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カインに先導されて辿りついたのは、いつも依頼で呼び出される王の執務室ではなく、謁見の間であった。
「なんで謁見の間なんだ?」
「今朝、お客様がいらっしゃってぇ。ちょっと大変なことになったんです。多分、ゼノさんの用事にも関係すると思いますよぉ」
細かな彫刻の施された巨大な扉の前で顔を顰めたゼノに、カインは間延びした声で説明する。さらりと告げられた言葉の中に、なかなかに無視しがたいものがある。
詳細を説明するよう視線で圧力を掛けるが、相変わらずの笑顔でかわされた。
そして扉の両脇に立つ衛兵に扉を開けるよう指示を出し、カインは背筋を伸ばす。
曲がりなりにも主席王宮魔術師。王に会う、という場面では態度を改めるようだ。
しかしゼノはそんな気はサラサラない。しかめっ面のまま開かれていく扉を見据える。ミネアも、知らない城が物珍しいのか、キョロキョロと周囲を見渡しており、特に緊張している様子もない。
「主席王宮魔術師、カイン。『賢者』ゼノ殿をお連れ致しました」
「は、入って来るが、良い」
先ほどまでとは全く違う朗々とした声で口上を述べるカインに、返されるのはまだ幼さの残る高めの声。どこかおどおどとした、不安が滲むその声に、ミネアが不思議そうに謁見の間の中を見回していた。
声の主は謁見の間の奥にある玉座に座る、まだ少年と言ってもいい程年若い王――マリスだ。父である先代の王が急逝したために王位に就いたばかりの彼は、生来の気質と、経験不足による不安から常に心細そうにしている。
その上、ゼノは王相手だろうと自身の態度は変えることはなく、常に攻撃的だ。
おかげで、少年王はいつも以上に怯えた様子で玉座の肘掛に縋り付いている。謁見の間に集まっている重臣たちも、初対面であるはずのミネアですらも、心配そうに見守ってしまうレベルだ。
カタカタと小さく震えながらも、マリスは謁見の間の中ほどまで進んだゼノ達に、声を掛ける。
「ゼ、ゼノ殿。ご足労を頂き感謝します。え……と、その、獣人の方は……?」
「ミネアだ。獣王の系譜、アルジュマ国皇帝の孫、らしい」
「獣王の系譜!? な、なんで……!? え、あ、そっか。彼が仰ってたのは、そういうことか!」
玉座から滑り落ちそうな程うろたえながらも、何かしら納得したらしいマリスに、ゼノは顔を顰める。
いくらミネアがまだ幼体とはいえ、隣国の王族を前にしてこの体たらくで良いのか。
幸い、今のこの国の情勢は悪くなく、また家臣たちも優秀な人材が揃っている。それにゼノは国に仕えているわけではないのだから知ったことではないが、それでも不安になって来る。
思わず舌打ちが漏れ、マリスがビクリと体を揺らす。
「それで。王が俺を呼んでいたって聞いたけど、何なんだ? ミネアを城に送り届けたから、用がないならもう帰らせてもらうぞ」
「それは……」
「なんじゃと、ゼノ! 妾をここに置き去りにするつもりかえ!?」
説明しようとするマリスの声を、ミネアの声がかき消す。さっきまでは大人しく畏まっていたのに、弾かれたように立ち上がってゼノに詰め寄っていた。尻尾をブンブンと不機嫌そうに揺らし、小さな拳を叩きつける。
「妾はゼノから離れるつもりはないぞ!」
「じゃあお前、家に帰らねぇのかよ」
「あの……」
「ぬ! ……帰る時は、ゼノも共に来るのじゃ!!」
「誰が行くかよ。勝手に決めんな」
「勝手なのはそなたじゃ!」
「え、っと。ゼノ殿?」
「お前ほどじゃねぇ。俺はアルジュマ国に行く気はサラサラないからな」
「ならば、妾がゼノの家で暮らすのじゃ!」
「はぁ!? 幼体が勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
元々場所柄をわきまえる様な二人ではない。途中でなんとか話を戻そうと試みるマリスの声も空しく、ゼノとミネアは言い争いを続ける。
年若い王は困り切り、ただ二人を見つめるしか出来なかった。重臣たちも少年王を手助けしたい気持ちはあるが、『賢者』のゼノに話しかけるのも恐ろしい、といった様子でオロオロするばかりだ。
そんな場に、パンパン、という乾いた音が響き渡る。
ゼノとミネアの側に立つカインが、両掌を打ち付けた音だ。
「はいはい、お二人ともぉ。仲が良いのは分かったからー、王様のお話を聞いてくれませんか?」
「ッチ」
いつも通りの間延びした喋り方に戻ったカインが、茶化すように二人を止める。その言い様にイラっとして舌打ちをするが、大人しく引き下がる。
そして再度畏まってマリスへと向き直れば、ホッとした様子でゼノへと話し始める。
「恐らく、ミネア様がゼノ殿の元にいらっしゃるのも関係があると思うのです。アルジュマ国から、使者がいらしております」
「なんと!」
「へぇ?」
ピコン、と尻尾を立てるミネアとは対照的に、ゼノは思案げにマリスを見る。
その視線を受けたマリスは、少し言いにくそうに、ゼノとミネアに告げるのだった。
「その使者が言うには、その……。アルジュマ国の皇帝が、弑された、とのことです」
「なん、と…………?」
「弑逆…………。家臣に殺されたってのかよ」
「はい……」
ゼノの確認に、マリスは気まずそうにミネアから視線を反らしながら頷いた。
彼はとてもじゃないが、腹芸が出来る性分の人間ではない。だから恐らく、事実なのだろう。ゼノの眉間に深い皺が寄る。
ふとミネアを見ると、彼女は金色の瞳を見開き、小さく首を横に振っていた。言葉の意味を受け入れられない、といった様子だ。
そっと小さな肩に触れると、ビクリと体を震わせる。そしてその大きな瞳から大粒の涙を零しながら、悲痛な叫びを上げるのだった。
「嘘じゃ、嘘じゃ、嘘じゃ! 爺様が亡くなっただなんて……。そんなの、嘘じゃ!! 爺様が……あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




