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第41話 決勝戦

 女子の決勝進出は私と唄子に決まった。

 準決勝を終えた私と唄子は、律子先生と先輩たちのいる木陰で腰を降ろす。


「お疲れ様」


 炭酸ジュースを片手に、律子先生が私たちをひと言で労うと、すかさず先輩二人が盛大に私たちを褒めちぎってくれた。


「アーちゃん、ウーちゃん、メッチャ頑張った!」

「二人とも凄い。ロケットみたいだった!」

「いやあ、それほどでも……」


 もてはやされて、私たちはこっぱずかしさで赤くなる。

 あまり人に褒められることに二人とも免疫がないのだ。


「これで賞品の一つは確実にゲットだね。あとは……」


 瑞希先輩は今まさに始まろうとしている男子ビーチフラッグスの予選に目を向ける。


「男子は見た感じ手強そう。山田君、足は速いって聞いてるから、いいとこまでは行けると思うけど」


 遠目に見えるメンバーの中に、いかにも速そうな感じの人がチラホラ混じっている。

 康太も野球部で鍛えてはいるが、そこはまだ中学生の体格なので、見た目では若干負けてはいた。


「さあ、応援しに行くよ!」


 瑞希先輩は絶対にもう一つの賞品も獲って帰るつもりだ。

 とにかく応援しよう。

 そして男子の予選が始まった。


「いけー!」


 康太は私たちの期待どおり、次々に予選を勝ち抜いていった。

 八十メートル走で学年二位は伊達じゃない。

 風ノ巻中のダークホースが、ここでも旋風を巻き起こしていた。

 そして準決勝まで康太は勝ち上がった。


「でかした! 賞品は二つとも私らのもんよ!」


 肩で息をしてへたりこむ康太の背中をバンバン叩いて、瑞希先輩は不吉なフラグを立てた。

 そしてもうすぐ女子の決勝が始まる。

 唄子は少しでも体を軽くしておくと言って、お手洗いに行った。


「お疲れ、コータ」


 私がちょっと労ってあげると、汗びっしょりの康太は顔を上げた。


「もうすぐ決勝だね。アーちゃんも頑張って」

「うん。でも唄子とだから賞品ゲットは確実だよ」

「お互いにリベンジだね」

「え?」


 聞き返すと、康太はあっさりとこう返して来た。


「あの八十メートル走さ。アーちゃんは鳴瀬さんに負けて二位。こっちは二宮に負けて二位。今度こそ一位を獲って帰ろうよ」

「引きずってんねー」


 よっぽど悔しかったのだろう。康太はここであの八十メートル走の屈辱を晴らすつもりだ。

 決勝で当たる大学生に、にっくきイケメンの二宮君を重ねているのかも知れない。


「女子決勝の参加者、志藤彩夏さん、鳴瀬唄子さん、本部前までお越しください」


 聴こえてきた呼び出しに、私は気を引き締める。


「じゃあ行ってくるね」


 私は康太に軽く手を振って、お手洗いから戻って来た唄子の元へと駆けだした。


「頑張って!」


 背中に掛けられた康太の声に、私は一度振り返り、グッと親指を立てた。



 女子ビーチフラッグス決勝戦。

 大勢の観客の見守る砂浜で、うつぶせの姿勢を取った私と唄子は、独得の緊張感の中でスターターの合図を待っていた。

 こうして私たちが対戦するのは体育大会以来だ。

 お互いに一本の髪の毛を摘まんで限界突破している私たちには、何のハンデもない。

 今度は負けない。

 私がそう思うように、唄子もそう思っている。

 唄子の本気を肌で感じながら、私は静かに戦闘態勢を整え終えた。


「よーい」


 ピーッ!


 合図とともに反転し、私たちは一気に飛び出した。


「いけー!」


 ひときわ大きな康太の声が私の背中を強く押す。

 砂地を力強く蹴る足が、どんどん私を前へと運んでいく。

 これほど強く勝利を望んだのは何時ぶりだろう。

 勝ちたい。

 ただそれだけを思い、私はフラッグに跳びついた。

 一本のフラッグに伸びていく二本の手。

 唄子の白い手が私の腕の横にあった。


 届いて!


 決着はスローモーションの様で、また、一瞬だった。

 ヘッドスライディングで砂まみれになった私の手には、フラッグが握られていた。

 観客から大きな歓声と拍手が上がる。

 スライディングしたまま、握りしめたフラッグに目を向けていた私の腕を、白い手が掴んだ。


「いつまでそうしてるのよ」


 全身砂まみれの唄子が、逆光の中で私の手を引いた。

 起き上がった私に、もう一度拍手が起こる。


「彩夏の勝ちよ」


 砂まみれの顔で、清々しいほどの笑顔を見せた親友は、とても生き生きとしていた。


 女子の決勝に引き続いて、男子の決勝が始まった。

 砂浜にうつぶせになった、こんがりと日焼けした逞しい体の大学生と、日焼けした坊主頭の少年。

 聴こえてきた話だと、あの大学生は地元のライフセーバーなのだと言っていた。


 それって反則でしょ!


 声に出して文句を言ってやりたかったが、申し込みには規定はなく、誰でも参加できると書かれてあった。

 まるであの八十メートル走の時のようだ。

 砂浜を知り尽くしているライフセーバーと、中学生の野球少年。

 どう考えても勝てっこない。圧倒的不利な状況、いや、やる前から結果は見えていた。

 そして、勝負の時が訪れた。


「よーい」


 ピーッ!


 反転して康太が駆け出した。


「イケー! コータ―!」


 飛び出しは若干康太の方が大学生よりも早かった。

 恐らく大学生は、中坊相手に本気を出すのを抑えたのだろう。

 低い体勢で飛び出した康太に続いて、本職のライフセーバーが勢いよく飛び出す。


「頑張れー!」


 声を限りに私は康太の背中を押した。

 最初から全開の康太に、本気を出し始めた大学生が距離を詰めていく。

 康太のスピードは落ちていない。むしろ加速していっている。しかし、大学生は少年に追いついた。


 ザッ。


 康太が大学生より僅かに先に、低い体勢で跳んだ。

 真っ直ぐに伸ばした少年の手に、跳躍した大学生の手が迫っていく。

 そして、一本のフラッグに二人の指先が届いた。

 飛び込んだ二人の前方に砂が舞った。

 腕を伸ばして滑り込んだ二人のうち、フラッグを手にしていたのはライフセーバーの大学生だった。


「オーッ!」


 感性が湧き、たくさんの拍手が二人を包み込む。

 体育大会のあの日の様に、野球部の少年の手は勝利に届かなかった。


「速かったよ、君は」


 大学生は惜しくも敗退した坊主頭の少年に手を差し伸べ、その頑張りを称えたのだった。


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