第26話 「怪獣二匹、お宝になりました?」
# 第26話 怪獣二匹、お宝になりました?
翌朝。
目を覚ました私は、しばらく洞窟の天井を見つめていた。
唯:「…………」
硬い岩。
薄暗い洞窟。
何か月も見続けてきた、いつもの景色。
でも――。
ガルド:「起きたか」
唯:「……おはよう」
ガルド:「ああ、おはよう」
返事が返ってくる。
近くではエマたちも起き始めている。
(……そっか)
昨日までは、目を覚ましても一人だったんだ。
唯:「…………キャピ」
リン:「朝からキャピってる」
唯:「今のは安心したキャピなの!」
リン:「もう自分で分類してるじゃん」
人間になっても。
どうやらこれは、本当に治らないらしい。
◇
簡単な朝食を済ませ、私たちは出発した。
目的地はもちろん。
グランガとアビスラが死んだ場所だ。
ガルド:「案内頼むぞ」
唯:「任せて!」
ここは何か月も暮らしてきた洞窟。
道なら分かる。
……出口は知らないけど。
先頭を進んでいると、やがて周囲の景色が変わり始めた。
リン:「……ひどいな」
砕けた岩壁。
大きく抉れた地面。
天井から崩れ落ちた岩。
ところどころ、岩そのものが黒紫色に変色している。
リューク:「そこには触らない方がいい。毒が残っている可能性がある」
唯:「たぶんアビスラの毒だね」
ガルド:「毒で岩がこうなるのか……」
唯:「すごかったよ?」
ガルド:「見れば分かる」
私にとっては、もう見慣れた戦闘跡。
だけどガルドたちは違う。
奥へ進むほど、全員の表情が険しくなっていく。
ミレイ:「これ……本当に二体だけでやったの?」
唯:「うん」
リン:「唯、よく生きてたね」
唯:「途中から岩陰に隠れてたから!」
ガルド:「そういう問題じゃねえ」
◇
唯:「あ」
広い空洞が見えてきた。
唯:「あそこ」
その中央に。
二つの巨大な影が横たわっている。
「…………」
全員の足が止まった。
岩の鎧を纏ったような巨体。
《岩甲地竜グランガ》。
そして。
長大な身体を何重にも横たえた大蛇。
《深淵大蛇アビスラ》。
私自身、この二匹の血を吸った。
死んでいることも知っている。
それでも、人間の身体で改めて見上げると――。
唯:「…………でか」
ガルド:「今さらかよ」
唯:「コウモリのときと目線が違うの!」
グランガなんて、ほとんど岩山だ。
アビスラも頭から尻尾まで見るだけで首が動く。
ミレイ:「少し待って」
ミレイが慎重に近づく。
ミレイ:「《鑑定》」
しばらくして。
その表情が固まった。
ガルド:「どうした?」
ミレイ:「……嘘でしょ」
唯:「?」
ミレイ:「グランガ……Aランク級よ」
「…………」
唯:「……え?」
ミレイ:「アビスラも同等。少なくともAランク級と見て間違いないわ」
唯:「…………A?」
グランガを見る。
アビスラを見る。
もう一度ミレイを見る。
唯:「キャピィ!?」
ガルド:「今度は何のキャピだ」
唯:「びっくりしたら出るの!」
強いとは思ってた。
めちゃくちゃ強いとは思ってた。
でも。
(Aランクだったの!?)
唯:「私、知らなかったんだけど!」
ガルド:「お前が一番知っとけよ!」
唯:「だって当時、《鑑定》がまともに通らなかったんだもん!」
ガルド:「……お前、本当によく生きてたな」
唯:「私も今そう思ってる!」
そりゃアビスラに追われたとき、死を覚悟するわ!
