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春過ぎて  作者: 菊郎
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北西へ


「では、現時刻より“ラスト・コート作戦”を開始。ロイ・トルステン少佐、セレーヌ・アデライード少尉。頼んだぞ」


 カニアの中央公園で、俺とセレーヌは軍上層部の将校三人と、ジェラルド博士から見送りを受けた。将校はともかく、博士が来るのは意外だった。


「ロイ、今回の作戦は軍の一部による後方支援が行われる。情報の統制なども取るつもりだ。だから、お前は安心して暴れてくれて構わない」


 人目を気にして戦うことを不安に思っていた俺にとっては吉報だ。だが、過信は禁物。隠密行動を徹底するに越したことはないだろう。


「それを聞いて安心した」


「博士、確かに私たちも彼の後方支援は行いますが、あまり大きな騒動になられると――」


 将校のひとりが、博士の言葉に苦笑しながら返す。


「変に自制して作戦に支障をきたされては困る。こいつには作戦の遂行だけに集中してもらいたいのだ。そもそも、私たちがしっかり支援してやればいいだけの話だろう?」


 博士は言い放つ。柱に入った小さなひびがいずれ大きくなり、建物とともに崩れ落ちるように、大したことのないミスが大きな失態を生む。だからこそ、作戦遂行における不安定な要素は可能な限り排除しておきたい。博士の物怖じせず発言する性格には感謝している。


「まあ、白昼堂々と街中で暴れたり、一般市民を無差別的に巻き込むようなことをしなければ、問題ないさ」


 博士は一言付け加えた。


「まずはクルス州だな。前にも話したが、現地入りしたら連絡をくれ。しばらくは、ここから西にある通信施設で活動している。それと、道中に通るブルク州は霧が出やすい。運転には気を付けろ」


「わかった」


 博士の助言を聞きつつ、俺は車のエンジンをかける。荷物はすでに荷台に積み込み済みだ。


「それでは、行ってきます」


 会話に入りづらく困惑していただろうセレーヌがようやく口を開いた。


「ロイは頼りになる奴だから、困ったことがあったら遠慮なくこき使ってくれ」


「はいっ、わかりました」


 博士が言い終えるのを待ち、クルス州に向けて走り出す。


「ロイさん。博士からは最低限の装備を持っていけって言われたんですよね?」


「ああ」


「なら、どうしてあんな大きな銃を持って来たんです?」


「何かあったときのために、だよ。少しでも可能性があるなら、それに備えなくてはいけない」



◆◆



「争いって無くならないのでしょうか……」


 走り出してから三十分のあいだ、俺たちはたまに雑談をしながら目的地を目指していた。そんな折、気分転換に付けたラジオから例の動乱の話が取り上げられており、それを耳にした彼女がこうも真面目な話を切り出してきた。


「いきなりどうした?」


「革命戦争の後、争いの類はまったくなかったのに、結局こうして始まってしまったではないですか。先人が築き上げた秩序が壊れそうになっているのだと思うと、残念でなりません」


「人間同士の争いを無くすというのは中々難しい。まあ、戦争を無くす方法ならあるが」


「そうなんですか?」


「世界がひとつの国になればいい。“内戦は増える”だろうがね」


「……笑えない冗談です」


「革命戦争を経験した連中は、みんなイーリスの勝利を志して戦った。あの戦争が始まる前は、まるで波乱万丈の大冒険の始まりみたいだと、誰もが心を躍らせていた。そして、この戦いで、世界が平和になるかもという、儚い幻想を抱いてもいた。だが、現実はまるで違った」


 大人になったばかり、しかも貴族として育った女性に言うべき言葉ではなかったかもしれない。だが、セレーヌも軍人であるからこそ、あの戦いで経験したことを包み隠さず話しておきたかった。


「いきなりこんな重いこと言ってすまない。……音楽でも流すか」


 俺は備え付きのラジオの周波数を、偶然流れていたクラシックに合わせる。貴族=クラシックというのは偏見なのかもしれないが。


「……」


 セレーヌは目を閉じ、無言で音楽を聞いていた。表情も柔らかくなっており、どうやら気に入ったようだ。

 そうこうしているうちに、ブルク州に入ったことを告げる看板が目に入った。辺りには濃霧が立ち込めており、ヘッドライトを点けても、十数メートルさきがろくに見えない。


「これじゃあ、かなり近づかないと、どこになんの店があるかもわからない。昼飯のパンでも買っておこうと思ったんだが」


「まだ八時過ぎですよ? いま買っても、お昼ごろにはパンが冷めてしまいます」


 そっちか。


「そうだな。じゃあ、クルス州に入ってから――」


 俺は即座に車を止める。


「どうしました?」


 革命戦争当時に嫌でも聞いた音が遠くから聞こえる。ブルク州には軍の施設はない。なら待ち伏せされていた? いや、巡回中の部隊かもしれない。いずれにせよ、この状況は危険だ。


