第28話 白雪姫
「鏡よ、鏡、この世で一番美しいのは誰?」
「それは、白雪姫です」
人形劇が始まってしばらく経つと、園児たちは物語の中に足を踏み入れたかのように集中し始めた。
人形劇なので園児たちの様子は見えているわけではないけれど、教室の空気が変わったのを私は感じ取っていた。
「白雪姫……私より美しいなんて、許せない」
妃役の瑞希先輩が声色を変えて怒りを滲ませる。
普通の劇とは違い人形劇は表情を表現するのが難しい。
声色の変化をつけることでそこを補い、先輩は子供たちの心をさらに惹きつける。
「白雪姫を森に連れて行って殺しておしまい」
ここでナレーション役の私の出番だ。
「妃に命じられて白雪姫の命を奪いに行った狩人は、白雪姫を森へと連れて行ったものの、年端も行かない少女を手に掛けることができず、逃がしてあげました」
そしてここで、狩人役の康太の台詞が入る。
「いいかい。森のずっと奥に行って、帰って来てはいけないよ」
よし。嚙まずに言えた。
最初の台詞を言い終えた康太は、額に少し汗を浮かべたまま安堵した表情を見せた。
そのあと白雪姫は、森の奥で小人たちと出会い、動物たちとも仲良くなって平穏な日々を過ごす。
私も小人役を二人分こなし、やがて劇は佳境へと向かっていった。
「鏡よ、鏡、この世で一番美しいのは誰?」
「それは、小人の家で暮らしている白雪姫です」
「なんですって、白雪姫がまだ生きていたなんて」
林檎売りの老女に扮した妃は白雪姫の元へと訪れ、言葉巧みに誘惑する。
「お嬢さん林檎はいかがかな」
瑞希先輩がしゃがれ声で老女を演じると、白雪姫役のこの葉先輩がこう応える。
「ごめんなさい。知らない人とお話ししてはいけないの」
しかし、言葉巧みな林檎売りに、とうとう白雪姫は毒林檎を手に取った。
「ダメ!」
「食べちゃダメ!」
園児たちから声が上がる。
そして白雪姫は、私の作った少し歪な毒林檎を食べた。
「あーっ!」
園児たちがどよめく。
その反応に、私たちの劇も熱を帯びていく。
悲しみに暮れる小人たち。死んでしまった白雪姫を囲んで、私たちは七人の小人に扮してオイオイと泣いた。
そして、そこに白馬に乗った隣の国の王子が通りがかる。
「何て美しい人なのだろう。まるで眠っているようだ」
隣国の王子が家来も従えず、他国の領土の森の中をぶらぶらしているのはどう考えてもおかしい。しかもこのタイミングでたまたま通りがかることなど万に一つも無いはずだが、そこは百歩譲ることにしておこう。
頭の中ではそう思いつつ、ここで私はナレーションを入れる。
「王子様は馬を降りると、小人たちと一緒に白雪姫の死を悲しみました。そして、王子様は最後にこう言いました」
王子様役は瑞希先輩だ。妃役の時とは声色を変えて、劇は進行していく。
「小人さん達、最後に白雪姫にお別れのキスをしていいかい?」
そして物語は最大の山場を迎える。
人形劇とはいえ、この物語で避けることの出来ないキスシーンは、園児には如何なものかと思ったりもしたが、そこは敢えて強烈なインパクトを残すべく、しっかり演じようとみんなで決めていた。
そして、小人たちから許可をもらって、王子様の唇が白雪姫の唇に近付いてゆく。
ぶちゅー
「きゃー!」
音がしそうなくらい熱烈な接吻をすると、園児たちが一斉に黄色い声を上げた。
そして一度唇を離し、さらにもう一度唇を、ぶちゅーっとくっつける。
「きゃーっ!」
原作にはない展開だが、そこはちょっと面白くアレンジした。
やがて、王子の熱烈なキスに強引に目覚めさせられた白雪姫は、驚いて目を覚ます。
ここでまた私のナレーションが入る。
