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ゼノは灰緑色の瞳を眇めて、部屋で仁王立ちする見知らぬ少女を見る。
年の頃は12~3歳くらいだろうか。まだまだあどけなさが前面に出ている顔の中で、ひと際主張する大きな金色の瞳は気の強そうな光を宿している。ふんわり広がる柔らかそうな金色の髪の毛が覆う肩はなぜかむき出しの肌で、シーツの下は何も身に着けていないのだろうか。
念のため断わっておくが、ゼノには幼女趣味は無い。家に少女を引き入れた記憶も、服を奪った記憶も無い。
眉間に深い深い皺を刻みながら、更にその少女を眺めると、彼女の頭にある柔らかそうなソレに目が留まる。
「……お前、あの子猫か? ッチ、獣人だったか」
「何と無礼な! 妾は猫などではなく獅子ぞ! しかとこの耳を見るがよい!!」
そう言って頭上の耳をピコピコと動かす。
しかしどう見ても猫の耳だ。じーっと見ても今一つ分からない。強いて言えば、多少先端が丸みを帯びているだろうか。
ゼノは金茶の髪を掻き混ぜ、舌打ちをする。
「獅子でも猫でもどっちでも良い。とりあえず出てけ。俺は人間が嫌いだ」
「ならば別に良かろう? 妾は獣人ぞ?」
きょとん、と首を傾げて見上げてくる少女に、更にもう一度舌打ちをする。
「人間でも、獣人でも、喋る生き物は嫌いだ。出てけ」
「横暴じゃ! そなた、自分で拾っておいて捨てるのか!?」
「うるせぇよ、拾いたくて拾ったんじゃねぇ。そんだけ元気なら出てけるだろ」
キャンキャンと吠える少女に、ゼノは眉間の皺を更に深くして家の扉を開ける。言葉だけでなく、態度でもさっさと出て行けと示す。
しかし少女は一歩も動かず、むしろ偉そうにふんぞり返る。
「そなた、こんな幼い子供を、裸のまま放り出すというのかえ? 妾は服が無いのじゃ」
「じゃあ、獣体で行けよ」
「なんとそなたは残酷な!! あの小さき身体で出て行けと言うのかえ?」
ご丁寧にも大きな瞳に涙を溜め、ふるふると震えながら主張してくる。つい先ほどまで偉そうにふんぞり返っていたのに、驚きの変わり身。明らかに演技だ。
しかしこのまま放っておくのも面倒だった。ゼノは大きくため息を吐いて、少女に告げる。
「分かったよ。服、買いに行けば良いんだろ」
「そなた、物分かり良いの! そうじゃ、買いに参るぞ!」
一瞬で涙を引っ込めて笑顔でそう言う少女に、ゼノはまた舌打ちをするのだった。
§ § § § §
金色の小さな猫――本人曰く獅子らしいが、の姿になった少女を肩に乗せ、ゼノはほんの少し前にも居たヒュメール王国の王都へ転移魔術で跳んだ。
転移魔術で移動する際、少しでも目標を誤ると変な場所に出てしまう。だからうっかり失敗しても被害の少ないよう、なるべく広い空間を選んで目標とするのだ。そのため今ゼノ達が居るのは、王都の郊外にある公園だった。商店街までは少々距離がある。
徒歩移動しなくてはいけない距離に再度舌打ちをするゼノに対し、少女はどこか興奮した様子で尻尾の先を振りながらゼノに話しかける。
「お主はすごいのじゃな! 転移陣なしに転移するなど!! 爺様でも転移陣なくては無理だと仰っておったのに!」
「まぁ、一応『賢者』だからな。それより、あんま喋んな。幼体の獣人が居るってなると騒ぎになる」
爺様って誰だよ、と思いながらも落ち着きのない猫を撫でる。
獣人は幼体の間は、この少女の様に小さい。力も勿論弱い。そのため、普通であれば里から出ることなく、大切に大切に育てられるものなのだ。
そんな幼体の獣人を人間が連れているとなると、犯罪を疑われかねないのだ。大人しく、猫の振りをしていてもらわないと困るのだ。
そう言ったことを細かく説明しなくても、少女も理解していた様で大人しく頷く。
「ああ、そうじゃの。気を付ける」
「分かってりゃいい」
それだけ告げると、少女を肩に乗せたままさっさと商店街へと向かう。少女は物珍しそうにきょろきょろしながらも、大人しく黙っている。そんな様子にゼノは小さく笑いながら、時々撫でてやっていた。
そして四半刻程歩き、辿りついた店へと入る。雑然と様々な服が積まれたその店は、王都の一般庶民が着る服を扱っている。自身の服装に頓着しないゼノが、良く使う店だ。
しかし気位の高そうな喋り方や偉そうな態度をする少女にとって、この店の服は気に入らなかった様で、びしびしと尻尾を叩きつけて抗議をしてくる。だがゼノも折れるつもりはない。
少女の抗議は丸っと無視をして、適当に子供用のチュニックとズボン、ブーツを見繕う。そして追い出すからには必要になるであろう外套だけは真剣に選び、赤茶色の丈夫で雨風などをしっかり防げそうなフード付きの物を購入する。
洋服屋での買い物はそれだけで済まし、せっかく王都に来たのだから、といくつか食料品も買い込む。
その間少女は尻尾でゼノの背を叩き、ウーウー唸って抗議を続けていたが、ゼノが「置いてくぞ」と脅せば一瞬で大人しくなった。我儘のようではあるが、聞き分けは悪くは無い様だ。
するりと猫の背を撫でると、少女は拗ねたようにそっぽを向く。そんな様子に小さく笑いながら、ゼノはちょっとした気まぐれを起こして露店でもう一つだけ買い物をして、家へと帰るのだった。