第32話 私たちの夏
合宿が始まった。
律子先生は今日のためにミニバンを実家から借りて、集合場所の学校へと現れた。
ボランティア研修という名目の合宿に、開放的に弾ける気満々の瑞希先輩が後部座席でいきなりお菓子の袋を開けようとすると、運転手の律子先生はバックミラー越しに釘を刺して来た。
「親から借りてる車だから、あんまし汚さないでね」
「はーい」
律子先生の隣には、ちょっと居心地悪げな感じの康太。
二列目のシートに座る瑞希先輩は、坊主頭の後頭部を指でツンツンする。
「山田君も一個どう?」
「はあ、頂きます」
三列シートの一番後ろの席で唄子と私は並んで座っている。
窓の外には鮮やかな夏模様。
穏やかによく晴れた海岸沿いの国道は、夏の海を遠くまで見渡すことができた。
こうして車に乗せってもらっているのは、なんだか不思議な気分だ。
毎年のようにダラダラと過ごしていた夏休み。
唄子と出会ったせいで、今年は人形劇を皮切りに、充実した毎日を送っている。
「二人もどう?」
前列のシートに座る瑞希先輩が振り返り、菓子袋に入ったミニカステラを勧めてくる。
「いただきます」
唄子と私は袋に手を伸ばし、小さなカステラを一つずつ口に入れる。
素朴で優しい甘さ。
量販店で売っている素朴なお菓子が、その時とても特別に感じられた。
二時間ほどのドライブの後、私たちは今日お世話になる研修センターに到着した。
律子先生が言っていたとおり、そこは海に面していて、私たちのモチベーションは一気に上がった。
「おー」
一番先に車から降りた瑞希先輩が、潮風を大きく吸い込む。
「めっちゃ綺麗。ね、先生、ちょっと足浸けてきていい?」
「駄目。それは明日。まずは荷物車から降ろして」
こういう時、やはり男の子は頼りになる。
車の中では存在感の無かった康太は、手際よくみんなの荷物を降ろしてくれた。
それから受付へ行くと、私たちは研修所の二階にある宿泊所へと案内された。
学生の宿泊は男女で分けられているので、康太とは別々の部屋になる。
律子先生を入れての女子五人部屋は、海の見える和室だった。
「おー」
美しい砂浜を見渡せられる眺望に、唄子が感嘆の声を上げた。
水着に着替えてそのまま海に走っていきたい。そんな表情を唄子はしていた。
「さあ、研修室に移動しましょう」
お茶を飲む暇もなく、私たちは律子先生に促され部屋を出た。
広い教室に集められ、まず私たちはボランティアに関する基礎知識の講義を受けた。
何だか学校の授業みたいだ。
そう思いつつ、自分が殆どと言っていいくらい、ボランティアに関する知識を持っていなかったことに気付かされた。
先輩たち二人はこういった研修を受けたことがあるらしい。
朝が早かったためか、二人ともやや眠たそうな感じで講義を受けている。この時間は中学生の私たちに付き合ってくれている感じだ。
一時間の講義が終わり、続いて実技が始まった。
ボランティアと言ってもそれは一様ではなく、数多くの種類がある。
その中で今日行うのは、災害時に於ける奉仕活動だった。
私たちは一度施設の外に出て、屋外にある飯盒炊爨場へと向かった。
テーブルに並んだ野菜類を見て、私はまず頭に浮かんだ物を言ってみる。
「カレーでも作るのかな?」
「カレー? それなら私にも出来るかも」
唄子はなんだか楽しそうだ。あんまりキャンプとかしたことが無さそうな雰囲気だ。
三十人ほど集まった人たちの前で、エプロン姿の年配の女性が、にこやかに説明を始めた。
「それではここで、災害時に行う炊き出しを皆さんで作っていただきたいと思います」
そして、全員にマスクとゴム手袋が配られた。
「災害には色々ありますが、その現場では水が不足したりどうしても不衛生になりがちです。調理にかかる前に、まずは自分を清潔な状態にしましょう」
まず幾つかに班分けが行われたあと、手を洗い、さらに消毒をして、私たちは調理にかかった。
カレーと言った私の予測は外れていて、私たちが受け持ったのは野菜をふんだんに入れたおむすびだった。
「お米はこれを使って下さい」
講師として付いてくれていた四十代くらいの女性が、みんなに見えるようパックに入ったものを手に取った。
「アルファ米?」
パックに記載されてある文字を読んだ唄子に、講師の女性は丁寧な解説を加えた。
「これは一度炊いたお米を特殊な方法で乾燥させた非常食です。お水やお湯を加えるだけで、普通のご飯のようになるんですよ」
「へー」
インスタントご飯ってわけか。世の中にはすごいものがあるものだ。
「これがあれば、あまり水を使わず、最小限の手間でご飯を食べられます。勿論これだけでは栄養不足になりますから、野菜をたくさん入れたおむすびにしましょう」
料理は結構簡単だった。
普段使い慣れていない包丁で野菜を切るのがちょっと手間だっただけで、言われた通りの味付けで野菜を煮ただけで準備ができた。
「じゃあ、入れてみるよ」
ワクワクしながら唄子が適温のお湯を注ぐと、アルファ米は見た目普通のご飯に変身した。
「おー」
唄子と私と康太が盛り上がっていると、こういった研修の経験がある先輩たちは、もう次の準備にかかり始めていた。
「さあ手袋を着けて握ってくわよ」
アルファ米で握った野菜入りおむすび。
ほうとうの入った野菜たっぷりの豚汁。
そして、きな粉のかかった白玉団子。
出来上がった三品に、参加した皆が盛り上がる。
災害時の炊き出しにデザートが出てくるとはちょっと意外だったけれど、私たちは特別なお昼ご飯を各々楽しんだ。
「これ美味い」
ほうとうの豚汁の椀を手に、康太が声を上げた。
「そうだね。これは美味しい。美味しすぎるわ」
「うん。本当に」
素直に私が共感すると、隣で唄子も同じように共感した。
「でも、これはあんまし美味しくないね」
自分で作ったアルファ米のおむすびを頬張りながら、唄子は楽しそうにそう言った。




