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# 第18話:因果の果てと、二度目の驚愕



「ひっ、ひぃぃぃっ! 助けてくれッ!」

「なんでこんなにたくさんいやがるんだよ!」


『迷い子の森』の出口付近。そこには、つい一時間ほど前にフィリアを突き飛ばし、笑顔で逃げ去ったはずの三人組の冒険者たちがいた。

 彼らの目の前には、狂暴化したワイルドボアが三頭。

 本来ならCランクパーティでも苦戦する猛獣の群れを前に、彼らの武器はすでに弾き飛ばされ、地面を無様に這いずり回っていた。

 恐怖によって彼らの体内の魔力はガタガタに歪み、まるで嵐に弄ばれる雑草のように不格好に乱れ狂っている。


「おい、フィリア! どこへ行った役立たず! さっさと魔法でこいつらの気を引きやがれ!」


 リーダー格の男が、すでにそこにいない少女の名前を狂ったように叫ぶ。自分たちが生け贄として捧げたのだから、とっくに肉塊になっているだろうに。

 死を覚悟した彼らの視界に、森の奥から静かに歩み寄る三人の影が映った。

 先頭を歩くのは、腰に剪定鋏を下げた冴えない男――アルト。

 その左右には、濃紺の美しい革鎧を着こなした漆黒の美少女シアと、そして――。


「え……? フィ、リア……?」


 男たちは我が目を疑った。

 そこにいたのは、泥に塗れて泣き叫んでいた出来損ないの姿ではなかった。

 アルトのハサミによって『手入れ』され、純白の魔導衣へと生まれ変わったローブをなびかせ、エルフ本来の神聖で圧倒的な魔力のオーラを全身から立ち昇らせている、本物の『魔導士』の姿だった。


「グルァァァァッ!」


 ワイルドボアの一頭が、新たな獲物の出現を察知して、俺たちへと矛先を変えて猛突進してくる。


「フィリア、出番だ。君のその綺麗な大樹を、もう一度見せておくれ」


「はい、アルト様!」


 フィリアはもう怯えていなかった。

 ひび割れた安物の杖を真っ直ぐに構え、その愛らしい唇から、失われた古代の文言を紡ぎ出す。


「――『純白の息吹プラヴィナ・ブレス』」


 ドガァァァァァァン!!!


 再び森を白銀の閃光が包み込んだ。

 放たれた純白の熱線は、突撃してきたワイルドボアの巨体を、その細胞ごと一瞬で消滅させ、背後の立ち枯れた木々ごと遥か彼方へと吹き飛ばした。後に残ったのは、ただ美しく抉られた直線のクレーターだけだ。


「ひ、ひぎぃっ!?」


 巻き起こった凄まじい暴風に煽られ、地面に転がった男たちが、信じられないものを見る目でフィリアを仰ぎ見る。


「な、なんだその魔法は……! お前、魔法の発動が遅いだけの落ちこぼれじゃ……!」


「私は落ちこぼれなんかじゃありませんっ!」


 フィリアは男たちを冷ややかに見下ろし、毅然とした声で言い放った。


「アルト様が、私の歪みを綺麗に切り落としてくださいました。……もう、あなたたちの囮になる私は、どこにもいません」


「あ、アルト……? その、ハサミを持った男が……?」


 男たちが俺のほうを戦慄した目で見つめる。

 俺はハサミの刃をパチン、と一度鳴らし、静かに微笑んでみせた。


「さあ、シア。残りの二頭を間引いて、街へ帰ろうか」


「御意に、アルト様」


 シアが純白の剣を抜き放ち、黄金の魔力を帯びた神速の一閃を放つ。流れるような動作で残りのワイルドボアが両断され、ドサリと地面に崩れ落ちた。

 命は助かったものの、自分たちがどれほど計り知れない『至宝』をドブに捨てたのかを理解した男たちは、絶望と後悔に顔を歪めながら、ただ呆然と地面にへたり込むことしかできなかった。彼らの冒険者としての格キャリアは、ここで完全にへし折られたのだ。

 ◇

 夕暮れ時。俺たちは無事に商業都市『リファル』の冒険者ギルドへと帰還していた。

 討伐したワイルドボアの、傷一つない最高品質の素材をカウンターへ並べると、眼鏡の受付嬢は案の定、椅子から転げ落ちんばかりの勢いで絶叫した。


「ワ、ワイルドボアが四頭……!? しかも、二頭は一撃で真っ二つ、残りの二頭は……な、何ですかこれ!? 魔力で細胞ごと消滅しているなんて、高位の宮廷魔導士の仕業ですか!?」


「いいえ。これは新しく俺たちの仲間になった、フィリアの魔法です」


 俺がフィリアの背中を優しく押すと、彼女は少し照れくさそうに、だが誇らしげに胸を張った。


「特例の昇格依頼、これで達成でいいですよね?」


「は、はい! 文句なし、いえ、文句をつける人なんてこのギルドに一人もいません! アルトさん、シアさん……本日を以て、お二人を『Dランク冒険者』へと昇格いたします! そして、フィリアさんも、その実力なら一気にDランクからの特例登録となります!」


 受付嬢の宣言がギルド中に響き渡る。

 昨日、キバウサギを大量に持ち込み、Bランクのボルドを平伏させた新人が、わずか一日で、今度は最高品質のワイルドボアを引っ提げて飛び級昇格を果たしたのだ。


「おいおい、冗談だろ……ハサミの兄ちゃん、マジで何者なんだよ」

「あのエルフの娘、さっき逃げ帰ってきた奴らが『役立たず』って捨てた奴だろ……? 化け物じゃねえか……」


 酒場の冒険者たちが、畏怖と羨望の眼差しを俺たちに注ぐ。

 その中には、右腕の治療を終え、心なしか以前より引き締まった雰囲気を纏ったボルドの姿もあった。彼は俺たちを見ると、静かにエールのグラスを掲げ、不敵に笑ってみせた。


「アルト様、シア様。私、このパーティに入ることができて、本当に良かったです」


 フィリアが純白の魔導衣の裾をぎゅっと握りしめ、ひまわりが咲いたような笑顔を俺たちに向けた。


「ああ。君のその素晴らしい大樹が、これからどんな綺麗な花を咲かせるか、俺も楽しみだよ」


 俺は腰のポーチにある剪定鋏をそっと愛おしそうに撫でた。

 クビになった庭師の、世界という広大な庭を整える旅。

 最強の剣士と、失われた古代の魔導士を引き連れた俺たちの歩みは、まだ始まったばかりだった。


(第18話 終)

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