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痛い表現があります。
苦手な方はご注意ください。
「ゼノッ!!!!」
咄嗟に名前を呼んだが、それ以外は何も出来なかった。目の前で、沢山の血を口から吐き、力なく地面に倒れ伏すゼノを、呆然と見つめる。
薄闇の中に広がる赤が、とても鮮やかに見えた。
こんなに呆気なく、失ってしまうのか。
まだ、受け入れてすらもらっていないのに。
ついに見つけたと思った存在なのに……!
悲しみと苛立ちがない交ぜになった気持ちのまま、キッとソイツを睨みつける。
「ジェルド! 貴様っ!」
「姫様、ご機嫌麗しく」
しかしその男ーージェルドは、ミネアの睨みなど意に介していないかのように、赤に染まった腕を振って血を払いながら慇懃に礼をする。
獅子らしく立派な体躯と、意外にも甘めな整った顔を持ったジェルドは、にこやかに笑う。
「姫様が自ら戻って来て下さり、とても助かりました。陛下にも困ったものです。人間どもに甘い顔をするだけでなく、姫様を送ってしまわれるなんて」
そう言ってわざとらしく肩をすくめたジェルドは、足元に倒れ伏すゼノを乱暴に踏み付ける。
「こんな、矮小で、弱小で、明らかに劣った存在に助けを求めるなど……! 愚かにも過ぎる」
「貴様っ! 爺様を愚弄するかえ!!」
「愚弄? まさか」
何度も執拗にゼノを踏み付けていたジェルドは、ミネアの言葉に大仰に首を横に振る。
そして嘲りの色を隠す事なく、言い放つ。
「事実を言ったまでです」
「っ……!! 貴様ぁ!」
怒りのままに、特大の火球をジェルドに向けて放つ。
灼熱の炎を周囲に撒き散らしながら高速で迫る火球に、しかしジェルドは避けることもせず、ただ笑みを深くするだけだった。
そしてジェルドは軽く腕を振って火球を切り裂き、あっさりと無効化してしまう。さらに一瞬でミネアへと迫ると、その細い右腕を力の加減なく握り締める。
「っ痛!」
「ああ、流石姫様です。未だ幼体だというのに、あれ程の魔法を扱うなど……! 本当に、獣王の系譜は素晴らしい!」
どこか恍惚とした表情で勝手に語るジェルドは、ミネア自身のことはカケラも見ていない。
「私こそ、私にこそ、相応しい! やはり、私の伴侶は獣王の系譜以外あり得ない」
ミネアが放った火球などで流石にこの騒ぎに気付いたヒュメール国の兵隊が周囲を取り囲んでいたが、ジェルドはそんな事に一切関心がないようだった。
ミネア自身のことは全く見ていない目で甘く微笑むと、力の加減なく強く腕を引く。
「さぁ姫様、直ぐに城へ戻って儀式をしましょう」
「っ嫌じゃ! 貴様など、妾の番に認めぬ。妾の番はゼノただ一人じゃ!!」
「…………ゼノ?」
ミネアの言葉に、ジェルドは不思議そうに首を傾げた。さらり、と煌めく金色の髪が揺れ、その下から覗く紅い瞳に激情が乗る。
「貴女は……、姫様は! 獣王の系譜であるにも関わらず、人間ごときを選ぶと言うのですか! あんな、虫ケラごときをっ!!」
激情のままに握られる腕が、ミシミシと軋む。
ミネアとて獣人であるから、ただされるがままで居るつもりはないが、未だ非力な幼体だ。成体で、しかも力の強い獅子の獣人に加減なく握り締められては逃げることも出来ない。
痛みと悔しさから零れる涙を止められないまま、ジェルドを睨みつける。
「貴様など絶対に認めぬ!! 人間を見下し、他人を全て道具としか見ていない貴様など、獣王の系譜の伴侶に、いや、王には決して相応しくない!」
「……っ!! 小娘が生意気なことをっ!!!!」
ばきり、という鈍い音と共に、ジェルドに握られている右腕に激痛が走る。
「うぁ……」
呼吸をするだけで絶えず走る痛みに、止めどなく涙が零れる。
こんなに痛いのに、触っても欲しくないほど痛いのに、ジェルドは腕を離してくれない。
「姫様。痛いのが嫌ならば、大人しく着いてくることです。ただ黙って、私に従えば良い」
「誰がっ……!! ぅあぁあ゛あ゛!」
「姫様?」
瞳は一切笑っていないのに、甘く微笑んで問いかけるジェルドに反抗すると、直ぐ様腕を握る力を強められる。そのくせ、笑みは一層甘くするその男には、最早狂気しか感じなかった。
痛みと、恐怖に涙が止まらなかった。
「ゼノっ、ゼノッ……!!」
「まだソレを呼ぶのですか……」
ジェルドは不快げにため息をつき、更に腕を強く握る。
「ぃああ゛あ゛!!!! ゼ、ノ……」
「いい加減強情ですね」
無理矢理腕を引くジェルドに引き摺られたミネアが息も絶え絶えに、ゼノの名を呼んだ時だった。
眩い光と共に、バリバリッ! という轟音が響き渡る。
「ぐあぁぁぁ!!」
「……っ?」
「…………っせぇな。泣かせてんじゃ、ねぇよ」
「ゼノッ!」
先程までミネアを捕まえていたジェルドは倒れ伏し、そしていつの間にかゼノが気怠げに上半身を起こしていた。
何が起きたのか、しっかりとは分からない。
でも、間違いなく、ゼノが助けてくれたのだ。
先程までとは違う、安堵の涙が溢れ出した。
「ゼノッ! 無事、だったのかえ……?」
「あー……。俺は、このくらいじゃ死なない。いや、死ねねぇんだよ……」
そう吐き捨てるように言うゼノの顔には、絶望が満ち溢れていた。




