# 第20話:霊樹の剪定と、至高の依り代
「おいおい、本気か……? 銘木とはいえ、そいつは一流の職人たちがサジを投げた『死に木の塊』だぞ。ハサミなんかでどうこうできる代物じゃない」
老店主が呆れたように白髭を揺らす。
だが、俺の耳には店主の小言も、兵装街の喧騒も、もう届いていなかった。
視界を『剪定』の目へと完全に切り替える。
黒い霊樹の枝の内部――そこには、幾重にもねじれ、お互いの首を絞め合うように複雑に絡み合った「木理の迷宮」が広がっていた。
霊樹ゆえの圧倒的な生命力が、間違った成長のせいで完全に内側で衝突し、魔力の通り道を自ら塞いでしまっている。
(この、一番深くで燻っている『芯の歪み』を――間引く!)
絡み合った漆黒の繊維の奥深く、一本のどす黒く歪んだ『無駄な節目』が、ハッキリと赤い線となって浮かび上がった。
俺は迷わず、愛用の剪定鋏の刃をその隙間へと滑り込ませ――一気に握り締めた。
チョキン――!!!
店内に、まるで最高級のクリスタルが砕け散ったかのような、どこまでも高く、澄み切った金属音が響き渡る。
「なっ……!?」
老店主が眼鏡を落としかけながら絶叫した。
刃が噛み合った瞬間、不格好だった黒い枝の表面から、ボロボロと古い皮が剥がれ落ちた。
その下から現れたのは、まるで満月の光をそのまま硬びさせたかのような、神秘的な『白銀の木肌』だった。
お互いの首を絞め合っていた繊維のねじれが一瞬で解け、根元から先端まで、まるで一本の清流のように美しい魔力の導線が一本に繋がったのだ。
「霊樹が……息を吹き返した……!? 繊維の歪みが、完全に『整えられて』いやがる……!」
老店主は机に両手をつき、信じられないものを見る目で白銀の杖を見つめていた。
どんな名工のノミも受け付けなかった頑固な霊樹が、ただの一太刀――いや、一剪定で、完璧な『魔導の依り代』へと姿を変えたのだ。
「フィリア、握ってごらん」
「は、はい……!」
フィリアが緊張した面持ちで、新しく生まれ変わった白銀の杖へと手を伸ばす。
その小さな指先が木肌に触れた、その瞬間だった。
フワッ……と、フィリアの身体から溢れ出ていたあの神聖な古代の魔力が、まるで実家に帰ってきたかのように、吸い込まれるようにして白銀の杖へと流れ込んでいった。
杖の先端が淡い黄金色の光を放ち、彼女の魔力と完全に『同調』する。
「すごい……すごいです、アルト様! 私の力が、どこにもぶつからずに、どこまでも真っ直ぐに広がっていきます……!」
フィリアは嬉しそうに杖を胸元に抱きしめた。
昨日の安物の杖とは違う。この白銀の霊樹は、彼女の規格外の古代魔法の奔流を、拒絶することも、壊れることもなく、すべてを優しく包み込んで支えている。
「……見事、と言うほかねえな」
老店主は深くため息を吐くと、落ちかけた眼鏡をかけ直した。その目には、先ほどまでの侮りは消え失せ、一人の凄腕の職人に対する畏敬の念が宿っていた。
「まさか生きているうちに、霊樹が本来の姿を取り戻す瞬間を見られるとはな。……ハサミの兄ちゃん、あんた一体何者だ?」
「ただの、庭師ですよ。不格好な枝が、ちょっと気になっただけです」
俺が笑って答えると、店主は首を振って不敵に笑った。
「庭師、ねえ。霊樹を手懐ける庭師がいてたまるか。……いいだろう、約束通り金貨四枚で譲ってやる。いや、むしろこいつが相応しい持ち主に出会えた御礼だ。おまけに、こいつをさらに補強する『魔導石』を先端に嵌めてやるよ。もちろん、代金は据え置きだ」
「そいつは助かります。ありがとうございます。」
店主は手際よく、最高品質の青い魔導石を白銀の杖の先端へと埋め込んでくれた。
これによって、フィリアの古代魔法は、暴走することなくさらに「精密に」コントロールできるようになるはずだ。
金貨四枚を支払い、俺たちは魔導具店を後にした。
最高の武器、最高の防具、そして最高の杖。
俺が『手入れ』した装備に身を包んだ二人の美少女を連れて歩く姿は、兵装街の職人たちや冒険者たちの視線を嫌でも集めてしまう。
「アルト様、本当にありがとうございます。私、この杖と一緒に、もっともっと強い魔法をたくさん練習して、アルト様の役に立ってみせます!」
「ああ、期待してるよ、フィリア」
フィリアの輝くような笑顔を見ながら、俺はふと、先ほど街の地下に感じた『歪み』を思い出していた。
手に入れた最高の装備を試す機会は、思ったよりも早く訪れそうな予感がする。
「……よし、装備も整ったことだし、一度ギルドへ戻って次の依頼を探そうか」
「「はい!アルト様!!」」
前衛のシア、後衛のフィリア。
クビになった庭師のパーティは、リファルの街の常識をさらに大きくひっくり返すため、再び活気と、俺たちへの畏怖に満ちた冒険者ギルドへと歩みを進めるのだった。
(第20話 終)




