後始末 前編
機動戦車の覗き窓から見えるカスラの風景は、かつての革命戦争を想起させるには十分だった。一キロほど離れているはずだが、黒煙があちこちで上がっているのを鮮明に確認できる。ロントの街へ近づくたびに人気がなくなっていく。
ロントへとつながる街道に出ると、正面には灰色と黒の迷彩に身を包んだ兵士たちが十名以上、警戒に当たっていた。道の両端には土嚢と有刺鉄線による簡易的な陣地が形成されている。
「止まれ!」
突如として現れた機動戦車に、正門にいた兵士のひとりが目を開かせたかと思うと、銃をこちらに向けながら叫んだ。ほかの者も両手に持ったアサルトライフルを持ち上げる。セレーヌの軍用車が速度を落としたのを見て、俺も停車させた。キューポラから外へ出て、両手を上げて声の主へと近づいていく。
「イーリス軍所属、ロイ・トルステン少佐だ。カスラ州ロントにおける戦況報告を受けたく、ここに来た」
例によって暗号を告げて本人確認を取った後、周囲の者は銃を下ろした。
「大変失礼しました!」
「気にしないでくれ。君たちは防衛班か?」
「はい。これ以上の敵の侵入を防ぐため、ここに陣を構えております」
「敵の規模は?」
「報告によれば、戦闘員が四百人ほど、装甲車二両、戦車一両です。カニアから来た部隊と、クルス駐屯部隊、一個連隊規模が対応に当たっています。ロント支部の警察も協力していますから、鎮圧は時間の問題でしょう」
つまり敵は大隊規模だ。セレーヌの言う通り、蜂起の規模は深刻のようだ。連隊規模の兵力が投入されているなら勝利は確実だろうが、問題はそこではない。
「ただ、カニアではどの州よりも大規模なクーデターが起こっているようです。最後に連絡があったのが二時間ほど前でして、千人はくだらないと。カニアの陸軍本隊はここクルスを含め各地に分散していますから、戦況は芳しくないかもしれません」
「了解した。これから俺たちはカニアへ戻らなくてはならないのだが、小隊規模の兵力を割いてもらうことはできるか?」
彼は首を横に振った。
「ご存じだとは思いますが、敵戦闘員は戦闘服を着用しておらず、一般市民との見分けが困難なのです。敵の規模は依然として不透明でして、現状での戦力の分散はかなり厳しいかと」
まずクルスの武装蜂起を鎮圧し、少数の兵力を率いてカニアに向かうほうが得策だろう。
「では、俺も鎮圧に参加しよう。主戦場はどこだ?」
ロントの留置所付近の建物で停車した機動戦車から飛び出し、俺は拳銃を構えた。セレーヌも続く。ルイーゼの死亡により反政府勢力の動きが活発化したという話をフリッツから訊いていたので、俺は彼女の屋敷付近が激戦区だと思っていた。正門にいた兵士から、留置所がある地区一帯、とくに留置所付近に敵が集中していると知ったときは思わず信ぴょう性を疑った。
戦闘地域を突破するまでの道のりは、たいして難しくなかった。雑兵以外に出会った戦闘車両は、装甲車一両のみ。それも機動戦車の一〇五ミリ砲によって一瞬で沈黙した。機動戦車を操縦・砲撃を担当してくれた戦友には感謝しなければならない。
まずは留置所内に向かい、関係者から情報を訊きだす。そこから反撃に転じる。壁に背中を預けながら中央の様子をうかがった。背の高い金属製のフェンスに囲まれた留置所の前は、事件の容疑者を移送する車が入るための十分なスペースを確保するため、ちょっとした広場になっていた。モニュメントとしてなのか、中央部には噴水が鎮座している。その側では武装した戦闘員たちが屈みつつ、留置所に向かって銃撃を加えていた。留置所正面と二階からは軍と警察が反撃し、激しい銃撃の応酬がくり広げられている。俺たちは敵にバレないよう一度後ろへ戻り、留置所の左側面を移動した。裏口を見つけ、鍵のかかった扉を無理やり取り払って中へ進む。
中では多数の野太い声がこだましていた。兵士や警察の者ではない。収監されている容疑者たちだ。奥へ進んでいくと、自分たちの部屋の四角い覗き窓からこちらを睨む者、片手を突き出す者が直線状にきれいに並び、ある種の儀式のようにも見える。留置所の入口付近を目指して歩く途中、何人かの兵士や警察官とすれ違ったが、俺もセレーヌも軍用コートを着ているおかげで怪しまれなかった。話を訊くに、所長は二階の部屋で指揮をとっているらしい。二階へと上がり、周囲を見渡すと、後方に所長室と書かれた木製のドアがあった。近づいてノックすると、入れ、と低い声が俺たちを出迎えた。
「失礼します」
中へと入った俺は驚いた。ブルーノが所長の隣にいたのだ。
「ロイ! それにセレーヌも! ちょうどいいところに来てくれたな!」
深刻そうな顔つきをしていた彼の顔が幾分か和らいだ。だが、所長は眉間にしわを寄せたまま動かない。
「イーリス軍所属、ロイ・トルステン少佐です。隣の者は、セレーヌ・アデライード少尉。両名とも、ロントにおける武装蜂起鎮圧のため増援に参りました」
「たったのふたりか」
その言葉に思うところはあるが、所長の言い分はもっともだ。たかがふたりの増援で戦況を覆せるのなら、とっくにこの危機を脱しているだろう。
