第27話 緊張と興奮の中で
仲間になるか、それとも死を選ぶか、映画かドラマに出てきそうなやり取りは無かったけれど、秘密を知った幼馴染を私たちは仲間に引き込むことに成功した。
夏休みに入って、康太は午前中は野球部の練習、午後からはボランティアサークルの劇の練習という、忙しい一週間を送った。
そして明日、本番を控えた最終日の今日、康太は野球部の練習を終えて、制服姿で部室に現れた。
「失礼します……」
丁度昼食を摂り始めたばかりの女子五人の視線が、坊主頭の男子生徒に集中する。
女子五人と言ったが、正確には律子先生と高校生の先輩二人、そして私と唄子の合わせて五人だ。
「こっちに来て座りなよ」
私が隣の椅子を引いてやると、康太はどこか居心地悪げに、勧められた椅子に腰を降ろした。
「お疲れ様。これ、コータのぶん」
私は巾着から弁当箱を取り出して康太に手渡した。
「あ、ありがとう……頂きます」
お弁当を用意したのは、無理を言って助っ人に来てもらっている康太に、お昼ご飯くらいは用意してあげようとみんなで決めたからだ。
最初はみんなで少しずつ出しあって、パンを買って来たりしたのだが、やはりお金がかかる。そこでお母さんに頼んで、いつも持たせてもらっている弁当を、もう一個作ってもらうことにしたのだ。
「外は暑かったでしょ。何か冷たいもの淹れようか?」
律子先生が気を利かせて席を立とうとすると、康太はバッグの中から大きな水筒を取り出した。
「氷の入った麦茶あるんで。大丈夫です」
康太がお弁当を食べ始めると、瑞希先輩はこの葉先輩と去年の人形劇の話で盛り上がり始めた。明日の本番に向けて、二人とも昂ぶりが抑えられないといった感じだ。
賑やかに盛り上がる女子たちの中で、康太はちょっと小さくなってお弁当をゆっくりと味わっている。
居心地の悪そうな康太に、私はちょっとだけ気を遣う。
「美味しい?」
「うん、すごく。ごめんね。俺の分まで作って貰って」
「別にいいよ。一個作るのも二個作るのもあんまし変わんないし」
「でも、嬉しいよ。アーちゃんにお弁当を作ってもらえるなんて」
あれ? ひょっとして私が作ったって思ってる?
んー、ご飯を詰めたのは私だけど、他は全部お母さんがやってくれたのよね。
99パーお母さんの手柄だけど、ご飯の面積は弁当箱の半分あるし、半分は私の手柄にしてもいいのかも……。
「これくらい全然いいって。無理言って手伝って貰ってるわけだし」
自分の手柄の様に言ってしまった。
ちょっとだけ良心がチクリとした私に、康太は大人し気な笑顔を見せる。
「期待に応えられるよう、明日は頑張るから」
何だかやる気になってる?
頭数ならぬ、手の数を合わせるために抜擢された少年は、私の詰めた白米を頬張りながら意欲を覗かせた。
保育園訪問の当日。
緊張のせいか、朝から何度かお腹が痛くなり、トイレに駆け込んだ。
私は康太と二人でバスに乗り、お互いに硬い表情で、先輩と待ち合わせた駅へと向かった。
先に来ていた先輩たちは、それほど緊張している様子はない。そこは流石ベテランといった感じだ。
鈍行列車で二駅、それから十分ほど歩いたところに、訪問先の保育園はあった。
「わざわざお越しくださって、ありがとうございます」
出迎えてくれた園長先生は、人形劇を上演する一番広い教室に私たちを案内した。
「みんな今日の人形劇を楽しみにしてます。どうかよろしくお願いします」
上演まであと一時間。手慣れた先輩たちに続いて準備をし、最後の確認をしていく。
「これでいいわ。あとは開演を待つだけね」
昨日、下校時間ギリギリまで私たちはリハーサルを繰り返した。
覚えられるのかと思っていた台詞も、完全に頭の中に入っている。
それにしても、すごい緊張感と高揚感だ。
今日追試を受けている唄子も、次の上演の時に、この感覚を味わうことになるのだろう。
康太は固い表情で劇の台本を繰り返し確認している。
自分より緊張している誰かが目に入ったことで、私の緊張はいくらか和らいだ。
「コータの役、台詞が少ないのに先輩が変えてくれたでしょ。大丈夫だって」
「うん。でも、練習で何度も嚙んじゃったから……」
緊張する幼馴染の横顔を見ていた私の頭の中に、何故か唄子の顔が浮かんできた。
完璧を目指し、準備を怠らず、猪突猛進なあの子……。
結局やり過ぎて追試を受けている唄子に、なんだか可笑しさが込み上げてきた。
私は、康太の背中をちょっと強めに二回ほどパンパンと叩いた。
「初めてなんだし、お互い50点をめざそ」
台本から顔を上げた康太の顔が少し和らぐ。
「50点か、それならいけそうだ」
なんだか懐かしい感覚。
小さい頃、いつも私が康太の手を引いてやっていた。
野球をやり始めて、いつの間にか背も追い越され、弟のような存在だった男の子は日焼けした逞しい少年になっていた。
その少年が、二人で手を繋いで砂浜を走ったあの頃の様に、いま隣にいる。
なんだか楽しいな。
「園児たち、教室に入れてもいいですか?」
戸を開けて訊いてきた園長先生に瑞希先輩が「どうぞ」と返す。
そして、瑞希先輩は私たちを集合させた。
「さあ、行くよ。円陣を組んで」
四人で円陣を組むと、スッと先輩二人は手を真ん中に伸ばした。
「アーちゃん、山田君、同じ様にやってみて」
「あ、はい」
そして、瑞希先輩は持ち前の声量で、一発気合いを入れた。
「風ノ巻ー、ファイトー!」
「オー!」
この葉先輩に続いて、私と康太も声を上げる。
こうして緊張と興奮の中、新生風ノ巻ボランティアサークルは本番に足を踏み入れた。




