鉄血のワルツ
「足が……!」
さきほどまで気さくに俺に話しかけていた男は激痛に狼狽え、自身の太ももにできた銃創を手で必死に抑えていた。かく言う俺は、銃撃に反応して懐のナイフを抜き、発射された弾丸を弾いた後、荷台に置いてあった二丁の銃を手に取り、車のフロントまで移動して身を隠していた。久しぶりの戦闘行為は不安だったが、体はしっかり覚えていたようだ。
「太ももに穴開けておいてなんだが、俺は君たちと交戦する意思はない! 繰り返すが、俺はイーリス軍のロイ・トルステン少佐だ! 今すぐ本部に確認してくれ!」
こちらの呼びかけに対する返事はない。聞こえてくるのは、撃たれた男のうめき声と、彼を励ます声だけだった。声は遠ざかっており、一度戦車付近まで戻っているのだろう。俺は運転席にあるバックパックを手に取り、霧に紛れられるようかなり後方へと下がった後、セレーヌの元へ大回りしつつ全速力で向かった。
「セレーヌ、ケガはないか?」
俺がセレーヌの元へ向かったことで風が強く吹き、彼女はかなり驚いた様子でこちらを向いた。振り向いたさきにいるのが俺だとわかった途端、顔に穏やかさが幾ばくか戻った。
「は、はい。大丈夫です。ロイさんこそ大丈夫ですか? さきほど銃声が聞こえましたが……」
「無事ならいいんだ。それと、さっき銃声に関しては問題ない。それより、おつかいを頼まれてくれるか」
「おつかいですか?」
セレーヌの手が震えている。初めての実戦に加えて、相手はどういうわけか正規軍だ。緊張と混乱が混同しているに違いない。
「大丈夫だ。君は絶対に死なない。“革命の英雄”が付いているんだからな」
彼女の肩に手を置き、俺はできる限り穏やかな口調で励ました。正直に言うと、英雄という言葉は好きではない。その称号は、命を賭して、そして散っていった者たちに手向けられるべきだ。
「……ありがとうございます、ロイさん。もう大丈夫です」
「よし。では、ブルクに向かい、公衆電話でカニアの軍本部に連絡をして、ジェラルド博士に伝言を伝えてほしい。『ブルクへ向かう途中、イーリス正規軍と思しき部隊による攻撃を受けて交戦状態に突入。状況判断により、敵性勢力を排除する』と」
「え、殺すんですか?」
「そうだ」
「しかし、あの方たちは、イーリス正規軍なのではないでしょうか?」
「その正規軍の思しき連中がいきなり発砲してきたんだ。しかも、俺がちゃんとした軍人だと確認したうえでな。どう考えたっておかしいだろう? 考えられるのは、奴らが――」
セレーヌに状況を説明している最中、空気を切り裂く轟音とともに爆発音が響く。茂みのあいだから音のした方向を見てみると、俺たちが乗っていた車が木っ端微塵に破壊されていた。戦車による砲撃だろう。兵士たちは“遺体”を確認できなければ、確実に付近一帯を捜索しに来る。そうなってはここも危険だ。
「詳しい事は落ち着いたら話そう。まずは本部に連絡を頼む。『ロイ・トルステン少佐から緊急の伝言』と言えば取り次いでもらえるはずだ。もし識別番号を訊かれたら、このメモに書いてあるのを読み上げればいい」
そう言って、俺は“IM21687173”と書かれたメモ用紙を渡す。
「あらかじめ紙に残しているなんて、用意周到ですね」
「いや、長いから覚えるのがめんどくさくて、必要なときにいつも見ながら読み上げてるんだ」
セレーヌは少しだけ笑った。
「とにかく、あいつらに発見されないよう、姿勢は低くして、大回りしていけよ」
「はい。ロイさん、ご武運を」
セレーヌがブルクに向かって走り出してから数十秒もすると、霧が少し晴れてきていた。視界が良くなるほど、こちらが発見される可能性が高まり、数的不利が顕著になる。見晴らしがよくなる前に兵士だけでも片付けられればいいのだが。タイミングを見計らって俺は道路に飛び出し、セレーヌが見つかる確率を少しでも下げるための陽動として、対戦車ライフルを上空に向けて発砲する。
「あっちからだ! 油断するな! 射殺してかまわん!」
発砲音を聞きつけた兵士たちのうちのひとりが発した叫び声を皮切りに、少しずつほかの兵士の声が聞こえてきた。心臓の鼓動が早くなる。十年ぶりの本格的な戦闘に対する緊張か、それとも、再び戦えることへの喜びか。
