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第12話 可能性と理性

 私の家は緩やかな傾斜の坂の途中にある。

 海沿いの県道から外れ、家路を辿ること約十分。

 畑の多いこの地域で、つつましく軒を並べる古い家の間を下校していた私は、聞き慣れた音を耳にして、一軒の家の前で脚を止めた。

 丁度庭が見えるくらいに刈り揃えられた山茶花の垣根越しに、ブンブンと木製のバットを振っていたのは坊主頭の幼馴染、山田康太だった。


「アーちゃん、おかえり」


 私に気付いた康太は、小気味良い音をさせていたバットを止めて、手を振ってきた。

 幼馴染のこの少年は、小さい頃から今も変わらず、私のことを「アーちゃん」と呼んでくる。


「帰ってからも練習? ホント野球馬鹿だよね」

「まあ、そうかな」


 康太はバットを置くと、タオルで汗を拭いながら垣根越しの私の方へ寄ってきた。


「今日は遅かったんだね」

「まあ、ちょっと野暮用でね」


 放課後、私と唄子は保健室に呼び出され、けっこうな時間、先生と話し込んでしまった。

 秘密を共有したことで、唄子は私以外に気兼ねなく話せる相手ができた。

 本来お喋りな唄子は、勢いよく湧きだした湧水の如く、それはそれは楽しそうに会話を愉しんでいた。

 困ったことに、お喋りな女子の話というのは本当に際限がない。いつも部活で帰りの遅い康太より、気が付けば学校を出る時間が遅くなってしまった。


「あの新しい友達と?」

「まあそうなの。唄子がちょっと盛り上がっちゃって」


 言ってしまってから、ちょっと言葉の選択を間違えたことにすぐ気が付いた。

 康太はそのことを特に気に掛けていないようだ。


「その、アレよ。手話を教えてもらってたら遅くなった感じよ」

「そうなんだ。手話を覚えようなんて、アーちゃんはすごいね」


 妙に感心されて、ちょっと恥ずかしくなった。

 確かにあの席替え以降、少しずつ唄子から手話を教えてもらってはいるが、二人でいるときは普通に話しているので、実際のところまだ大して覚えていなかった。

 陽が落ちているお陰で、私の顔に浮かんだ気恥ずかしさは、きっと気付かれないだろう。


「えっと、それよりコータ、八十メートル走すごかったじゃない。私びっくりしちゃった」

「うん。まあ1着じゃなかったけど……でもありがとう」


 あれ? 何だか照れてる?

 言葉の端に含まれた普段とは少し違うイントネーションに、見慣れた幼馴染の純情が僅かに感じられた。


「アーちゃんも凄かったよ。鳴瀬さんと二人でグループの女子をぶっちぎってたし」

「ああ、あれはまあ成り行きで……」


 負けず嫌いの唄子に付き合わされての猛特訓で、いつの間にか予想以上に足が速くなっていた。思いがけない副産物といったところだった。


「まあ、私らのグループはみんな脚の遅い子たちだったけどね。それに1着は唄子に持って行かれて私は2着だったけど」

「アーちゃんと鳴瀬さんは目立ってたよ。周りにいた連中はグループ分け間違えてるんじゃないかって言ってた」

「へへへ、まあそう思われるよね」


 私はそこで会話を止めて「じゃあね」と手を振った。

 ここから私の家まで歩いて一分。細い道の向こうには見慣れた白い家が見えている。

 十歩ほど足を進めた時だった。


「アーちゃん」


 呼び止められて振り向くと、坊主頭の幼馴染は、どういう訳か道端に出ていて、こちらを向いて佇んでいた。


「応援、聴こえてた……その……ありがとう」

「えっと、どういたしまして」


 短く返して、もう一度私は幼馴染に軽く手を振る。

 あらためて言われると、こっちも何だか気恥ずかしい。

 私はそそくさと背を向けて、そのまま家に帰った。


 

