帰郷
「ロイさん。起きてください」
セレーヌに肩をゆすられ、俺は目が覚めた。寝るために服用した睡眠薬の影響で、少し頭がふらつく。講堂の高い天井を、少しのあいだぼんやりと見つめていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ。単純に寝起きというだけだ。車の手配は?」
「できています」
俺は彼女にさきに正門に停めてあるという車へ向かうよう話す。上体を起こして周囲を見回すと、六時間前となんら変わらぬ光景が広がっていた。相変わらず、さまざまな人が動いたり、誰かと話したりしている。立ち上がり、そばに置いていたトレンチコートに両腕を袖を通す。武器を持ってまっすぐ基地正門へと向かった。
正門には残っていたはずの装甲車一両の姿が見えなかった。警備の人間に訊いた話では、別の地域で発生した過激デモの鎮圧に動員されたらしい。いまは、重武装した十名の兵士が、ラスペン基地の安全を、中にいる人々の命を守っていた。彼女が手配した軍用車の荷台に武器を積んでいると、後部座席に大きめの機械が乗っていることに気づいた。無線機だ。
「無線機か?」
「博士に話したら特別に手配してくださいました。貴重品ですが、緊急事態につき許可すると」
「博士は無事なのか?」
「はい。通信に使っている施設の最深部で、護衛の兵士とともに立てこもっているようです。いまのところは、とくに激しい攻撃には晒されていないとも」
それよりも、俺には訊きたいことがあった。家に残してきた、シオンとレアールの安否だ。
「セレーヌ。移動しながら無線を使いたい。後部座席に座ってもらえるか」
「もちろんです」
車内のバックミラーに彼女の凛々しい顔が映ったことを確認し、俺は兵士たちに敬礼をした後アクセルを踏み込んだ。散発的にこだまする銃撃音を背に故郷へと急ぐ。
高速で過ぎ去る景色には目もくれず、俺は右手で背後からマイクを引っ張り出す。ヘッドホンではなく、備え付けのスピーカーから相手の声を出力するようセレーヌに指示し、無線を起動させた。車のエンジン音にかき消されないよう、大声で話す。
『博士! 訊こえるか!』
『……訊こえている!』
少し遅れて博士の声が訊こえてきた。その声には若干の焦燥が感じ取れる。
『ラスト・コート作戦は完遂した! 残る<五つ子>は俺ひとりとなった』
『そうか……よくやってくれた』
俺はもっとも知りたいことを口にする。どうか、無事でいてくれ。
『シオンとレアールの安否はどうなってる?』
『護衛とともに避難所に移ると、一時間前に連絡があった』
『無事なんだな!』
『ああ』
俺は安心し、大きく息を吐いた。ラスペンで起こった出来事を頭の中で改めて整理する。その思考を遮るかのように、対向車線から見慣れぬ装甲車が一両、俺たちの車とすれ違っていった。味方の増援だろう。
『デイビッドはすでに死亡していた! ミレイユとかいう女の仕業だ。名前に心当たりは?』
『ないな。おそらく、反政府勢力の人間だろう』
『それともうひとつ。奴は自分たちのリーダーのことを“先生”と呼んでいた! その先生とやらがカニアに常駐している陸軍本隊を動かしたらしい』
あの話を訊いたときはろくに考えられなかったが、いまならわかる。そんなことできる人物はごく一部だ。
『アルバーン中将かエルディー大佐が、反政府勢力のリーダーである可能性が高い!』
『馬鹿を言うな! 私たちが最初に目を付けたのが上層部だろう! 調査はこれでもかというほど精密に行った』
『埒が明かないな。エルキュール大将はどこにいる!』
『彼の家だ! 前も言ったと思うが、大将は軍の要望を受けて――』
轟音が車の左を貫いた。見ると、大きなクレーターができている。
バックミラーには、さきほどの装甲車の正面が映っていた。
『悪いが一旦切るぞ。また後で連絡する!』
セレーヌに無線を切ってもらい、もう一度バックミラーを見た。これまで見たどの装甲車とも違う形状をしていた。傾斜を意識した装甲だけではない。砲塔が大きすぎる。あれは――
「機動戦車です!」
俺の言葉を彼女が紡いだ。機動戦車は、装甲車の機動力と戦車の破壊力を組み合わせた、イーリス最新の陸上兵器だ。数年前にカニアで行われた観閲式で見た事がある。革命戦争のときの戦車と比べて火力も速力も勝る姿は鳥肌ものだったが、その脅威はいま、ほかでもない俺たちに注がれていた。かすかに訊こえる金属音は、紛れもない、砲塔が旋回していることを示している。
「運転を代わってくれ! 俺が奴の相手をする!」
