# 第22話:押し寄せる黒、そして想定外の変異
「突撃ィィィッ! 街に一歩も通すんじゃねえぞ!」
ボルドの大声が平原に響き渡り、前衛の冒険者たちが一斉に魔獣の群れへと躍り出た。
大剣から激しい炎の魔力を吹き出させたボルドが、先頭のワイルドボアを真っ二つに叩き斬る。腕の歪みを切り落とされた彼は、以前の全盛期をも上回る動きを見せていた。
「シア、左から回り込んでくるウルグの群れを。フィリア、空の怪鳥を引きつけてくれ」
「はい、アルト様!」
二人が同時に動く。
シアが地を蹴り、黄金の残光を残しながら神速のステップで駆け抜けた。純白の剣が閃くたび、魔獣の首が綺麗に宙を舞う。無駄な動きが一切ない、まさに洗練された庭師のハサミのような太刀筋だ。
一方でフィリアは、新調した『白銀の霊樹の杖』を高く掲げていた。
「――『純白の雨』!」
彼女の紡いだ古代文言とともに、杖の先端から放たれた無数の光の矢が、空を覆っていた怪鳥の群れを正確に撃ち落としていく。霊樹の杖が彼女の膨大な魔力を完璧に制御していた。
「おいおい、あの二人の新人、マジで化け物かよ!」
「これならいけるぞ! 押し返せ!」
二人の圧倒的な無双ぶりに、崩れかけていた冒険者たちの士気が一気に跳ね上がる。
数百いた魔獣の群れは、ものの十数分で半分以下へと数を減らしていた。
(……いや、おかしい)
俺は戦況を見つめながら、じっと腰の剪定鋏に手を置いていた。
『剪定』の目で見つめる平原の地脈。魔獣をいくら倒しても、地下を流れる「どす黒い悪意のツタ」は一向に衰えていない。むしろ、倒された魔獣たちの血と魔力を吸い上げて、さらに巨大に膨れ上がっている。
その時、平原の奥深くから、空間そのものが軋むような、おぞましい咆哮が轟いた。
「――グゥォォォォォォォォンッ!!!」
地響きと共に現れたのは、通常の三倍はある巨体を持った、禍々しい二足歩行の熊――『アースベア』だった。
だが、その姿は異常だった。本来なら茶色い毛皮はどす黒く変色し、全身の皮膚を突き破るようにして、赤黒く脈打つ「結晶」が異常増殖して突き出している。
「な、なんだあの姿は……!?」
「アースベアの変異種……!? 待て、放っている魔力が、Bランクどころじゃねえ、Aランク上位の災厄級だぞっ!?」
冒険者たちに、一瞬で絶望が伝染する。
ガァァァンッ!
変異したアースベアが、その巨大な剛腕を地面に叩きつけた。
直後、衝撃波と共に、地脈から噴き出したどす黒い魔力の棘が、最前線にいたボルドたちの足元から突き上げる。
「がはっ!?」
ボルドが炎の盾を展開するが、圧倒的な質量に耐えきれず、大剣ごと遥か後方へと吹き飛ばされた。前衛の防衛線が、一撃で、文字通りバラバラに粉砕されたのだ。
「ボルドさん!」
フィリアが叫び、すかさずアースベアへ向けて純白の熱線を放つ。
ドガァァァン! と、直撃の爆音が響いた。
しかし――。
「え……嘘、でしょ……?」
煙の向こうから現れたアースベアは、皮膚に生えた赤黒い結晶にいくつかの亀裂が入っただけで、ほとんど無傷だった。その結晶は、周囲の歪んだ魔力を急速に吸収し、フィリアの魔法の威力を「相殺」してしまったのだ。
アースベアの血走った目が、自分に手痛い一撃を喰らわせたフィリアへと向けられる。
凄まじい突進速度。巨体に似合わぬ神速で、アースベアがフィリアとの距離を詰める。
「しまっ――! フィリアから離れろっ!」
シアが間に入ろうと突っ込むが、アースベアの周囲に渦巻く強烈な魔力の嵐に足止めされ、一歩遅れる。
「ひっ……!」
目の前に迫る、山のような巨躯と、引き裂かんと振り下ろされる漆黒の爪。
フィリアは恐怖で身体を硬直させ、その場にへたり込んでしまった。
盾となる前衛は全滅。シアは間に合わない。
完璧に見えた最強の布陣に、一瞬にして最大の『ピンチ』が訪れた。
(――まったく。手入れのしがいがある、最悪の『大雑草』だな)
だが、その絶望の瞬間。
絶体絶命のフィリアの前に、静かに滑り込むようにして立つ、一人の冴えない男の背中があった。
「アルト、様……?」
「大丈夫だ、フィリア。よく持ちこたえてくれた」
俺は、頭上から振り下ろされるアースベアの巨大な爪を見上げながら、腰のポーチから愛用の剪定鋏を、ゆっくりと、だが確実に抜き放った。
(第22話 終)