「所長、ふたりはかなりの手練れです。なにか打開策が見いだせるかもしれません」
所長は重々しく口を開いた。
「反政府勢力の連中は集中してここを攻撃している。留置所という施設の都合上、襲撃に備えて堅牢な造りになっているし、武器も潤沢だ。だが、それもいつまで持つか……」
「ここの留置所に、反政府勢力にとって重要な人物がいるのかもしれません」
俺は抱いていた疑問を投げかけた。所長は両腕を組んで少しのあいだ考え込むと
「反政府勢力が望む相手かはわからないが、大物ならこの前収監した」
“大物”に、俺は思い当たる節があった。もちろん、セレーヌにも、ブルーノにも。
「……ルーカス・リーですか」
ブルーノが言った。人身売買で利益を上げ、ロントのみならずカスラ州の治安を脅かし続けた組織のボス、ルーカス・リー。俺やルイーゼたちが協力してどうにか奴の根城を暴き、その悪行に引導を渡した。
「仮にそうだとしても要求には応じられん。俺たちは法の執行者だ。犯罪者に与することなどあってはならない――」
所長が言い終わるのを待たず、留置所の北、正面から大きな音が訊こえた。ロケット弾か爆弾が爆発したのかもしれない。
「ふたりとも、参戦してもらえるか」
俺とセレーヌは敬礼し、了解、と返事をした。ブルーノとともに部屋の外へ出て正面へと向かう。
留置所二階の正面にある部屋の壁は、中央が派手に吹き飛ばされていた。太陽の光が舞う砂塵を照らし出し、幻想的なカーテンを生み出しているのが皮肉的に思える。俺たちは中腰で中に入り、壁に腰かけて武器を取り出す。銃声が正面から絶え間なく訊こえていた。
「そういや、右の部屋ではフィリップが戦ってるんだ」
ブルーノが言った。俺は少し考え込み
「セレーヌ。君はフィリップのところで戦え」
「え? しかし……」
「遮蔽物が少ない以上、人数も抑えたほうがいい」
わかりました、と言いつつセレーヌはその場から立ち去った。
「お前も“そう思う”か?」
ブルーノはにやにやしながら言った。
「確証はないがな。ただ、ラスペン州で基地に向かう前に見せた、あいつとフィリップのやり取りは親しげだった」
「俺もそう思う。ラスペンへ行くあいだに、あいつらはずいぶん親しくなってた。年も近いようだし、気も合うんだろう。しかし、戦闘中にそんなことを考えるなんて、お前さんも余裕だな」
「世間話の続きは、この状況を切り抜けてからにしよう」
俺はそう言って、遮蔽物から身を乗り出し、二丁の対物ライフルの引き金を引いた。放たれた一発が噴水の縁に屈んでいた敵の胸を貫いた。もう一方は、その右にいた男の頭を派手に散らした。噴水の水が鮮血に染まっていく。
ブルーノはアサルトライフルで散発的に反撃しながらも、部屋にあらかじめ持ってきていたロケットランチャーを放つ。広場の石畳の床が派手に割れ、爆風が俺の髪をわずかに撫でた。
俺が到着し戦闘を始めてから三十分ほどが経過した。広場は死屍累々だが、それでも敵は攻撃の手を緩めなかった。市街地では望ましくないが、ここはいっそ突っ込んで蹴散らすべきか。俺の身体の事情を知るブルーノに提案しようと、俺は口を開こうとした。
不意に銃撃がパタリと止んだ。不審に思い、俺は顔だけを遮蔽物から出して様子をうかがう。噴水の背後にいる男が拡声器をもって立っていた。
『いますぐルーカス・リーを渡せ! そうすれば、我々はロント、およびカスラ州から戦闘員をすべて撤退させる!』
やはりルーカスが目的か。俺は対物ライフルのマガジンを交換しながら、ブルーノに目配りする。
「なぜルーカスなんだ?」
ブルーノが小声で話しかけてきた。
「わからない。だが、知る方法はひとつしかない」
所長から許可をもらい、ルーカス本人をもう一度問い質すしかない。地下の基地にいたときは引き出せなかったが、こうなっては実力行使も考えるべきだろう。
『十分だ! 十分のあいだだけ待つ! それまでにルーカスを正門前まで連れてこなければ、戦車で砲撃を加える! お前たちもろとも更地に戻す!』
ここからは見えなかったが、近くで戦車も待機しているのだろう。俺とブルーノは中腰の状態で部屋を出ると、そのまま局長のもとへ向かった。ノックし、声を訊いてドアノブを捻る。所長は泰然とした態度で椅子に腰かけていた。
「所長、敵はルーカスの引き渡しを求めています」
彼はブルーノをほう向くと
「わかっている。さきほど声が訊こえた」
「自分はルーカスと一度接触し、短時間でしたが会話もしています。彼からなにか情報を訊きだせるかもしれません」
「所長、ロイの言ってることは本当です」
所長は俺を見た。そして視線を前に戻す。
「……ルーカスは地下一階の特別留置室に収容されている。ドアの両端に警備の者がいるから、所長の指示で会いに来たと言えば開けてくれるはずだ」
「感謝します」
「俺は攻撃を一時止めるようみんなに伝えてくる」
ブルーノと分かれ、俺はすぐさま地下へ向かった。拡声器を持った男が通告してきてから、もう二分は経っているだろう。残り八分で奴を懐柔しなくてはならない。




