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帰宅するとゼノは家に入らず、玄関先に子猫姿の少女と買ってきた服を放り込んで扉を閉めた。
それから家の前にあるちょっとした菜園の様子を見つつ、空を見上げる。高い位置にあった陽は既に傾きかけ、晴れ渡っていた青空は東の方から暗くなってきていた。
この調子では、少女を追い出すのは明日になりそうだ。半ば諦め混じりにため息を吐き、食べごろな野菜を普段より多めに収穫する。
そうこうしているうちに、バタン、と乱暴に家の扉を開ける音が響く。
「お主、いい度胸じゃな! 妾にこのような粗末な服をあてがうなど!」
「知るかよ。むしろお前は礼儀を知らねぇのか。世話になった人間に礼もしねぇとは」
「ぬぐぐ……」
外套以外の買い与えた服を身に付けた少女は、不服、といった表情でゼノを見上げている。色々と葛藤して唸っているその様子をゼノは鼻で笑い、小さな頭をぽふぽふと叩く。
「それよりお前、何食いたい?」
「は……?」
「腹の虫がうっせぇ」
つい、と少女の腹へ指を差しながらニヤリと笑ってやると、少女を金色の瞳を吊り上げて吠える。
「レディに対してなんて言い草ぞ!」
「はいはい、んで? レディは何が食いたいんだ」
「ぬぅ……。 肉じゃ!」
相変わらず不服そうな顔をしながらも、空腹には逆らえなかったらしい。いっそ清々しいまでにキッパリと言い切る少女に、思わずゼノは噴き出す。
「ックク、何が、レディだよ。お前、レディと言い張るなら、レディらしいもん主張しろよ」
「うるさいのじゃ! 妾は獅子ぞ、肉を好んで何が悪い!! それに、妾にはミネアという立派な名があるのじゃ! いつまでもお前と言うでない!!」
「あーそうですか、そうですか。そんじゃ、ご立派な獅子殿は、大人しく家に居ろ」
ブンブン短い腕を振り上げて抗議する少女――ミネアの頭を再度軽く叩くと、家を指差す。しかし、ミネアは心底不思議そうに首を傾げる。
「なぜじゃ? 狩りをせねばならぬじゃろ?」
「ああ。だから適当に狩ってくるから、お前は大人しく家に居ろ」
「何を申す! 妾とて立派な獅子! 狩りくらい容易いのじゃ。むしろ、そなたの様な貧弱そうな人間になど任せておれぬ」
「はぁ!? 幼体が何言ってやがんだ。死ぬぞ?」
「ふん、妾を見くびってもらっては困る! 獣王の系譜たる妾を、その辺の獣人の幼体と一緒にするでない」
「は……? 獣王の系譜?」
「なんじゃ、そんなことも知らぬのか?」
思いがけない単語にポカン、としているとミネアが人をバカにしたような顔で笑ってくる。イラッとしたので、舌打ちをしながら睨みつけてやる。
「獣王の系譜くらい知ってる。獣人の国、アルジュマの王族じゃねぇか。なんでそんなんがここに居る?」
「知らぬ! 爺様がちょっと修行して来いと、送り出して下さったのじゃ!」
胸を張ってそう言い張るミネアに、頭が痛くなる。
こいつ馬鹿なんじゃねぇか、という疑問が脳裏を過るが、一先ずソレは置いておく。そしてとりあえず気になったことを聞く。
「ちなみに、爺様って?」
「アルジュマ国の皇帝じゃ!」
「は……? まじで言ってんの?」
「そなたは疑り深いの。もう良い、信じぬのならば、信じさせるまでじゃ!」
そう言うとミネアはズンズンと森へと進んでいく。
「おい! ちょっと待て」
「待たぬ。そなたを待っておっては、日が暮れる」
その言葉にちらりと空を見上げると、ミネアの言う通り、陽は先ほど見た時よりもずっと傾いていた。森に至っては、もうかなり暗い。
はぁ、とため息を吐いてミネアを止めるのを諦め、追いかける。そして森に入ろうとするミネアの手にポイ、と小さな紙袋を投げ渡す。
「なんじゃ?」
「ソレで髪まとめろ。この森は手入れなんかされてねぇから、そんなまんまで入るとあちこちに引っかかるぞ」
「! なんと!」
金色の瞳をまん丸に見開いたミネアは、いそいそと紙袋からソレを取り出す。
先ほど王都の露天で適当に買っておいた髪留めだ。追い出すならば、きっとこの森を通り抜けるだろうから、必要になると思ったのだ。
ちなみにその髪留めは、くすんだ緑色の石が瞳の部分に象嵌された猫型の飾りが付いている。石も飾りも大した素材を使っていない、はっきり言って安物だ。
しかし、ミネアは嬉しそうにキラキラとした笑顔をゼノに向ける。
「そなたの瞳と同じじゃの! 礼を言うぞ!!」
「……別に、大したものじゃねぇよ」
あまりにも嬉しそうに髪留めを見つめ続けるミネアに恥ずかしくなり、ソレを奪い取ってやや乱暴に髪をまとめてやる。腰ほどまであるサラサラふわふわなその髪の毛は、獣体の時の毛皮同様手触りがよかった。
そんなことを考えた自身に一度舌打ちをすると、八つ当たり気味にミネアの頭を軽く叩いてから離れる。
「そなた、なにをする!」
「ふん、うっせぇよ。あと、ゼノだ」
「?」
「俺の名前だよ。そなた、じゃなくてゼノだ」
「!! ゼノじゃな! 分かった!」
満面の笑顔を浮かべるミネアにもう一度舌打ちをすると、ゼノはさっさと森へと進む。そしてミネアもゼノを追い、まとわりつくように隣を歩くのだった。




