第14話 海岸掃除
駐車場に車を停め、だだっ広い砂浜に出た私たちは、そこでジャージ姿の人たちが集合しているのを目にした。
「律子せんせー」
二十名ほどの集団から抜け出て、手を振って砂浜を走って来た何だか見覚えのある二人の少女。
目を凝らして見ると、律子先生が見せてくれた写真に写っていた少女たちだということに気が付いた。
「久しぶりね、あなたたち。頑張っているのね」
「はい。先生もですよね」
「私はしばらくサボってたかなー」
律子先生はちょっと苦笑してから私たちの方を向いた。
「紹介しておくわ。二人ともこっちに来て」
手招きされて先生の横に並んだ私と唄子は、ちょっと緊張しつつ、あの写真に写っていた少女たちと向かいあう。
近くで見ると写真とだいぶ雰囲気が違う。あたり前のことだが、もう二人は高校生だ。
「二年生の鳴瀬唄子さんと志藤彩夏さんよ。それでこの二人は初代風ノ巻ボランティアサークル部員、谷井瑞希と、藤谷この葉。分からないことがあれば、この先輩たちに聞いてね」
「谷井です。松ノ浜高校でボランティアサークルの部長をしてます。どうぞよろしくね」
「藤谷です。同じく松ノ浜高校ボランティアサークルの副部長をしてます」
滅茶苦茶感じのいい人たちだった。
谷井と名乗ったショートカットの少女は、少し日焼けした顔に笑顔を浮かべて握手を求めてきた。
そして、少し長めのストレートヘアを後ろに括った藤谷という色白の少女も、同じ様に握手を求めてきた。
「志藤です。よろしくお願いします……」
「鳴瀬です。こちらこそよろしくお願いします」
ハキハキとした高校生の前で、私はちょっと委縮してしまった。
唄子もどこか緊張した面持ちで握手を交わしている。
しかし、この人たちがここに来ていることを、先生からは全く聞かされていなかった。
いきなり先輩と対面させて、驚かそうと思っていたのだろうか。
律子先生の横顔を探るように見ていると、先生は高校生の二人にこう補足した。
「実は二人とも今日がボランティア初体験なの。あなたたちの後継者になるかはまだ未定よ」
「あら、そうなの?」
てっきりそうだと思っていたらしく、高校生の二人は顔を見合わせた。
「でも、期待してもいいよね。後輩諸君」
砂浜に集合していたジャージ姿の人たちは、今日の美化活動のために集まったボランティアだった。
見たところ年齢も性別もバラバラで、腰の曲がったおじいちゃんもいれば、子供連れの若い夫婦もいる。
先生の話では、集まった人たちは地域のボランティアコミュニティの会員で、ネットワークを通じて参加できる人を募っては今日のような活動をしているらしい。
「今日は風ノ巻中学から、先生と生徒さん二人が来てくれました」
リーダーっぽい小太りのおばさんが私たちを紹介すると、一斉に拍手が起こった。
あまり注目されることに慣れてない私と唄子は、顔中に照れ笑いを浮かべながら、簡単な自己紹介をしておいた。
「それじゃあ始めましょうか」
小太りのリーダーの合図で、私の初めての美化活動が始まった。
砂浜に打ち上げられたゴミを、私と唄子はせっせと拾ってビニール袋に入れていった。
今日は唄子の長い髪の毛で限界突破しているので、一応両手が使える状態だ。
目につく漂流物はいっぱいある。私たちはその中から、空き缶やペットボトルなどの人工物を選別して袋に入れていく。
「あちー」
六月上旬。まだ海水浴には早いけれど、今日は結構気温が上がった。
二人とも濡れても平気なスポーツサンダルを履いてきたので、時々冷たい海水に足を浸けてリフレッシュしつつ、手渡されたビニール袋をいっぱいにしていった。
せっせと手を動かしつつ、私は時折、唄子の後頭部で揺れる髪を眺める。
体育大会の日から、唄子は三つ編みをやめてポニーテールに変えた。
少し私に褒められたからか、それとも単にイメチェンしたかっただけなのか分からないけど、それは結構似合っていた。
いや、単にあの三つ編みがあまり似合っていなかっただけなのかも知れない。
恐らく変化は髪型だけではないのだろう。最近、クラスメートの唄子に向ける目が明らかに変わった。
大人しい、どこか儚げだった印象の少女は、あの体育大会で激走し勝利を勝ち取ったことで、本来の彼女の姿を皆に印象付けた。
相変わらず人前では全く話さないものの、彼女の本来持っているエネルギーは、髪型の変化と同時期に外へと溢れ出し、静かに力強く主張し始めた。
そんな唄子に感心する一方で、自分はどうなのだろうと思う。
色が見えるようになっただけで、きっと私は何も変わっていない。
今ここでこうしているのだって、唄子が私の手を引いたから。
色のついた世界と音のある世界を同時に体験したあの日から、唄子は全力で走り出した。なのに私は、その後ろをついて行っているだけの様な気がする。
あの夕日の砂浜でも、唄子の背中を追って走ってたっけ……。
三つ編みがポニーテールになっただけじゃない。
細くて頼りなかった唄子の背中は、いつの間にかく大きくなっていた。
幾らでもある漂流物を拾う作業は結構大変だった。
しかし、その単調な作業の中で、私は時折、意外なものを見つけていた。
「またあった!」
私が砂浜で見つけたもの。それはシーグラスと呼ばれるもので、ガラスの破片が波で削られてできた、自然の作ったアクセサリーだった。
形も色もそれぞれ違うガラスのアクセサリーを見つけるたび、私はなんだか幸せになる。
まるで宝探しをするようにはしゃいでいた私に、唄子も負けじと手に持った蒼いシーグラスを太陽に掲げた。
「見て。これすごくない? あり得ないほど綺麗なんだけど」
ちょっと自慢げに、唄子は大粒のシーグラスを見せてくる。
そうだった。唄子は負けず嫌いだった。
何となく、どちらがより綺麗なシーグラスを見つけるかという雰囲気になっていた。
漂流物を拾いつつ、綺麗なシーグラスを探していて、私はふと、気が付いた。
あれ? いつの間にかこんなに溜まってる。
シーグラスを見つける度に入れていた二つのポケットが、いつの間にか大きく膨らんでいた。
何だか歩きにくいので、私は小さなビニール袋にポケットのものを全部移しておいた。
「すごい。もうそんなに貯まったの?」
膨らんだビニール袋を見て、唄子が感嘆の声を上げた。
「へへへ、まあいつの間にやらって感じ。唄子もでしょ」
「私はまだ彩夏の半分くらい。頑張って挽回しないと……」
やっぱり勝敗にこだわってる。これではっきりした。
でもちょっと不思議な気分だ。もともと目にハンデのない唄子の方があまりシーグラスを見つけられず、私の方がたくさん見つけている。
はっきり言って宝探しはそれほど難しくはない。ザッと見渡しただけでも私の視界には、キラキラとしたシーグラスの色が飛び込んでくるのだ。
ひょっとすると、普段モノクロの世界にいる自分の方が、鮮やかな色に対して敏感なのかも知れない。
これって特技?
自分に関するちょっとした発見に、私はひそやかに盛り上がる。
漂流物が減って、段々綺麗になっていく白い砂浜を眺めながら、また夏休みに唄子とこの砂浜に来たいな、なんて思っていた。




