32 ボーンラビット狩り 4
フォッシルに矢を当ててホッとしたのもつかの間。仁那はフォッシルと目が合う。獰猛な魔物はジッと仁那を見つめる。
――え?
魔物と目が合った瞬間、ゾクリと仁那は嫌な予感に襲われる。
突然フォッシルは仁那に向けて一気に駆け出した。刺さった矢の傷など関係ないとばかりにグングンとそのスピードを加速させる。
完全にフォッシルは仁那を標的にしていた。
テオがミザールとアルコンに向けて走り出しており、仁那はぽつんと一人。フォッシルの動きに危険を感じ、慌てて背中の矢筒へと手をのばす。
焦りの中、もたつきながらもなんとか矢を手にした仁那が再びフォッシルに向けて弓を引く。
だが、先程のように横から撃つのとは違う。
風の抵抗を減らすためなのか、向かってくるフォッシルの姿は細く、その的はあまりにも小さかった。慌てながらも必死に狙おうとするが、地を這うように身を低く弾丸のように走るフォッシルに狙いが定まらない。
「仁那!」
テオもフォッシルの視線を見てすぐに仁那に向けて走っていた。ツウと嫌な汗が流れる。
――間に合え!
まるで時が止まったように静かに流れていく。
「逃げろっ!」
テオの怒鳴り声が聞こえる中、仁那はフォッシルに向け矢を射る。しかし無情にも矢は土に突き刺さる。
――もう一回。
すぐに矢筒に手を伸ばし、もう一度矢をつがえる。
――しっかり!
仁那の目はジッとフォッシルを見定める。みるみる近づく魔物に撃てるのはこれが最期。仁那は自分に言い聞かせクッと呼吸を止める。
――今!
今度は、まっすぐに。フォッシルに目掛けて矢が跳んでいく。しかし当たる直前フォッシルは仁那をあざ笑うかのように、その軌道を変えひょいと避けた。
「うぉおおおおお!」
絶望の中で腕輪に右手を持っていこうとしたその時。横からテオが剣を振り上げ跳び上がっていた。
◇◇◇
仁那の矢がフォッシルに刺さった瞬間、「おお! ニナ!」とテオは後ろを振り向く。
フォッシルが仁那の矢を咥え抜くのを見た瞬間。テオはゾクリと嫌な予感に襲われる。魔物はその強さが強いほど知力も高いと言われている。その眼は確実にニナを捉えていた。
――ニナが一人だ!
考えるより先に体が動く。拙い身体強化を使いながら走っていた慣性を必死に殺し、背後にいる仁那に向かって走り出す。
――間に合え!
先にいる仁那が慌てたように背中から矢を取り出しているのが見えた。
フォッシルに狙われながら再び矢を射ろうとしている。仁那はまだ弓なんて初心者だ。戦ってはいけない。「逃げろ!」と大声で叫ぶが、仁那は必死に的を狙っている。走りながらも、斜め後ろからフォッシルの駆け出す音が聞こえる。まるで悪夢のようだった。
土に矢が刺さる音が聞こえる。
先では慌てて再び仁那は背中から矢を取り出している。
――くっそ。
視界の左隅にフォッシルの影が入り込む。距離は完全に追いつかれた。明らかに間に合わない。絶望感の中がむしゃらにその足を飛ばす。
――当たってくれ!
焦燥する中、仁那が再び弓を構えた瞬間、フォッシルのスピードが落ちた。仁那の矢が一度は当たっている。再び仁那や矢を射るのを見て、警戒したのだろう。間に合うかも知れない。テオの中で希望が芽生える。
仁那の矢はフォッシルに当たる射線で跳んでいったのだろう。それを避けるように迂回することで、更に距離が縮まる。
――行ける!
「うぉおおおおお!」
仁那に向かってるフォッシルの首を切り落とすように、テオは剣を振り上げ最期の跳躍をする。テオの声にチラッと視線を向けたフォッシルが慌てて避けようとするが、振り下ろされた剣は既にフォッシルに肉薄していた。
――浅い!
切り落とすつもりの剣は、寸前で避ける動作に入ろうとしたフォッシルに浅めに入る。テオが振り下ろした剣を切り返し、振り上げるが、フォッシルは後ろに跳んで避ける。
――あ……。
浅めだと思った一撃だったが、どうやらフォッシルの頸動脈を傷つけたようだ。首から吹き出すように血を流しながらフォッシルは少しふらついた。
ぐるぅぅぅ。
唸りを上げるフォッシルに剣を向けながら、後ろの仁那に声をかける。
「ごめん! 危険な目に」
「テオ……ありがとう」
「せっかくのチャンスだ。このまま殺る」
「……気をつけて」
こんな人里近い場所に強い魔物が出れば、通常は冒険者などを派遣して確実に殺す。人を食料と捉えた魔物は危険だ。
フォッシルも傷が深い。テオが一歩前にでれば、フォッシルも下がる。
……。
「この野郎!」
テオと同じ様に、仁那に向かって走るフォッシルをみてミザールとアルコンも走っていた。その手には石を持ち、フォッシルに向けて投げつける。
投石は軽く見られる場合もあるが、実際の威力はかなりのものに成る。専業の冒険者が殆ど居ない村では、強い魔物が出た時に取り囲んで遠くから投石で弱らす事は常套的に行われていた。
どんどんと血が流れ落ちるフォッシルは徐々にその動きが鈍くなる。石も避けられず、ダメージが蓄積したところをテオの一振りで戦いは終了した。
……
……
流石にあんな魔物が出た後にボーンラビット狩りを再開する気分でもない。
四人は、そのまま村へ帰ることにする。
「結局一匹だけだったね」
「あんなのが居たから、ボーンラビットが隠れてたのかも知れないな」
「びっくりした。でも、良かった。皆無事で」
「そうだね」
テオが獲れた一匹を仁那に渡そうとするが、仁那は頑なに断る。孤児院で待つ子供たちにとっては貴重なタンパク源なのだろう、食べさせてあげたい。
そんなやり取りを聞いていたミザールが、自分たちは二匹獲れたからと一匹譲ってくれる。
「ほんと、あの矢のおかげでアルコンが助かったんだ」
「良いんですか? 一匹で」
「一匹あれば家族で十分楽しめるさ。おふくろは肉類は殆ど食べないしな」
共に闘った事で、ミザールやアルコンとも戦友のような気分になりミザールもだいぶ普通に仁那と会話ができるようになっていた。
「この魔物は食べられないんですか?」
「フォッシルか? 多分旨くないだろうな。こいつはギルドに売りに行くんだ」
「ギルドに? 高く売れると良いですね」
「そうだな」
フォッシルは木に結びつけ、ミザールとアルコンが背負っている。
二人共成人しているので、兼業で冒険者登録はしている。その会員資格でギルドに素材を売ることが出来る。
村に帰ると、四人でフォッシルの売ったお金を均等に分け、仁那にとっての初めてのボーンラビット狩りが終了した。