「やるか」
両手に構えた対戦車ライフルの銃身は短く切り詰められている。十年前、博士に頼んで製作してもらった得物だ。高められた機動性を活かすため、格闘戦を想定したコンバットナイフが銃剣として銃口付近に括り付けられており、結果として長さは九十センチメートルほど。垂直に持って動くと地面に当たってしまうため、最低でも斜め前の角度を意識して持たなければならない。徹底した軽量化が図られたおかげで、重さは一丁につき九キロほどだ。常人なら、両手を使えば立った状態でも構えられるが、銃身を切り詰めたことによって激増した反動には耐えられない。人ならざる者の使用を前提にした、荒唐無稽な銃だった。
最初に見えた敵の腹部に向けて右腕に構えているライフルを発砲する。大きな反動が、右腕の骨や筋肉を容赦なく襲う。しかし、反動は耐えられないほどではない。何より、この痛みが懐かしかった。大口径の銃の助けを得て放たれた大きな弾丸は、相手の腹部など容易に貫通し、偶然にも後ろにいたもうひとりの兵士の腹部に当たった。ひとり目は腹部に大穴を開けられ、腸や背骨を確認できる。被弾のショックによるものなのか、声を出すこともなく、湧き水の如く溢れ出てきている血の海に沈む。もうひとりは弾が貫通しなかったようで、弾丸の破片によって内部からズタズタに引き裂かれた腹部を抑えて絶叫していた。兵士は残り三人。
「くそ! 二名やられた!」
こちらの発火炎から俺の位置を割り出したのか、ほかの兵士が撃ってくる。それをひらりと躱わし、全速力で懐へ忍び込んだ瞬間、すかさず銃剣で相手の胸部を刺した。突き刺さったままで激痛に悶える兵士を、もうひとりの兵士に向かって投げつけ、同じ方向へ跳躍。敵の頭上に差し掛かったところで、ライフルで頭部を撃ち抜く。歩兵はあとひとりだが、姿が見えない。
俺は戦車のほうに目をやる。外の兵士と連絡が取れないため、乗組員たちは攻撃することを躊躇していたのだろう。ましてや霧の中では、下手に攻撃すれば味方も巻き込みかねない。それは、俺にとって好都合だった。そうこう考えているうちに、キューポラから兵士が顔を出してきた。絶好の隙を見逃すわけにはいかない。
「が……あ……!」
体に装備していた別のナイフを投げ、銃座に付こうと出てきた兵士の喉を穿つ。噴水のように噴き出す血を必死で抑えている兵士の腰から手榴弾を奪い、ピンを抜いて彼とともに戦車内部に放り込む。敵が逃げられぬよう、キューポラの蓋を強引に足で塞ぎ、爆発するのを待つ。爆発音が響くのを耳にした後、内部を見渡して、肉塊しか存在しないことを確認し、俺は最後のひとりを探す。霧はほとんど晴れてきていた。
「化け物め、死ねえええ!」
戦車の影から出てきた兵士が、半狂乱状態でこちらに突っ込みながら銃を乱射してきた。背後からの急襲だったので少し驚いたが、狙いの定まっていない銃など恐るるに足らない。彼の銃から放たれた弾丸は避けるまでもなく、むなしく空を裂いた。
「よくも仲間を! くそ、くそ! ぶっ殺してや――」
接近して銃剣を振り抜き、彼の頭部を切り飛ばす。首から下の体は一瞬だけ走り続け、そして崩れ落ちた。
銃声も、叫び声も、人が発する音はなにも聞こえない。数秒後に耳に届いたのは、吹き飛ばされた首が地面に落ちる音だった。
兵士たちの死を悼むかのように沈黙が辺りを包む中、俺は手ごたえと恐怖を覚えていた。十年のブランクをほとんど思わせないような動きで戦えたのは、今後の任務にプラスに働くだろう。だが、それだけの長い期間戦場を離れ、久しぶりに――しかも自分が手にかけた――死体を見たというのに、なにも感じなかった。どちらかと言えば、勝利したことへの優越感さえある。
「ロイさん! ご無事でしたか!」
十数分ほど経った頃、セレーヌが遠くで叫びながら駆け寄ってきた。
「大丈夫だ。連絡はうまくいったか?」
「はい。ブルクにいる警察に手を回して対処するそうです。それと、ロイさんに今回の戦闘についての報告をしてほしいと言われました」