◇
ガルドたちは二匹の死骸を調べ始めた。
グランガの身体には、アビスラの牙が食い込んだ跡が残っている。
毒を受けた部分は黒く変色し、一部は腐食していた。
アビスラも酷い。
鱗は砕け、肉は裂け、グランガに叩き潰された場所は大きく損傷している。
さらに死んでから時間も経っていた。
ミレイ:「……使えない部分の方が多そうね」
唯:「…………」
なんだろう。
急に悲しくなってきた。
ガルド:「なんでお前が落ち込んでる」
唯:「なんとなく……」
ガルド:「まあ、全部駄目ってわけじゃない」
唯:「!」
ぴくっ。
ガルド:「グランガの牙と状態のいい鱗。アビスラも牙や一部の皮は取れそうだ」
リューク:「魔石が無事なら、それだけでもかなりの価値になるはずだ」
唯:「…………価値?」
ガルド:「ああ」
唯:「お金になる?」
ガルド:「なる」
唯:「いっぱい?」
ガルド:「Aランク級だからな。状態のいい素材なら――」
唯:「キャピッ!」
ばさっ!
反射的に翼が開いた。
ガルド:「お前、金の話になるとキャピるのか」
唯:「違う! 嬉しくて出ただけ!」
エマ:「尻尾も動いてるよ」
唯:「えっ!?」
振り返る。
細い尻尾が左右に揺れていた。
(身体、正直すぎない!?)
でも。
考えてみれば当然だ。
これから街へ行くなら、お金がいる。
宿。
ご飯。
服。
それから――。
(お酒!)
絶対いる。
◇
リン:「……ガルド」
少し離れた場所を調べていたリンの声で、空気が変わった。
ガルド:「どうした?」
リン:「これ」
リンが地面を指す。
いくつもの足跡。
しかも、一種類じゃない。
爪のあるもの。
何本もの脚を持つもの。
何かを引きずったような跡。
近くには食べ残しらしい骨まで転がっている。
リン:「かなりの数が出入りしてる」
唯:「…………」
私も周囲を見る。
(こんなの……前はなかった)
グランガが生きていた頃。
この辺りへ近づく魔物なんて、ほとんどいなかった。
アビスラの縄張りも同じ。
唯:「ここ、前はこんなんじゃなかったよ」
ガルド:「やっぱりか」
ガルドの顔から、さっきまでの軽さが消える。
ガルド:「二体が消えて、空いた縄張りに別の魔物が入り込んでる」
リューク:「それだけじゃない。二体の存在そのものが、深部の魔物を押さえていた可能性もある」
ミレイ:「その均衡が、一気に崩れた……」
ガルド:「ああ。押し出された魔物が浅い方へ流れてるなら、地上付近の異変とも辻褄が合う」
唯:「…………」
昨日までは。
もしかしたら、くらいに思っていた。
でも。
自分の目で見れば分かる。
(本当に……変わっちゃったんだ)
私がアビスラから逃げた。
その先にグランガがいた。
あのとき逃げなければ、私は死んでいた。
だから、後悔はしていない。
それでも。
自分の行動が、この洞窟全体を変えるきっかけになった。
そう考えると。
さっきまでお金で浮かれていた気持ちが、少しだけ静かになった。
◇
――ズン。
唯:「!」
足元から、小さな振動が伝わってきた。
すぐに意識を集中する。
《振動感知》
――ズン。
――ズ、ズン。
(……一匹じゃない)
一つ。
二つ。
三つ。
まだいる。
しかも、こっちへ向かってくる。
エマ:「唯?」
唯:「……来る」
私の声で、ガルドたちの表情が変わった。
ガルド:「何が?」
唯:「魔物」
盾が上がる。
弓に矢がつがえられる。
短剣が抜かれ、リュークが杖を構える。
ガルド:「数は?」
唯:「多い。たぶん……群れ」
ガルド:「分かるのか?」
唯:「洞窟生活、長いからね」
私も立ち上がる。
背中の翼を大きく広げた。
さっきまでとは違う。
もう、キャピは出ない。
暗い通路の向こう。
いくつもの影が蠢く。
低い唸り声。
岩を削る爪の音。
リン:「来る!」
人間になってから。
これが、初めての戦い。
身体は変わった。
手もある。
脚もある。
重さも、目線も違う。
でも。
この洞窟で身につけたものまで、なくなったわけじゃない。
次々と暗闇から姿を現す魔物たちを見据える。
(さて――)
人間の身体でも。
ちゃんと戦えるか、試してみよう。
どうやらグランガとアビスラが残したものは――。
**お宝だけじゃなかったらしい。**
**――第26話 怪獣二匹、お宝になりました? 完**




