# 第6話:剪定された才能は、一撃で悪意を断つ
ハサミの心地よい金属音が響いた瞬間、世界が、一瞬だけ静止したように感じられた。
「……え?」
ガルバの凶刃が迫る直前、シアが驚愕に目を見開く。
俺の『剪定』によって、彼女の体内で暴れていた魔力の歪み――恐怖の記憶や自己否定、そして間違った力の動かし方という『無駄な雑草』が、根こそぎ綺麗に切り落とされたのだ。
せき止められていた奔流が一気に決壊するように、シアの身体の中心から、黄金の眩い魔力が爆発的に吹き荒れた。
五感覚が研ぎ澄まされ、彼女の持つ固有スキル『聖剣術』が、本来あるべき「完璧な形」へと急成長を遂げていく。
「な、なんだこの光は……!? こいつ、魔法使いだったのか!?」
迫りくるガルバが、シアの放つ圧倒的な威圧感に気圧され、思わず足を止めて顔を引きつらせた。
だが、もう遅い。
「アルト様が……私の道を、整えてくださった……」
シアの瞳に宿る琥珀色の光。
彼女の動きから、すべての迷いと硬さが消え去っていた。武器など持っていない。しかし、彼女が右手をそっと引き、半身に構えたその瞬間、周囲の空気がまるで鋭利な刃物に変わったかのような錯覚を覚える。
「ハ、ハッタリだ! 死ねぇ!」
ガルバが恐怖を振り払うように叫び、全力で剣を振り下ろす。
Cランク冒険者の本気の一撃。並の人間なら反応すらできずに両断される速度。
しかし、今のシアにとっては、止まっているも同然だった。
シアは最小限の動きでガルバの剣筋を紙一重でかわすと、そのまま懐へと潜り込む。
そして、引き絞った右の拳を、ガルバの分厚い鎧の胸当てへと叩き込んだ。
「はっ――!」
ドッゴォォォォン!!!
大通りに、肉体同士がぶつかり合う音とは思えない、凄まじい衝撃音が轟いた。
衝撃の余波で地面の土埃が円状に吹き飛ぶ。
「が、ふっ……!?」
次の瞬間、ガルバの巨体がまるで大砲の弾のように真後ろへと吹き飛んだ。
鉄製の強固な胸当ては見事にベッコリと凹み、ガルバは背後の路地の壁に激突して、そのまま白目を剥いて地面に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。一撃での完全な気絶だ。
「ガ、ガルバさんが……一撃……!?」
「バカな、ガルバさんはCランクの重戦士だぞ!?」
残された二人の仲間が、腰を抜かしたようにガタガタと震え始めた。
武器も持たない、さっきまで怯えていたはずの若い娘が、一瞬で自分たちのリーダーを文字通り「吹き飛ばした」のだ。あまりの現実離れした光景に、彼らの頭は完全にパニックを起こしていた。
シアは冷徹な眼差しを、残る二人へと向ける。
ただ視線を向けられただけで、二人の冒険者は悲鳴を上げて剣を放り出した。
「ひ、ひぃぃぃっ! 助けてくれ!」
「ごめんなさい! 悪気はなかったんです!」
二人は気絶したガルバの両脇を抱えると、這う失意のまま、一目散に大通りの向こうへと逃げ去っていった。
あっという間の幕引きだった。周囲で遠巻きに見ていた野次馬たちからも、呆然とした静寂のあと、地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
「……ふぅ」
シアは深く息を吐くと、体から溢れていた黄金の魔力をスッと体内に収めた。
そして、先ほどまでの冷徹な戦士の顔から、一瞬でいつもの「従順な少女」の顔へと戻り、嬉しそうに俺の元へと駆け寄ってきた。
「アルト様! やりました! 悪い人たちを退治できました!」
「お、おう……凄いな、シア。まさかあいつを一撃なんて」
俺が呆然としながら言うと、シアはぶんぶんと首を横に振った。
「いいえ! 私の力ではありません。アルト様が、私の体の中にあった『嫌な突っ張り』をハサミでチョキンと切ってくださったから、体が信じられないくらい軽く動いたんです! すべてはアルト様の『剪定』のおかげです!」
シアは俺の手を両手でぎゅっと握りしめ、キラキラとした瞳で見上げてくる。
自分の手柄などこれっぽっちも思っていない、100%の信頼と感謝。その真っ直ぐな好意が、やっぱり俺には少し眩しすぎる。
「あ、ああ……役に立てたなら良かったよ。でも、これからはあんまり目立つと、色々面倒なことになるかもしれないな」
特に、あのガルバの雇い主である伯爵の耳に入れば、無能と罵って追い出した俺がこんな規格外の美少女を連れていること、そしてその美少女が伯爵家のお抱え冒険者を一撃で倒したことが知れ渡ってしまう。
「アルト様が困るようなら、次はもっと静かに、気配を消して一瞬で片付けます!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
ズレたやる気を見せるシアに苦笑いしつつも、俺は自分のハサミをそっと見つめた。
人々の身に纏う衣服、そして内なる才能すらも、このハサミは正しく『剪定』し、開花させることができる。
伯爵邸を追い出された時はどうなることかと思ったが、この能力があれば、俺たちはどこでだって生きていける確信が持てた。
「よし、シア。少し騒ぎが大きくなっちゃったし、別の通りに移動して、今度こそ何か美味しいものでも食べに行こう」
「はい! アルト様! 私、アルト様となら、どこへでもついて行きます!」
こうして、クビになった庭師と、覚醒した元奴隷の美少女の、世界を驚かせる気ままな旅が幕を開けたのだった。
(第6話 終)




