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# 第36話:地の民との初遭遇と、古代語の奇跡



 ――タッ、タッ、タッ。


 通路の奥から響いてきたのは、三人分の硬い足音。

 現れたのは、灰色の石を切り出したかのような鎧を身にまとった兵士たちだった。

 身長は俺よりも頭一つ分ほど低い。地下で長い年月を過ごしてきた種族なのだろう、肌は病的なまでに白く褪せている。

 特筆すべきはその「目」だ。地上の人間よりも一回り大きく、暗闇の中でらんらんと怪しく光るそれは、まるで獲物を狙う猫のようだった。

 腰にはぐにゃりと湾曲した異形の短刀、手には妖光を放つ地脈石が埋め込まれた短槍。その無駄のない佇まいだけで、彼らが修羅場をくぐり抜けてきた熟練の戦士だと分かった。


(……チッ、最悪のタイミングだな)


 彼らは俺たちの姿を捉えた瞬間、明らかに動揺を見せた。そりゃそうだ、こんな地下の最深部に地上人がいるなんて想定外もいいところだろう。

 すぐさま槍を構え直し、何事かを激しく叫び散らす。


「@§&*¥ーーッ!!」


 何を言っているのか、さっぱり分からない。

 ゴロゴロと石を転がすような、酷く重低音の効いた独特の言語だ。


「フィリア、翻訳はいけるか?」


「す、少し……待ってください……っ」


 フィリアが白銀の杖を胸元に掲げ、必死に古代魔法の感知を走らせる。集中でその可愛い瞳がわずかに細められた。

 横を見ると、エルダもすでにいつでも動けるよう、光と闇の魔力を感知モードに切り替えている。さすが、こういう時の連携は一級品だ。


「……えっと、おそらくですけど『何者だ! どこから来た!』って。あと……『一歩でも動いたら突き殺す』、と言っています……!」


「よし、フリーズだな」


「でもっ、それを伝える方法が分かりません……! 発音のベースが違いすぎて、私の声じゃ舌が回りませんっ」


 半泣きになりながら焦るフィリア。

 そんな俺たちの戸惑いを「反抗の兆し」と受け取ったのか、三人の兵士はじりじりと間合いを詰めてくる。


「――アルト様、後ろへ!」


 鋭い声と共に、シアが俺の前に割り込んだ。純白の剣の柄に手がかけられる。


「シア、剣を抜くな。刺激するんじゃない」


「……っ、御意に、アルト様」


 シアは悔しそうに前髪を揺らしながらも、素直に柄から手を離した。

 その「戦意はありません」という一連のアクションが伝わったのだろう、兵士たちの動きがピタッと止まる。どうやら言葉は通じずとも、意思表示のプロトコルは地上と同じらしい。

