第58話 「私たち三人に、帰る場所ができました」
第58話 「私たち三人に、帰る場所ができました」
翌朝。
唯:「家を探すぞー!」
エマ:「おー!」
クロエ:「……おー」
唯:「クロエ、声ちっちゃ!」
クロエ:「……朝だから」
唯:「そういう問題!?」
昨日は七人で飲んで食べて、なぜかミレイさんがガルドさんに公開告白して、
そのまま結婚の約束までしていた。
ちなみに今朝のミレイさんがどうなったのかは――知らない。
今はそれより、家だ!
王国が魔石に提示した金貨五千枚。
七人で分けても、一人七百枚以上。
さらに《ド・モビー・ベヒモス》の討伐報酬や素材代まである。
つまり――。ムフフ…
エマ:「唯。またその顔してる」
クロエ:「……お金を持たせたらダメな顔」
唯:「違います! 夢のマイホームを想像してる顔です!」
◇
不動産屋でもらった物件一覧を片手に、三人でノストを歩く。
少し前まで家なんて考えたこともなかった。
洞窟にいた頃なんて、雨風をしのげて、魔物に見つからなければ百点。
それが今では、三人で物件探し。
人生、何があるか分からないなぁ
ただ、街を歩いていると――。
冒険者A「聞いたか? 深層のAランク級が討伐されたらしいぞ」
冒険者B「例の大物だろ? とんでもないお宝まで出たって話じゃねえか」
商人A「深層まで攻略され始めたし、そろそろこの騒ぎも終わりかねぇ」
商人B「今回のが最高峰のお宝だったんじゃないか?」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。
少し前まで、街中が浮かれていた。
宿は満室。冒険者も商人も押し寄せて。
私の元マイホームだった洞窟を目指して、みんな目を輝かせていた。
(……そっか)
ゴールドラッシュにも、終わりが来るんだ。
始まったものは、いつか終わる。
ちょっとだけ寂しい。
……まあ。
そもそも始まった原因、たぶん私なんだけど。
エマ:「唯、置いてくよ!」
唯:「待ってー!」
◇
一軒目。
唯:「庭ひろーい!」
エマ:「本当だ!」
唯:「ここなら訓練できる! 畑も作れる!」
クロエ:「……唯、畑できるの?」
唯:「…………」
エマ:「できないんだ」
唯:「覚えればいいの!」
二軒目。
唯:「お風呂ひろーい!」
エマ:「唯、さっきから自分の好きなところしか見てない!」
唯:「お風呂は大事だよ!?」
龍の里で私は知ってしまったのだ。
広いお風呂の素晴らしさを。
唯:「これなら三人で入っても――」
クロエ:「……三人?」
唯:「次いこう!」
クロエ:「……怪しい」
三軒目。
唯:「地下室ある!」
エマ:「家を選んでるんだよ!」
唯:「秘密基地にできるよ!?」
クロエ:「……何と戦うの?」
唯:「ロマンのない二人だなぁ!」
でも――楽しい。
一軒見るたびに、
ここならどう暮らす?
この部屋は誰が使う?
どんな家具を置く?
そんな話が増えていく。
唯:「クロエは、どんな部屋がいい?」
クロエ:「……私?」
唯:「うん」
クロエ:「…………寝られればいい」
唯:「却下!」
クロエ:「なんで?」
エマ:「もっと欲張っていいんだよ」
クロエ:「……欲張る?」
クロエが本気で分からないという顔をする。
私とエマは顔を見合わせた。
……これは時間がかかりそうだ。
◇
そして夕方。六軒目。
唯:「…………ここ、いい」
エマ:「うん。私も好き」
クロエ:「……私も」
三人の意見が、初めて揃った。
街の中心から少し離れた中古の一軒家。
二階建てで、小さいけれど庭もある。
お風呂も広め。台所も十分。
大きな窓のあるリビングには、夕方の柔らかい光が差し込んでいた。
値段は――金貨五百枚。
ゴールドラッシュのせいで、以前よりかなり値上がりしているらしい。
でも。
唯:「……買える」
エマ:「買えるね」
唯:「買えちゃうよ!」
昨日までテントだったのに!家買える!