「セレーヌ。車を降りて、右にある茂みに隠れろ」


「わかりました!」


 セレーヌは拳銃を手にし、即座に言われたところへ駆け出した。俺はそれを確認してから、車を低速で走らせ、音がする正面へと進む。今回の作戦は非公式なため、俺は軍服を着ていないし、一般人はもちろん、軍人でもごく一部の者しかしらない。事情を知らない人間からすれば、軍のバッジを付けている“一般人”というのは、かなり異常だ。下手すると軍人を殺害して奪ったのかと勘違いされてしまう。ここは、一般人としてやり過ごすほうが得策だ。


「……素通りしてくれよ」


 俺は途中でバッジを外し、そのまま前進する。


「やっぱりか」


 霧の中から姿を現したのは戦車だった。一輌だけだが、それでも威圧感は別格。周りには六名の兵士がいる。最前を歩いている兵士がこちらに近寄りながら声をかけてきた。


「ちょっといいですか? 近頃、反政府勢力の動乱の頻発で治安が悪くて、一定のあいだ、特例で戦車を用いた巡回をしているんです」


 待ち伏せという予想が外れたおかげか、安堵の息が漏れる。


「お勤め、ご苦労様です」


「どちらへ?」


「ブルクにいる友人と久しぶりに会う約束がありまして、こうして早朝から車を出してきたわけです。霧が濃くて、冷や汗をかきながら運転してきましたよ……。何回経験しても慣れませんね」


 クルス州にいる≪五つ子≫のひとりを始末しに行くんです、などは口が裂けても言えない。言ってもわからないだろうが。


「まったくです。この霧には私たちも苦労してますよ。そう言えば、イーリス軍でも採用されている車に乗られているとは、中々渋いですね。私も自家用に欲しいんですが、懐の事情が芳しくなくて」


「私も、こいつを買うのには苦労しました。またしばらくは飲酒を控えないと……。お互い苦労しますね」


「ええ、まったくです」


 彼は運転席を一瞥(いちべつ)した後、荷台に視線が移っていった。あまり凝視されると、荷物の中身がバレてしまうかもしれない。


「それ、釣り竿なんです。ブルクは湖があるから、友達とはよく行くんですよ」


「おお、釣りですか。いいご趣味ですね」


 荷台はあまり調べず、彼はこちらに戻ってきた。かなり気さくな人間だったのが功を奏したのか、つつがなく切り抜けられそうだ。ある程度距離が離れてから、機を見てセレーヌのところへ戻ろう。


「時間を取らせて申し訳ありません。では、我々はこれで」


「いえいえ」


 兵士はそう言って、隊列に戻る。部隊と自分の車が交差して、少しずつ離れていく。一メートル、五メートル、十メートル、よし、これで――

 それなりの段差から落ちたのか、大きめの衝撃が車を襲い、荷台から重い金属音が響いた。驚いてサイドミラーを見ると、銃身が斜め横に倒れ、一部露出してしまっている。一見しても銃とはわからないが、音と大きさから、軍人ならなにかしらの武器だと推察する可能性が高いだろう。案の定、兵士たちがこちらを向いている。


「すいません! その荷台に乗っている釣り竿ですが、念のため調べさせていただいてもよろしいでしょうか!」


 さきほど話した彼が再び駆け寄ってくる。柔和な顔をしているが、目が笑っていない。


「申し訳ないんですが、約束の時間が迫ってまして……」


「お時間は取らせません。その包みを解いていただくだけで結構ですから」


 俺は渋々車を降り、彼とともに荷台へ向かう。まだ最初の目的地にも着いていないのに、どうしてこうも不幸な場面に出くわしてしまうのか。あの戦争を生き抜いた時点で運のほとんどを使い果たしたのかもしれない。


「お願いします」


 セレーヌがなにかしてくれるのではと淡い期待を寄せたが、すぐに諦めた。

「わかりました」


俺は銃器類を隠していた包みを解く。中身を見た彼の表情が一瞬で凍り付いた。

「――これはどういうことだ!」


彼は俺に銃を向ける。怒号に反応して、ほかの兵士も集まってきた。


「……これ、対戦車ライフルか?」


「どう考えても一般人が持てる代物じゃない」


周りの兵士が口々に話す。


「俺は、イーリス軍のロイ・トルステン少佐だ。訳あって、極秘作戦に従事している。疑わしいなら、カニアの軍本部に確認を取ってみてくれ」


「ロイ・トルステン少佐?」


「そうだ」


 嘘だと思っているのだろう。彼を含め、兵士たちはあからさまに俺に疑いの目を向けている。


「正式な軍人ならバッジがあるはずだ。それを見せてくれ」


 そう言われ、俺はバッジを差し出す。本物であることを確認すると、彼は安堵の表情を見せた。


「……本物だな」


「わかってくれたか」


「ああ。では死んでくれ」


 あまりに突拍子もない言葉が発せられた直後、一発の銃声が辺りに響き渡った。








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