 俺はシアの肩越しに一歩前に出ると、両手を大きく広げて見せた。

 そして、腰のポーチからおもむろに相棒――『剪定鋏』を取り出し、刃を閉じたままゆっくりと相手に差し出す。

 これには兵士たちも、そして味方陣営もざわついた。


「アルト様、何をなさるおつもりですの!?」


 エルダが小声で突っ込んでくる。


「これが俺の武器だと見せる。剣でも槍でもない、ただのハサミだ。これが武器に見えないくらい相手の知能が高ければ、戦闘目的じゃないことくらいは伝わるだろ」


「……ハァ、どこまでも合理的な人ですわね。いいでしょう、万が一の時はわたくしが消し飛ばしますから、下がっていてください」


 エルダが俺の横にすっと並んだ。その指先には、いつでも極大魔法を展開できるよう薄く高密度の魔力が編み込まれている。

 二人の美女にガードされつつハサミを突き出す俺。……客観的に見て、だいぶシュールな絵面だな。

 兵士たちは剪定鋏を見つめ、互いに顔を見合わせている。完全に困惑の極みだ。

 当然だろう。地下深くまで侵入してきた不審な地上人が、堂々と差し出してきたのが「ただの園芸用品」なのだから。

 その、緊迫した沈黙を破ったのはフィリアだった。

 喉の奥を鳴らすような、深く石を転がす発音で、一言だけぽつりと呟いたのだ。


「――『***(ニワシ)』」


 カラン、と兵士の槍の穂先が下がった。

 張り詰めていた空気が、一瞬で瓦解する。


「……フィリア、今なんて言ったんだ?」


「『庭師』という古代語です……っ。地脈を整える者、っていう意味の単語なんですけど、彼らの言語にもその概念が残っていたみたいで……!」


 ふにゃあ、と緊張の糸が切れたように息を吐き出すフィリア。

 そのまま、上気した顔で俺の袖をぎゅっと掴んできた。


「す、すごく怖かったですぅ……!」


「よくやった、ファインプレーだ」


「もう、必死だったんですからね……!」


「フィリア、すごいですっ!」


 シアが目をきらきらと輝かせてフィリアの両手を握る。


「私には呪文にしか聞こえなかった言葉を、たった一言で丸め込んでしまうなんて……! さすがアルト様の旅の仲間です!」


「むぅ、褒められても何も出ませんよぅ……」


 照れくさそうに、でも嬉しそうにふにゃりと笑うフィリア。可愛い。

 とはいえ、完全に警戒が解けたわけではない。

 兵士の一人が頷き、脱兎のごとく通路の奥へと走っていった。応援を呼びに行ったのだろう。残された二人は、未だに油断のない目で俺たちを監視し続けている。


「どうやら、大人しく待てということですわね」


 エルダがやれやれと壁に背を預けた。

 ……と思ったら、さりげなく俺の右隣へとスライドしてくる。

 するとすかさず、シアが左隣をがっちりキープ。さらに、穏やかながらも一切の妥協のない声で釘を刺した。


「エルダさん初めまして。そちらは私の定位置なので、あまり詰め寄らないでください!」


「あら、早い者勝ちという言葉をご存知なくて?」


 バチバチと視線で火花を散らす二人。

 この状況で修羅場を展開するのは勘弁してほしい。


「急ぐ旅じゃない。大人しく待とう」


「あの、アルト様……待つ間に、少しお聞きしてもいいですか?」


 袖を掴んだまま、フィリアが上目遣いで俺を見上げてくる。確信犯的な上目遣い、破壊力が高い。


「さっき通路の地脈を見ていましたよね? ……どんな様子でしたか?」


「ああ。健全なエリアと、完全に腐りきったエリアが、境界線みたいにはっきりと分かれてた。あの腐敗の源流は、もっと奥だ。地の民は、ここでなんとか防波堤になって押し返してる……そんな印象を受けたな」


「防衛線を張っている、ということですわね」


 エルダが腕を組み、真剣な表情になる。


「その防衛線が限界に達しつつあるから、地上の異変にまで干渉する余裕がなくなっている……と」


「追い詰められているのは、俺たち地上も、ここの民も同じってことだ」


「だから、助けに来たんですよね。アルト様は」


 シアが確信に満ちた目で俺を見つめる。


「クビにされた伯爵邸の庭も、リファルの地脈も、あのアースベアの時もそうでした。アルト様は、そうやって苦しんでいるモノを絶対に放っておけないお方ですから!」


「……買いかぶりすぎだ。俺はただの庭師だよ」


「ぜんぜん違いますっ!」


「……アルト様、敵意自体は本物ですわよ」


 エルダの声音が少しだけシリアスに沈む。


「甘く見れば、後ろから刺されますわ」


「分かってる。でも――根腐れを起こして苦しんでいる木を、俺は『敵』とは呼べない」


 その言葉に、エルダは呆気に取られたように俺の顔を見つめ……やがて、観念したように深い溜息を漏らした。


「……はぁ。本当に、お人好しが過ぎますわね」

 その時。

 通路の奥から、再び足音が戻ってきた。

 今度は一人や二人じゃない。地響きのような重い足音が、複数、暗闇を震わせて近づいてくる。

 シアが自然に俺の前に立ち、フィリアが俺の袖を握る手にぎゅっと力を込める。

 エルダの指先に、静かに魔力の火花が散った。

 俺は相棒の剪定鋏を握り直し、静かにその足音を待った――。


(第36話 終)

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