こそ……」
《振動感知》を広げる。
複雑に絡み合う世界樹の根。岩。
小さな空洞。そして――。
唯:「……来る」前方から四つ。
足音が速い。スゥを肩から下ろし、後ろへ置く。
唯:「スゥ。ここにいてね」
スゥ:「スゥ!」
暗闇の奥から飛び出してきたのは、四足の魔物だった。
前にも見た《ケイブハウンド》より一回り小さい。
でも三匹。私を見つけるなり、左右へ広がる。
唯:「よっと!」一匹目。
飛びかかってきたところへ拳を合わせる。
――ドンッ!
岩壁へ吹き飛ぶ。
二匹目が横から来る。
身体を沈めて牙を避け、そのまま腹を蹴り上げた。
残り一匹。背後。
《振動感知》には全部見えている。
唯:「後ろからはダメだよ!」
振り返りざまに拳。
――ゴッ!
地面を転がり、そのまま動かなくなった。
唯:「ふぅ」
強くなったなぁ、私。
洞窟でコウモリだった頃なら、一匹相手でも命懸けだったのに。
唯:「スゥ、もういいよ」
振り返る。
スゥ:「スゥ!」
ぷるん。スゥがやってきた。
そのまま倒れた魔物へ近づいて――。
むにゅ。
唯:「……ん?」
身体の一部を伸ばした。倒した魔物に覆いかぶさる。
唯:「あ」
そういえば。
『魔物の死骸・魔石などを体内へ取り込み、自身の成長に利用する』
昨日《鑑定》したときに出ていた。
唯:「これが《吸収》かぁ」
スゥの半透明な身体へ、魔物の一部が少しずつ取り込まれていく。
さらに、体内にあった小さな魔石まで。
ころん。むにゅ。
すぽっ。
唯:「なんでも食べるねぇ」
スゥ:「スゥ!」
唯:「お腹壊さない?」
スゥ:「スゥ!」
唯:「……大丈夫そうだね」
しばらくして吸収が終わる。
見た目は――。
唯:「変わってない」
スゥ:「スゥ?」
レベルが急に上がったわけでもない。
新しい能力が生えた様子もない。
普通に食事したようなものなのかな。
唯:「よし。じゃあ行こう」
スゥ:「スゥ!」
再び肩へ乗せる。探索再開。
◇
そこから一時間ほど進んだ。
道はまた少しずつ下っている。
唯:「……また下かぁ」
できれば上へ行きたい。私は出口を探しているのだ。
地下探検に来たわけじゃない。引き返そうか。
そう思ったときだった。
ぷる。
唯:「ん?」
肩の上でスゥが動いた。
ぷるぷる。
唯:「スゥ?」
立ち止まる。
スゥ:「スゥ……」
さっきまでの元気な声とは違う。
小さな身体が震えている。
唯:「どうしたの? 怖い?」
スゥを抱き上げる。怪我はない。
さっき食べた魔物が悪かった?
唯:「お腹痛い?」
スゥ:「スゥ……」
ぷるぷるぷる。
(……違う?)
私は数歩、来た道を戻った。
すると。ぷる……。
唯:「……あれ?」
震えが弱くなった。もう一度、前へ。
ぷるぷる。さらに進む。
ぷるぷるぷるぷる。
唯:「…………」
戻る。ぷる……。
進む。ぷるぷるぷる。
唯:「スゥさん?」
スゥ:「スゥ!」
明らかに反応してる。
しかも、前方の何かに。
(なんだろう?)魔物?水?仲間?
いや。この感じ。
どこかで見たような――。
唯:「…………あ」
思い出した。
ノストの洞窟。
あの泉で《静青のダンジョンコア魔石》を見つけたとき。
私が持っていた《深紅のダンジョンコア魔石》が、近づくほど強く震えていた。
そして、その《深紅》は今――。
私はスゥを見る。
スゥ:「スゥ?」
唯:「……食べたんだよね?」
スゥ:「スゥ!」
唯:「やっぱり食べた?」
スゥ:「スゥ!」
どっちなの。でも。
もし《深紅》を吸収したことで、その性質までスゥの中に残っているとしたら。
唯:「……この先に、ダンジョンコアがある?」
ぷるぷるぷる。
もちろん、スゥは答えてくれない。
これはまだ私の予想でしかない。
でも、方向を変えれば震えが弱くなる。
前へ進めば強くなる。
偶然には見えなかった。
唯:「うーん……」
問題が一つ。そっちは――。
唯:「完全に下なんだよねぇ」
出口とは逆。私は上へ帰りたい。
エマとクロエのところへ帰りたい。
なのにスゥが反応しているのは、さらに地下深く。
唯:「…………」
足元を見る。黒ずんだ世界樹の根。
そもそも私たちがここへ来た理由は、世界樹が枯れている原因を調べるためだった。
精霊王は言っていた。
何者かが、意図的に世界樹を傷つけている。
その原因は地下にある、と。
唯:「……行くか」
スゥ:「スゥ!」
唯:「出口探しも大事だけどね」
もし、この先に原因があるなら。
放って帰るわけにもいかない。
それに。
唯:「ダンジョンコアなら、探してたものだし」
世界樹を助ける手掛かりになるかもしれない。
唯:「案内よろしく、スゥ」
スゥ:「スゥ!」
◇
さらに地下へ。進むほど、景色が変わっていった。
世界樹の根が――黒い。
今までも傷んだ根はあった。
でも、ここは明らかに多い。
茶色く乾いた根。ひび割れた根。
そして、黒く変色した根。
唯:「……ひどい」
一本の太い根へ近づく。
そこで気づいた。
唯:「これ……」
穴。小さい。自然にできたものじゃない。
根の表面へ、何か細いものを突き刺したような穴が開いている。
隣にも。その隣にも。
一定の間隔で。
(クロエが見つけたのと同じ……?)
あのときは詳しく調べる前に、地面が崩れて私だけ落ちた。
でも。ここにはもっとたくさんある。
唯:「やっぱり誰かが……」
――カン。
唯:「……え?」
音。私は息を止めた。
《振動感知》。
遠い。でも確かに何かがある。
――カン。
――カン。
一定の間隔。
石が崩れる音じゃない。魔物の足音でもない。
何か硬いものを。別の硬いものへ打ちつけている。
――カン……カン……カン……。
スゥの震えが強くなる。
ぷるぷるぷるぷる。
私はスゥを抱き寄せ、声を落とした。
唯:「……誰かいる」
スゥ:「スゥ……」
遭難五日目。出口を探していたはずの私たちは――。
世界樹の地下で。
どうやら、先に別の何かを見つけてしまったらしい。
第76話 スゥさん、地下の何かに反応してるみたいです。




