第35話 瑞希とこの葉 2
「タニイデンキ……」
連れて来られた先にあったのは、この春引っ越してきたとき、お世話になった電気屋だった。
藤谷家はここでエアコン二台と冷蔵庫、それと洗濯機を購入していた。
「気が付かなかった。谷井さんってここの子だったんだ……」
「まあそゆこと。ささ、中に入って」
店の中に入ると、店主らしきおじさんが「いらっしゃい」と元気に声を掛けてきた。
会釈をして二階へ上がると、そこは普通の家になっていて、そのまま部屋に通された。
「まあ、鞄を置いて足を伸ばして。私はお菓子とジュースを持ってくる」
「うん……」
瑞希が部屋を出ていったあと、この葉は部屋の中を観察するように見回した。
薄ピンクの壁紙。可愛いぬいぐるみ。どう見ても普通の女の子の部屋だった。
「お待たせ」
思っていたよりもずっと早く戻って来た瑞希に、この葉は少し姿勢を正す。
「足を崩しなよ。なんなら横になってもいいよ」
学校にいる時と同じで、気さくで奔放な感じだ。
瑞希はお菓子の袋をバリバリと開けて、この葉に勧めてくる。
「食べなよ。この時間お腹すくでしょ」
「いただきます……」
そこから先は雑談ばかり。試験勉強はどこに行ったのだろうか。
「あの、勉強するんじゃ……」
さっさと済ませて帰りたいと思っていたこの葉は、しびれを切らして聞いてみた。すると……
「勉強? したいの?」
「え? 勉強するために呼んだんじゃないの?」
「いや。私、そんなこと言ったっけ」
私は記憶を巻き戻した。
確か家に来いと誘われて、断りたくて試験前だからと言った気がする。
よくよく考えてみると、瑞希は一言も勉強しようと言っていなかった。
「でも私が『試験前だから』って言ったら、『だから誘ってんのよ』って言ったよね」
「言ったよ。試験前なら部活が無いから、ゆっくりお喋り出来るでしょ」
完全に取り違えてた。
てっきり身勝手な打算でここへ呼んだのだと思い込んでいた。
この葉は恥ずかしさで真っ赤になった。
身勝手な偏見で彼女を見ていたのは自分の方だった。
「ごめんなさい。私……」
「なに? なんで謝るの?」
この葉はいたたまれずに、全てを告白した。
「私、あなたのこと、友達だって思っていなかった。あなたは友達に不自由してなさそうだし、ただの気まぐれでボッチの私のとこに来て、お弁当を食べているんだとずっと思ってた。うちにおいでって誘ってくれた時も、試験前だし、私のノート目当てだと勝手に思ってた」
「あちゃー、酷い評価だったのね」
ボリボリと頭をかいて、瑞希は苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。私、本当に嫌な奴なの。これからはお弁当、また一人で食べるから、谷井さんは仲のいい子と食べて……」
「それは困るな」
もうこれで終わりだと覚悟していたこの葉に、瑞希は予想外の反応をした。
「私、学校が始まる前からあんたに興味を持ってたんだ。実は引っ越しの時に一度あんたを見掛けていたの」
「え?」
「お父さんがエアコンの据え付けに行ったときにお弁当を忘れてね。私が自転車で届けに行ったのよ。そこにあんたがいた」
瑞希はこの葉の知らない少し前の話をし始めた。
「その時ちょっと手伝っていけってお父さんに言われて、工具を渡す役を一時間ほどしてたんだ。その時に面白いものを見掛けてあんたに興味を持っちゃったの」
「面白いものって?」
「賞状よ。額縁に入った物が幾つも部屋に置かれていたのを見たの。工事が終わってお茶を持ってきてくれた、あんたのお母さんに聞いたら、あれは奉仕活動で頂いたものだって聞いたんだ」
それは母親が友達の勧めで始めたものだった。
この葉は母親に付いて地域の奉仕活動に携わり、いくつか賞状を貰っていたのだった。
「あれは賞状っていうか……お母さんにくっついて奉仕活動をしてたら貰えたもので……」
「すごいよね」
瑞希はパッとこの葉の手を取った。
「私も駆けっこで賞状を貰ったことがあるけど、それって自分のためにやったことでしょ。人のために何かをしてた子なんて私の周りにはいないよ」
やっぱり顔が近い。至近距離で真正面から見つめられて、この葉は少しのけぞった。
「ね、どんなことをしてきたのか教えてよ。この葉のこといっぱい知りたいんだ」
心の中に風が吹いた。
いつの間にかひねくれていた自分に、真っ直ぐ向き合ってくれた少女。
あなたの友達になりたい。
この葉は心からそう思った。




