# 第32話:亡霊の迷い森と、四人の出発
学園の演習場を文字通り震撼させた翌日。
エルダは「あんな頭の固い方々の場所、こちらから願い下げですわ」と、ルクレツィア公爵家にも学園にもあっさりと見切りをつけ、私物をまとめたトランク一つで俺たちの宿へとやってきた。
これで俺たちのパーティは、俺(庭師)、シア(前衛剣士)、フィリア(古代魔導士)、そしてエルダ(光闇の僧侶)の4人編成となった。
宿の一室。机の上に広げられたのは、エルダが大図書館から「正当な手続きで」借り出してきた、大陸の古代地脈地図だ。
「アルト様、ご覧になってくださいまし。これがこの大陸を流れる魔力の血脈――『地脈』の最古の系譜図ですわ」
エルダが白く細い指で地図の一点を示す。
そこは、オルトヴィンからさらに北に位置する、不気味な広葉樹林のマークが描かれた未開の地だった。
「帝国がひた隠しにしている記録と、わたくしの頭脳に眠る知識を照合いたしましたの。……現在、各地で発生している『悪意のツタ』。そのすべての汚染源流は、この『亡霊の迷い森』の奥底にあると見て間違いありませんわ」
「亡霊の迷い森……。あそこは確か、Aランク以上の冒険者パーティでも生きては戻れないと言われる、呪われた特級危険地帯のはずですが……」
シアが琥珀色の瞳を険しくさせ、机の上の地図を見つめる。
「ふふん、大丈夫ですよシアさん! 私の古代魔法の結界があれば、どんな呪いだって跳ね返してみせますから!」
フィリアが胸を張ると、エルダがフッとエレガントに微笑み、その豊かな胸元を強調するように腕を組んだ。
「あら、フィリアさん。古代魔法は確かに強力ですが、緻密な魔力制御がなければ、森の歪んだ地脈に術式ごと喰われてしまいますわよ? 盾としての防御も、汚染の浄化も、すべてわたくしの魔法にお任せいただければ、アルト様の手を煩わせることはありませんのに」
「な、なんですって~!? エルダさん、新入りのくせに生意気です!」
「生意気ではなく、事実を述べているまでですわ。ねえ、アルト様?」
エルダがすかさず俺の隣に滑り込み、長い黒髪を揺らしながらオッドアイの視線を投げかけてくる。眼鏡を外した彼女の美貌は、近くで見ると本当に破壊力が凄まじい。
「……エルダさん。アルト様の隣は私の定位置です!あまり気安く触らないでほしいです!」
シアが音もなく俺とエルダの間に割り込み、牽制する。
「おやおや、護衛のシアさんは一歩下がって周囲を警戒するのがお仕事ではなくて?」
「アルト様の『盾』になるのが私の役目です!エルダさんは一歩下がっていてください」
バチバチバチ……!!
部屋の中に、物理的な火花が見えるほどの凄まじい視線の応酬が始まる。
フィリアも「あーっ! シアさんずるいです! 私もアルト様の隣がいいですー!」と参戦し、俺の両腕と背後は一瞬で三人の美少女たちに占拠されてしまった。
「みんな、落ち着いてくれ。旅に出る前からパーティが内紛で壊滅しちゃ笑えないから!」
俺が苦笑しながら、三人の頭を順番にぽんぽんと撫でていく。
ハサミを握るこの手で優しく触れられると、不思議と彼女たちの荒ぶる魔力と嫉妬の炎が、すぅ、と心地よく凪いでいく。
「うぅ……アルト様に免じて、今は休戦です」
「……アルト様がそう仰るなら、仕方がありませんわね」
「むぅ、シアさんもエルダさんも、油断大敵ですからね!」
なんとか理性のハサミで修羅場を剪定し終えた俺は、改めて地図の目的地を見据えた。
「よし、明日の早朝にオルトヴィンを発つ。目指すは『亡霊の迷い森』だ。みんな、最高の『手入れ』をしに行こう」
「「「はい、アルト様!」」」
三人の少女たちの力強い返声が、静かな部屋に響き渡った。
(第32話 終)




