第36話 瑞希とこの葉 3
秋になる頃には、この葉と瑞希はとても親しい関係になっていた。
瑞希はバレーボール部。この葉は帰宅部。
放課後に一緒に遊んだりすることは無かったが、学校ではいつも一緒にいるようになった。
仲良くなるまではあまり関心も無かったので、部活のことを聞いたりしなかったが、瑞希は一年にしてバレーボール部のレギュラーメンバーで、しかもエースアタッカーだった。
十月に行われた体力測定で、あり得ないほど跳躍していたのを見て「バッタ!?」と思わず言ってしまった程だ。
それからまた春が来て二人は二年生になり、別々のクラスになった。
学年ごとに二クラスしかないのに、こうなったのは運が悪かったとしか言いようがない。
お弁当を一緒に食べることはもう無いだろうと思っていたこの葉だったが、瑞希は普通に昼休みにやってきてはこの葉を連れ出し、一緒に校舎裏のベンチでお弁当を食べた。
クラスが違っても瑞希はまるで変わらない。
学校が居心地の良い場所になっていることを、この葉は感じていた。
そしてある日。
昼休みにひょっこり顔を出すはずの友達は、その日は何故か現れなかった。
クラスを覗きに行くと、欠席していると聞かされた。
なんだか胸騒ぎがする。
この葉は学校が終わってすぐに、瑞希の家へ向かった。
そして、そこでこの葉が目にしたのは、松葉杖をついた瑞希だった。
「いったいどうしたの?」
「ちょっと部活の時に後輩と交錯しちゃって……」
あまり元気がない。かなり痛むのだろうか。
「学校、通えるの?」
「取り敢えずお父さんに送ってもらって、来週からは行くつもり」
「私、何でも手伝うから。遠慮しないで言ってね」
「うん。ありがとう」
瑞希は翌週から学校へ通いだした。
この葉は松葉杖の瑞希を出来る限り手伝った。
しばらくして瑞希はようやく松葉杖無しで歩けるようになり、放課後二人は一緒に帰るようになった。
放課後に瑞希と同じ時間を過ごせることを、この葉は歓迎していた。
駄菓子屋によって買い食いしたり、お互いの家で遊んだり、そんな日がしばらく続いた。
怪我をしてからひと月ほど経った時だった。
「そろそろ部活、戻っちゃうの?」
元気になった様子の瑞希にこの葉は訊いてみた。
「ううん。もう部活には行かないんだ」
「えっ?」
この葉は耳を疑った。
「やめたんだ。バレーボール」
平気な顔で瑞希は言った。でも、平気ではないということぐらい、この葉にはすぐに分かった。
「どうして? どうしてそんな……」
「脚、もう駄目なんだ」
この葉の言葉を遮るように、瑞希は言葉を被せた。
「交錯した時に膝の大事な部分をやっちゃって、もう前のようには跳べないって、病院で言われたんだ。だからもう……」
ポロポロと、瑞希の目から涙がこぼれていく。
「もう、バレーボールはお終いなんだ」
その言葉の重さの前に、この葉は慰めの言葉が出てこなかった。
七月に入った。
期末試験を終えて、あともうすぐで夏休みに入る。
この葉の前で、瑞希は特に変わらない。
相変わらず一緒にお弁当を食べて、よく冗談を言っている。
それでも、瑞希は変わってしまった。
あの一点の曇りのない笑顔を、もう見ることはできないのだろうか。
もう一度、瑞希が本当に夢中になれるものを取り戻してあげたい。
この葉を動かしたのは、そんな思いだった。
「失礼します」
保健室に現れた女生徒を、養護教諭の大江律子は椅子に掛けるよう促した。
「どこか調子が悪いの?」
「いえ、先生に話が合って」
「話? 私に?」
そして、女生徒は真剣な面持ちで真っ直ぐに一つの願い事をしてきた。
「同好会を立ち上げたいんです。顧問になってもらえませんか」
「えっ! えっと私は養護教諭で、教科を受け持つ先生ではないというか……」
「生徒手帳には保健室の先生が顧問になってはいけないという決まりはありません。是非お願いします」
「いや、申し訳ないけど……」
しつこく食い下がる女生徒を丁重にお断りして帰ってもらった。
しかし、女生徒は次の日も、また次の日も放課後にやって来ては、説得を繰り返した。
そしてある日、とうとう大江律子は女生徒の熱意に屈した。
「分かったわ。引き受けるけど、申請が通るかどうかは別の話よ」
「はい。ありがとうございます!」
「奉仕活動を行うサークルって言ってたわね。あなた一人でそれをするの? 大変よ」
「大丈夫です。相棒がいますから」
お昼休みの校舎裏。お弁当を食べようとしていた瑞希は、この葉から突拍子も無いことを打ち明けられた。
「サークルを立ち上げた?」
「うん。顧問には保健室の大江先生がなってくれた。ね、一緒にやろうよ」
「うーん、それで何をやるサークルなの?」
「奉仕活動よ」
「奉仕活動?」
瑞希は首を傾げた。なんだかピんと来ていない様子だ。
「前に私に言ったでしょ。自分の為じゃなく誰かのために何かをするって凄いって」
「うん。確かに言ったけど、でもそれって部活でやっていいもんなの?」
「いいんじゃない。もっと怪しい部活だって世の中にはあるみたいだし」
瑞希は弁当箱を手にしたまま、ウーンと悩ましげな顔をした。
「確かにやり甲斐はありそうだけど……」
「ならやってみようよ。自分の為じゃないことをさ」
そして、この葉は自分の弁当箱から卵焼きを箸で摘まむと、瑞希の口元へ運んだ。
瑞希はそのまま卵焼きを口に入れる。
「おいしい?」
「うん。めっちゃうまい」
この葉は満足げにニコリと笑顔を見せた。
「まずは味見してみようよ。記念すべき第一回目のボランティアは海岸掃除だよ」
その翌日、この葉の提出した新部登録願いは校長に受理され、風ノ巻中学ボランティアサークルが誕生したのだった。