何かと疑問の多い今回の出来事について聞かれるのは承知していた。とりあえず、自分の推測を含め、さきほど起こった一連の事実を博士に伝えよう。
「それ、こういうときのために持ってきたのですね」
そう言いつつ、セレーヌは俺の両手にある銃を見る。その通りだ、備えあれば憂いなし。まあ、この銃のせいで戦闘になったんだが。
「ああ。十年前に使ったっきりだったが、うまく使いこなせたよ」
セレーヌの顔が少々強張っている。この異形の銃もそうだが、返り血を浴びた自分と、そこらに倒れている死体が怖いのだろう。戦闘が行われた場所から五十メートルほど離れた場所で話してはいるが、ここからでも十分見える。
「セレーヌ。さっき俺は、あいつらを攻撃する理由を言いそびれたな。その説明をさせてくれ」
「そう言えばそうでしたね。では、お願いします」
「イーリスの軍法によれば、よほど特異な状況でもない限り、味方殺しは重罪。即銃殺刑レベルの所業だ。それを、あいつらはわざわざ俺が正規の軍人、ロイ・トルステン少佐だと判別したうえで攻撃してきた。なにか裏があると思わないか?」
「普通に考えればおかしいですね。でも、味方を攻撃する理由なんて……」
「奴らが、正規軍に変装した、別の勢力の人間だとしたら?」
俺の話の裏が取れたとわかった途端に銃を向けてきたことから考えるに、待ち伏せではないにせよ、俺のことを探していた可能性が高い。
「……近頃よく耳にする、反政府勢力の人間でしょうか?」
「その線が濃厚だな。もしかすると、作戦の情報が漏れているのかもしれない。もし反政府勢力の者だとしたら、これから向かう州にいる連中に今の俺たちの事が伝わって、作戦の遂行がより困難になるかもしれないだろ? だから、俺は奴らを全滅させることにしたんだ」
「そこまで考えていたのですか……」
情報の漏洩は、考え得る最悪の状況だ。とにかく、博士に確認を取らなければ。
「経験がなければ、誰だってああ思う。もちろん俺でもな。とにかく、今日はブルクで休もう。ホテルの部屋が空いているか確認しに――」
戦車が轟音を立て、主砲の照準をこちらに合わせつつ近づいてきている。おそらく、最初に太ももを撃たれた男が操縦してるのだろう。あいつの死体だけは確認していなかった。しかし、戦車をひとりで動かすのは不可能だ。あれでは――
「ロイさん!」
ただの棺桶だ。
「蛮勇だな。逃げていれば“勝てた”というのに」
戦車が走行を止めた。間違いなく砲撃準備に入っている。もちろん、そのような時間を与えてやるつもりは毛頭ない。俺はすかさず、戦車の装填手のいる箇所に向かって射撃を行う。しかし、弾丸は装甲を軽くへこませる程度で、すべて弾かれてしまった。
「堅いな……」
十年前の戦車に対してなら得物の弾で容易く貫通していたこともあってか、この結果は非常にショックだった。なら、奥の手で行くしかない。俺は、銃を置いて十数メートルほど離れた戦車に向かって走る。
「ロイさん、なにを!」
戦車に到着した後、即座に主砲を両手で抱きかかえ、上に向かって思いっきり力を込める。
「見てわからないか! 主砲を曲げるんだ!」
主砲を無理やり上に曲げ、射角を取れないようにする。車体の中から砲弾が装填された音がすると、主砲が下がり始めた。位置を調整しているのだ。
「ロイさん! 危ないです!」
俺の持ち上げる力と、下に向かおうとする戦車の力が同時に主砲へと伝わり、嫌な音が響いてきた。そのまま数秒ほど経った瞬間、主砲は大きな音を立てて、真っ二つにへし折れた。
次の瞬間、爆音とともに、砲弾が斜め上に向かって発射された。短くなった砲身から撃ち出された砲弾は、空気の強い抵抗を受け、あらぬ方向へ飛んでいく。俺は、戦車の砲塔上部に上がり、キューポラから中にいる男に向けて拳銃を発砲する。怒りに燃えていた男は、眉間に弾が当たると、首をもたげた。
生き残りが死んだことを確認し、セレーヌの下へ戻る。
「さあ、ブルクに行こう。戦った者には休息が必要だ」
「……申し訳ないのですが、少しだけお時間を取らせていただいても?」
「構わないが、どうするんだ?」
「さきほど戦死した方たちに、祈りを捧げたいのです」