 その翌日。

 放課後になって、私と唄子は再び保健室を訪れていた。

 昨日、保健室の先生、大江律子は、私たちの身に起こっている特異な現象を、一緒に解明していこうと申し出てくれた。

 そして早速保健室に現れた私たちに、先生はいきなり、こう切り込んできた。


「昨日聞かせてもらった二人に起こった不思議な現象のことなんだけど、私なりに答を用意して来たわ」

「えっ? もう?」


 吃驚したような声を上げたのは唄子だった。

 いま唄子は私の腕を掴んでいるので、普通に聴こえている状態だ。


「ええ。結論付けるにはまだ早いけど、一晩考えて合理的な一つの可能性に行きついたわ」


 私と唄子がいくら考えてもさっぱり解らなかったこの不可思議な現象を、本当に大江律子はたった一晩で解き明かしたのだろうか。

 半分くらい疑わしいと思いつつ、早くその可能性というのを聞きたくて、私たちは身を乗り出した。


「それで、それでその可能性って何ですか?」


 私の問いかけに、先生はほんの少し私たちに顔を寄せてからこう言った。


「接触テレパスって聞いたこと無い?」

「接触テレパス?」


 怪しげなキーワードに私と唄子は顔を見合わせる。

 

「そう。超自然的な話だけど聞いてね。一説によると接触テレパスって言うのは、お互いが触れた時にだけ相手の感覚や心理を共有できる能力者だと言われているわ。今起こっていることに合理的な答を見いだそうとすると、あなたたちはその能力者である可能性がある」

「エスパーってことですか?」


 大人の、しかも医療に携わる先生の口から出て来たオカルティックな内容に、私と唄子は微妙な顔をするしかない。


「超能力という範疇に入るかもだけど、もっと身近にテレパスのような人は存在するわ。例えば双子。聞いたことない? 彼らの中には稀に、お互いの心理や感覚を無自覚に共有している者がいる。科学的には解明されていないけれど、そういう体験をした双子の例が世界中にあるのは事実よ」

「でも私たち、双子じゃないですよね」


 唄子の率直な意見に、先生は「そうね」と頷いたあと、話を再開した。


「あなたたちは双子じゃない。でも双子がどうして感覚を共有できるのか。そのメカニズムがこの不可思議を解く鍵だと私は思うの。まだ証明はされてないけど、テレパスの双子が無意識に行っている情報のやり取りには、脳波が関係していると言われているわ」

「脳波ですか?」


 私がピンと来ていないのを察してか、先生は少しここで脳波に関する説明を挟んだ。


「脳波は脳の神経細胞活動によって発生する微弱な電気信号よ。精神状態によって異なる波形があって、有名なのはα波やβ波とかね。聞いたことあるでしょう?」

「それ知ってます。リラックスしてる時はα波が出てるんですよね」


 テレビで齧った知識ではあったが、身近な言葉が出てきたお陰で、少しイメージが湧いてきた。


「大まかにα波やβ波などと分けてはいるけど、人によってその波形は様々で完全に一致することはほぼないと言っていい。でも、テレパス能力を持つ双子に関して言えばその波形が近似している場合が多いと言われているの。これは推測の域を出ないことだけど、あなたたち二人の波形は奇跡的に近似しているのではないかしら」


 私と唄子は顔を見合わせた。

 目に見えないものなので何とも言えないが、もしかするとそうなのかも知れない。


「でも、そんなことってあるんでしょうか? 双子でもそういった能力を持つ兄弟は稀なわけでしょ」

「一人の人間の脳波がα波やβ波に切り替わるように、脳の波長は常に一定ではない。ラジオのように波長をチューニングできるとするなら、こう考えられない?」


 先生は一度言葉を区切って、この問題の核心に触れた。


「あなたたちはお互いにハンデがある。もともと奇跡的に近しい波形をあなたたちが持っていて、お互いのハンデを克服するために無意識に相手の波長にチューニングを合わせているのだとしたら、テレパスと言われる双子のそれと同じ状態になっている可能性がある。そうは考えられないかな」


 先生の言葉は私の中にスッと入って来た。

 テレパシーなんてものを私は信じていない。

 だが、私と唄子に起こったことに、先生は奇抜な理論を用いて、合理的かつ矛盾のない解答を導き出した。


 もしかすると、そうなのかも知れない。


 全ての説明を聞き終えて、私の中の理性は、否定しつつも先生に傾いていた。

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