「目を覚ました白雪姫に、王子はこう言いました」
そして、瑞希先輩は歌劇の役者の様にフィナーレを飾る。
「白雪姫、どうか僕と結婚してください」
園児たちがどよめく。
そして、最後のナレーションを私は落ち着いて読み上げる。
「白雪姫は自分を助けてくれた王子を大好きになりました。小人たちも大喜びです。白雪姫を殺そうとした妃は罰を受け、結婚した白雪姫と王子様はいつまでも幸せに暮らしました」
教室に拍手が湧いた。
私たちは顔を見合わせた後、人形劇の舞台越しに初めて顔を出した。
子供たちの拍手と笑顔に対面した私たちは、深々と一礼する。
こうして、私の初めての人形劇は終わったのだった。
人形劇の終了後、保育園を出た私たちは、人形と小道具を部室に戻す為に、そのまま学校に戻った。
保健室には、追試を終えた唄子が律子先生と待っていた。
「ただいまー」
先輩たちに続いて、私と康太が中へ入ると、唄子は立ち上がって私の腕を掴んできた。
「どうだった?」
「フフフ、聞きたい?」
すぐに今日の首尾を尋ねてきた唄子を、私はわざとじらしてやる。
「もう、いいよ先輩に聞くから。それで、どうでした?」
先輩たちは唄子の質問に、グッと親指を立てて返す。
「バッチリ。めっちゃ盛り上がった」
「ホントですか? 良かったー」
先輩のひと言で、唄子はほっとした表情になった。
追試で自分が抜けてしまったことで、上手くいかなかったらと気にしていたのだろう。
「山田君。感謝してます。本当にありがとう」
唄子は康太に向き直ると、深々と一礼した。
「いやあ、別に大したことしてないから……」
あんまし女子と話すことに免疫が無いのか、康太はなんだか口ごもる。
「ね、部室に移動して軽く打ち上げしない? ジュースとお菓子でさ」
瑞希先輩の提案に、律子先生も私たちと一緒に部室へと移動した。
先輩はロッカーに隠してあった大量の袋菓子を机に並べる。
ジュースについては、学校に着く前にペットボトルの炭酸飲料を二本買っていた。
「カンパーイ」
律子先生が用意してくれた紙コップで乾杯をすると、今日の人形劇の報告がてら、先輩たちを筆頭に大いに盛り上がった。
保育園訪問はあと二回ほどあるが、幸先の良いスタートを切ったといえるだろう。
次の保育園への訪問は三日後。また今日のような充実感を味わえることに、私は今から期待してしまっていた。
打ち上げの終盤、先輩たちは今日助っ人を買って出てくれた康太にあらためてお礼を言い、ボランティアサークルの仮部員を一週間務めた感想を訊いた。
「えっと、あの、あっという間の一週間でした。あまりお役に立てなかったかも知れませんが、すごく楽しかったです」
今日でお手伝いを終えた康太は次回の人形劇には来ない。そう考えると少し寂しい気持ちになった。
注目されて少しおどおどしつつ、康太はさらに話を続ける。
「野球ばっかりしていて、こんなやりがいのあることをアーちゃんがやってるって知りませんでした。誘って頂いて本当に良かったって思ってます」
口下手だと思っていたけど、ちゃんとみんなの前でスピーチしてる。
見知った幼馴染の意外な部分にちょっと感心していた時だった。
「あの、だから、もうちょと手伝わさせてもらえないでしょうか!」
少年が最後に放ったひと言に、私を含めその場にいた女子全員が呆気にとられた。
「えっと、人形劇に最後まで参加したいってこと?」
この葉先輩が確認すると、康太は恥ずかし気に「はい」と頷いた。
「律子先生」
「許可します」
あっさり顧問の承諾が下りて、康太は仮部員にもうしばらく居座ることとなった。