狙いを定められないようハンドルを右手で左右に回しながら、俺は助手席に移った。セレーヌが後部座席の隙間を縫って運転席に座る。
「ロイさん。私、あまり運転経験がないんです……」
「そういうのはどうにかなる! 俺はヴィンセントから命懸けで狙撃技術を習った!」
そう言っているうちに、機動戦車から次弾が放たれる。ちょうどカーブだったおかげか、車体は直撃を免れ、荷台の縁を吹き飛ばされる程度にとどまった。カーブを進んでいるあいだ、機動戦車の速度は微妙に落ちていた。こちらの速度は約八十キロ。機動戦車が追いつけることに驚いたが、重心が砲塔を中心に高めであるせいか、高速での急な方向転換は苦手なようだ。俺は銃手が上半身を出すために空けられた穴から飛び出すと、荷台に飛び乗った。背中に吹き付ける風を受けながら対物ライフルを二丁取り出し、両手でグリップを握りしめる。十メートルさき、機動戦車を運転する人間の顔が、覗き窓から見えた。鋭い目つきは殺気に満ち溢れている。
俺はすかさず両手での得物で銃撃を加えた。放たれた六発の弾はすべて当たったが、傾斜装甲で弾かれてしまった。おそらく、直撃でも貫通は望めないだろう。
道が直線になり、覗き窓を撃つべく狙いを定めた瞬間、対向車線を走っていた車が俺の左を通り過ぎた。タイヤから悲鳴を上げつつ横転し、脇の雪原地帯に転がっていく。機動戦車は二車線のうち真ん中に陣取っており、まるで左右に動く気配がなかった。
「セレーヌ! 敵のつぎの砲撃音を訊いたら、ブレーキをかけろ! 機動戦車に飛び乗る!」
「わかりました! その後はどうすれば?」
「俺が飛び乗った後は、そのまま走り続けろ!」
三発目の砲弾が発射された。今度は直撃する弾道だ。俺は左手の対物ライフルの先についた銃剣が当たるよう、思い切り下から上へ振りぬいた。着弾寸前の弾が真っ二つになり、両脇一面に広がる雪にひとつずつ大きな跡をつくった。
軍用車の速度が落ち、機動戦車との距離が瞬く間に縮まる。俺は跳躍し、砲塔に飛び乗った。キューポラから顔を出した男が拳銃で応戦するが、その腕を持ち上げ、本人もろとも投げ飛ばす。悲鳴があっという間に小さくなっていった。
俺は機動戦車を奪い取るため、手榴弾の使用を断念した。このさき敵と遭遇した際の戦闘手段は、多いに越したことはない。対物ライフルをしまう代わりにリボルバーを取り出し、キューポラを開けると同時に銃撃を加える。声からして、中にいるのはふたり。一瞬声を挙げたかと思うとすぐに静かになった。しかし、機動戦車の速度は変わらない。むしろ上がっている。操縦手が倒れ、力が脚を通してペダルにかかっているのかもしれない。
俺は前方にいる敵を引きずり出した。案の定、徐々に速度が落ちていく。最後のひとりを探すと、恰幅の良い男が車内後部で頭を垂れていた。右手で服をつかみ、外へと出す。
口から血を流しながら、男は不気味に笑った。男の服がやたらと角ばっていることに気付くと、俺は自分の顔が青ざめていくのがわかった――この男の恰幅の良さは体格のせいではない、体中に爆弾を巻き付けているのだ。
俺は渾身の力を込めて、後方に向かって男を蹴り飛ばした。直後、耳をつんざくような爆音と風が、男の血や肉片とともに辺りにまき散らされた。あまりの衝撃に体が吹き飛び、中途半端に右に曲がっていた砲身に激突する。咳き込みながらも、男の血で滑る機動戦車の上部をなんとか移動し、内部へと入り込んだ。
戦車は専門外だが、装甲車なら昔運転方法を習ったことがあった。機動戦車の中は見たことがないほど先進的なつくりだったが、どうにか最低限の操縦はできる。俺は覗き窓を大きく開け、前方で走っているセレーヌに向けて手を振った。先から車が来ないことを確認し、速度を上げて軍用車の斜め後ろを走る。ここらでないと車を視認できなかった。
「まずはカスラを目指す! フィリップたちと合流し、その後カニアへ向かうぞ!」
「わかりました!」
機動戦車がなぜ俺たちを襲ったか。いや、なぜ敵対勢力が機動戦車に乗っていたか。ミレイユか、あるいは“先生”の指示であるのは確実だ。カニアで戦闘が起こっているのなら、一度カスラに戻り、フィリップたち警察や、ルイーゼの指揮下にあった私兵部隊と協力できないか話し合う必要がある。さすがにふたりで首都に突入するわけにはいかない。
雪景色のフスレを越し、カスラへと向かう道中には、さきほどの機動戦車以外の敵は出てこなかった。晴れ渡る視界からはベストレ山脈の美しい頂がよく見えた。フスレにあがる数多の黒煙も同様に。




