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 兵の準備などで出発は明後日となったため、結局ゼノも城に留まるハメになった。用意された客間のベッドにミネアを寝かせ、深々とため息を吐く。


「今更こんなことに首を突っ込むことになるなんてな……」


 ヒュメール国内に居を構え、依頼があれば手伝うという契約を交わしてから大分時が経つが、戦争事に呼ばれたことはない。平和だったということもあるが、『賢者』を国同士のいざこざに引っ張り出すのは忌避されることなのだ。

 そもそもとして国家や他人に協力的な『賢者』がほぼ居ない、というのもあるが、強大すぎる力を持つ『賢者』は各国の均衡を容易く崩してしまうのだ。


 今回は侵略戦争ではないとはいえ、他国の内乱に介入するようなものだ。それなのに、今回ヒュメール国はゼノに助力を乞うた。

 それだけ、人間の国であるヒュメール国と獣人の国であるアルジュマ国の戦力差は圧倒的なのだ。


「クッソ、面倒だ……。それもこれもお前がうちの前になんか落ちてるからだ」


 ベッドで気持ちよさそうに寝ているミネアを見ていると、段々と腹が立って来た。完全なる八つ当たりであるが、ギュムっと小さな鼻を摘まんでやる。


「……んぐっ。に゛ゃっ!?」


 不可思議な声を上げて飛び起きたミネアは、目を白黒させながら周囲を見回す。そしてベッド脇から手を伸ばしているゼノを見つけると、すぐにその手をベシベシを叩きながら文句を言い募る。


「何をするのじゃ! ゼノ、レディに対して、何をするのじゃ!! 失礼にも程があるのじゃ!」

「あー、悪い悪い。それより、元気そうだな」

「ぬ?」


 全く心の籠らない謝罪を口にしつつミネアの頭を軽く撫でてやると、きょとんと首を傾げる。そしてしばらく考え込むと、途端に大きな瞳から涙をボタボタと零し出す。


「そうじゃ、爺様じじさま……。なぜなのじゃ…………」

「聞くか? お前の国に何があったか」


 まだミネアは子供だ。心の整理がつくまでそっとしておいた方が良いのかもしれない。

 しかし、彼女は王族でもあるのだ。

 決断を迫れば、ゴシゴシと目元を服の袖で拭い、ゼノを見上げる。その金色の瞳には、強い意志が宿っていた。


「教えるのじゃ、ゼノ! 爺様はだれに殺されたのじゃ!?」

「皇帝は将軍に殺されたそうだ。5日前らしい」

「将軍……ジェルドのヤツじゃ! 彼奴あやつめ、わらわに言い寄るだけでなく、爺様を手に掛けるなど……」

「? そのジェルドってヤツは前からお前に目を付けてたのか?」

「そうなのじゃ。彼奴は野心家で、昔から帝位を狙っておったのじゃ。妾のつがいになれば、帝位に就くのは容易くなるから、事あるごとに言い寄って来よった」


 嫌そうに言い捨てると、ミネアはゼノの手にすり寄り、目を細める。


「妾の番はそなたじゃ。彼奴など出る幕もない!」

「あー、はいはい。そういう事は成体になってから言えって」

「妾は本気なのじゃ! いつでも、何度でも言うのじゃ!」


 ビシビシと尻尾をベッドに叩きつけて不満を露わにするミネアの頭をおざなりに撫でて宥めつつ、ゼノは小さく舌打ちをする。


「しっかし、5日前か……。ちょうど、お前が俺ん家の前に落ちてた日だな。皇帝は奴がお前を狙ってるのを知ってて逃がしたのかもな」

「……そうかもしれぬ。今思えば、あの日の爺様は何か焦っている様であった。送り出すときは笑っておられたが、転移陣を起動するまで何も言ってくださらなかった……」


 へにょりと頭の上の耳をへたらせたミネアは、また大粒の涙を瞳から零す。泣き声は上げないが、後から後から湧き出す涙で顔をぐしゃぐしゃにしているその姿は、あまりにも痛ましい。

 我ながら柄にもないことだと思いながらも、ミネアを抱き寄せて頭を撫でてやる。


「明後日、この国の兵とアルジュマ国に行く」

「っ、ふぐっ……。ゼ、ゼノも、行く、のかえ?」

「ああ。俺は『賢者』だが、まぁこの国にも借りがあるからな。お前のじーさんの仇は取ってやるから、安心しろ」

「妾も、行くのじゃ!」

「はぁ? 幼体は大人しくしてろ」

「いやじゃ! ゼノが行くなら、何処へでも着いて行くのじゃ!!」


 涙でぐちゃぐちゃな顔を上げ、ミネアはゼノを睨みつける。


「それに、妾は獣王の系譜ぞ! 他の者に任せきりでなど、おられぬ」


 そう言い切るミネアの表情は、固い決意を漲らせている。まだまだ幼い子供だが、王族の矜持がそうさせるのだろうか。

 きっと、何を言っても譲らないだろう。


 ゼノは小さくため息を吐くと、ミネアの顔を拭ってやる。


「ひっでー顔。獣王の系譜ならもっとシャンとしろ。国民に笑われるぞ?」

「っじゃあ……」

「ああ、一緒に逆賊討つぞ」

「もちろんじゃ!」


 相変わらず涙でぐちゃぐちゃな顔を輝かせるミネアに、ゼノも柔らかく笑うのだった。

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