さいごの日
優しい光が降り注ぐ中、窓辺のベッドに横になる女性の周りには多くの家族が集まっていた。彼女の残り時間がもう僅かであることを、皆知っているのだ。
そして各々別れを交わし、最後に残ったのはゼノ一人だった。
「ふふ、みんな気を利かしてくれたのじゃな」
「まぁ、お前の言いそうなことは分かりやすいからな、ミネア」
そう言いながら、窓際に置いていた水晶の鈴を取る。
リィィン、リィィン、と美しい音を響かせるその鈴が初めて鳴ったのは、随分前だ。そして段々と鳴る間隔が短くなり、今日はもうずっと美しい鈴の音が響いている。
「その鈴のおかげで、随分しっかりと準備することが出来たのじゃ」
「そうだな。でもまさか、今まで行った場所全部回るとは思わなかった」
「ゼノは、嫌じゃったかえ? 思い出の地を巡るのは……」
「いいや、嫌じゃなかったさ。ただ、放浪の賢者を探したりするハメになるとはな」
苦笑しながらベッド横の椅子に座り、長いこと共に過ごした伴侶の手を取る。
初めて出会った時には小さな手だった。しかし今はもう長い年月を経て、沢山の皺が刻まれたものになっている。
一方、その手を撫でる自分のものは、昔から一切変わらない。
ミネアの番となり、魂の契約を結んだが、やはりゼノが老いることはなかった。ミネアが成長し美しい女性になっても、子を生し育て上げても、ゼノはずっと青年の姿だった。
獣王の系譜であるミネアとゼノの間の子供は、ハーフであったため寿命も普通の獣人程度であった。
おかげで先程ベッドの周りに来ていた家族たちの中にも、何人もゼノより年嵩に見える者は居た。既に何人も、子供たちを見送ってすらいた。
そして今日、ミネアにも置いて行かれるかもしれない。
そんな恐怖を抱きながらも、穏やかに笑う彼女の頬を撫でる。
「辛くはないか?」
「大丈夫じゃ。ゼノは、どうじゃ?」
「あ? 俺は何ともないぞ」
「じゃが……、泣きそうじゃ」
そう言ってミネアは、今はもう持ち上げるのも大変であろう手を伸ばし、ゼノの目元を撫でた。優しく、慈しみを与えてくれるその手を捕まえ、ゼノは指先に唇を落とす。
「泣いたりしねぇよ」
「ふふ、そうじゃな。ゼノ、あまり妾を待たせるのでないぞ?」
「待つ?」
「そうじゃ。獣王の系譜ならば、死者の門は、番と共に通らぬわけにはいかぬ」
「なんだそれ……」
死後の国には、死者の門という入り口があるという。ミネアは、その門の前でゼノを待つというのだ。
なかなか無茶苦茶な我儘だ。だが、ミネアらしい。
ゼノは小さく笑うと、白くなったミネアの髪に口付ける。
「わかった。待っててくれ」
「早く、来るのじゃぞ。妾は、気が短いのじゃからな」
「知ってる」
自分の願いであり、ミネアも共にずっと祈ってくれていた。だから、きっと一緒に逝ける。
そう思えば、恐怖は消えていた。
不安に揺れるミネアの瞳をしっかり見つめ、約束をする。
「ミネア、お前を待たせたりなんてしないから、安心しろ。きっと、すぐに行く」
「絶対にじゃぞ」
「ああ。絶対にだ」
はっきりと言い切れば、やっと安心した様にミネアは微笑む。そしてそのまま、ゆっくりと瞼を閉じていく。
「ミネア…………」
囁くように呼びかけるが、もう応える声はない。
少しずつ、失われていく温もりに、涙が零れ落ちた。そしてその涙と共に、自分の体に力が入らなくなっていくのを感じた。
「あぁ……。やっと、終われるのか……」
リィィン、と一際高く、終焉の鈴が鳴る。
「…………ミネア。またすぐに、会えそうだ」
体を起こしていることが出来なくなり、ミネアの隣に倒れこむ。そしてなんとか彼女の手を握ると、ゼノは瞳を閉じた。
§ § § § §
気が付くと、眩い光に包まれた場所に居た。周りには何もなく、ただ、前方に大きな門があるだけだった。
そしてその門の前には、何やら懐かしい小さな姿があった。
「ゼノ!!」
「……ミネア!?」
なぜか、ミネアは出会った頃のような少女の姿だった。懐かしく、愛おしいその姿に、これは夢なのかと思った。
しかしそうやって呆然と見つめていると、焦れた彼女は全力で駆け寄って来る。そして勢いよくゼノに飛びつくと、思い切り抱き着く。
温度はないが、彼女の抱き着く力や、重さに幻ではないことを知る。
「ゼノじゃ! 本当に、すぐに来てくれたのじゃ!!」
「ミネア……。お前も、本当に待ってたんだな」
「当り前なのじゃ!」
小さく笑うと、胸を張ったミネアが嬉しそうに満面の笑顔を見せてくれる。
どこまでも無茶苦茶で、破天荒な少女だ。
しかし何より、ゼノの救いだった。
ゼノはミネアをギュッと抱きしめ、小さく呟いた。
「…………………………ありがとう」