唯:「二階も見よう!」
エマ:「唯、走らない!」
階段を駆け上がる。
いくつかある部屋を順番に見ていく。
唯:「ここ、私の部屋!」
エマ:「じゃあ私はこっちかな」
唯:「それで――」
もう一つの扉を開ける。
明るい窓。
ちょうどいい広さ。
唯:「ここがクロエの部屋!」
クロエ:「………!?…」
唯:「クロエ?」
返事がない。
クロエは部屋の入口で立ち止まっていた。
クロエ:「……ここ?」
唯:「うん」
クロエ:「……私の部屋?」
唯:「そうだよ」
クロエ:「…………なんで?」
唯:「え?」
クロエが私を見る。
さっきまでの顔じゃない。
クロエ:「なんで……私の部屋があるの?」
エマ:「だって、三人で住むんだから必要でしょ?」
クロエ:「…………」
クロエが俯いた。
クロエ:「…ずっと言おうと思ってた…」
唯:「何を?」
クロエ:「二人が……分からない」
ぎゅっ。
クロエの手が服を握りしめる。
クロエ:「私は……たまたま二人に助けてもらっただけで……」
唯:「クロエ?」
クロエ:「血ももらった! 服のお金も借りた! 冒険者になるのも手伝ってもらった!」
声が大きくなる。
こんなクロエを、私は初めて見た。
クロエ:「だから返さなきゃって思ってた!」
赤い瞳に、涙が溜まっていく。
クロエ:「ちゃんと役に立てば……二人と一緒にいてもいいって……!」
エマ:「クロエ……」
クロエ:「なのに……!」
一粒。涙が頬を伝った。
クロエ:「なんで私の部屋まであるの……!」
その言葉で、やっと分かった。
クロエはずっと。
私たちと一緒にいるためには、理由が必要だと思ってたんだ。
助けてもらったから。借りがあるから。
役に立つから。だから、一緒にいてもいい。
そんなの――。
唯:「クロエ」
私はクロエの前に立った。
唯:「クロエと一緒にいたいからじゃダメなの?」
クロエ:「…………っ」
唯:「私、クロエと冒険するの楽しいよ。一緒にご飯食べるのも楽しい」
エマも私の隣に並ぶ。
エマ:「私もだよ」
クロエ:「…………」
エマ:「役に立つとか、借りを返すとか、そんなの関係ないよ」
エマがクロエの手を取った。
エマ:「私もクロエと一緒に暮らしたい」
クロエ:「……ずるい」
唯:「え?」
クロエ:「そんなこと言われたら……!」
ぽろぽろと涙が落ちる。
クロエ:「もう……借りを返したら離れなきゃって、思えないじゃん……!」
その一言に、胸がぎゅっとなった。
クロエ:「私……二人といるの、好きになっちゃったのに……!」
涙を拭いても、次から次へと溢れてくる。
クロエ:「一緒にご飯食べるのも……冒険するのも……くだらないことで笑うのも……!」
クロエ:「全部……好きになっちゃったのに……!」
いつもの静かなクロエは、もうどこにもいなかった。
クロエ:「私も……!」
声が震える。
クロエ:「私も二人と一緒にいたい!」
エマ:「うん」
クロエ:「もっと一緒にいたい……!」
唯:「うん!」
クロエ:「私も……二人と一緒に、ここに帰ってきたい……!」
唯:「うぅ……クロエぇぇ……!」
クロエ:「……なんで唯まで泣くの」
唯:「クロエが泣くからぁ!」
エマ:「もう、二人とも……」
そう言ったエマの目からも、涙が落ちた。
クロエ:「……エマも泣いてる」
エマ:「二人が泣かせたんだよ!」
泣いて。笑って。
また泣いた。
しばらくして、ようやく三人とも落ち着いた。
◇
唯:「よし!」
クロエ:「……なに?」
唯:「せっかく三人で住むんだから、クロエも要望あったら言ってみ」
クロエ:「……要望?」
唯:「そう! これが欲しいとか、こうしたいとか!」
エマ:「今度こそ『寝られればいい』は禁止ね」
クロエ:「…………」
クロエが少し考える。
クロエ:「……別に――」
そこで、言葉が止まった。
クロエ:「………///…」
唯:「ん?」
クロエ:「……ある」
「おっ!」
エマ:「なになに?」
クロエが少しだけ頬を赤くする。
私を見て。エマを見て。
恥ずかしそうに俯いた。
クロエ:「……三人で一緒に寝られる、大きな寝室が一部屋ほしい///」
唯:「…………」
エマ:「…………」
クロエ:「…………」
どんどんクロエの顔が赤くなる。
クロエ:「……やっぱり、ダメ?」
唯:「採用!!」
エマ:「ふふっ。私も賛成!」
クロエ:「……ほんと?」
唯:「もちろん!」
クロエが笑った。
ほんの少しじゃない。
今度は、ちゃんと分かるくらいに。
クロエ:「……じゃあ、それがいい」
それが――。
クロエが私たちに言った、初めてのわがままだった。
◇
その日のうちに、私たちは契約した。
金貨五百枚。
人生で初めて、自分で選んで買った家。
洞窟じゃない。宿でもない。
テントでもない。
私とエマとクロエ。
三人で選んだ家。
唯:「私たちの家だね!」
エマ:「うん!」
クロエ:「……うん」
クロエが家を見上げる。
そして、もう一度。
今度は自分から言った。
クロエ:「……私たちの家」
洞窟で一匹だった私に。
いつの間にか、大切な人が増えて。
そして今日――。
私たち三人に。
『**帰る場所ができた。**』
第58話 「私たち三人に、帰る場所ができました」 完




