# 第17話:白銀の爪痕と、新たな芽吹き
「……な、に……これ……」
静まり返った森の中で、エルフの少女の震える声だけが響いていた。
彼女が突き出した安物の杖の先――そこから前方に向けて、文字通りの『空白』が出来上がっていた。
立ち並んでいたはずの数メートル級の巨木群は影も形もなく消え去り、地面の土ごと抉り取られた直線の道が、はるか森の奥の山肌まで突き抜けている。切り裂かれた空間には、パチパチと純白の魔力の残滓が火花となって散っていた。
現代の魔法理論では説明のつかない、圧倒的な破壊力。
これこそが、彼女の体内に眠っていた失われた系譜――『古代魔法』の真の姿だった。
「す、凄い威力ですね、アルト様。私の剣とはまた違う、空間そのものを消し去るような一撃です」
シアが感心したように濃紺の鎧の胸当てを撫でながら、穿たれた風穴を見つめている。
「ああ、想像以上だったな。現代の術式という雑草を間引いただけで、まさかここまで幹が太い魔法だったとはね」
俺は苦笑いしながら、呆然と立ち尽くしている少女の元へと歩み寄った。
彼女の手にある安物の杖は、先ほどの超高密度の魔力に耐えきれなかったのだろう、ひび割れて今にも砂になって崩れ落ちそうだった。しかし、彼女自身の表情には、先ほどまでの絶望や苦痛の色は一切なかった。
「……痛くない。魔法を使っても、頭が割れそうにならない。身体が、すごく軽いんです……」
少女は自分の小さな掌を見つめ、何度も握ったり開いたりしている。
濁って絡み合っていた魔力の根が真っ直ぐに整えられたことで、彼女の肌はエルフ本来の瑞々しい白さを取り戻し、纏う空気はどこか神聖ですらあった。
「君を縛っていた雑草はもう綺麗さっぱり切り落としたからね。これからはもう、魔法を使うたびに苦しむことはないよ」
「あなたが……私の回路を直してくれたの? ただのハサミで……?」
「ああ。俺はアルト、ただの庭師さ。こっちは護衛のシア」
「私は、フィリア、です……」
フィリアと名乗った少女は、潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめ、それから深々と頭を下げた。
「ありがとうございました、アルト様、シア様。お二人がいなければ、私はあそこで魔獣に踏み潰されて死んでいました。……それに、自分が出来損ないじゃなかったって教えてくれたこと、一生忘れません」
「礼には及ばないよ。目の前で腐りかけている枝を見過ごせなかっただけだからね。……さて、フィリア。君、これからどうするんだい? さっきのパーティには、もう戻るつもりはないんだろ?」
その問いに、フィリアの顔が寂しげに曇った。
「はい。あの人たちには『囮』として捨てられましたから……。でも、私には身寄りがなくて、冒険者として日銭を稼ぐしか生きる方法がなくて……」
行く当てを失くし、心細そうにボロボロのローブを握りしめるフィリア。
俺は隣のシアと視線を交わした。シアは小さく、だが確信を込めてコクリと頷く。
「だったら、俺たちのパーティに来ないかい? ちょうど、前衛のシアを後ろから魔法で援護してくれる仲間を探していたんだ。報酬はきっちり山分けにするし、君のその素晴らしい『大樹』が、これからどう育っていくのか、庭師として側で見届けたいんだよね」
「え……? 私なんかを、仲間に……?」
フィリアの翡翠色の瞳が、驚きで大きく見開かれる。
「私なんか、じゃないですよ、フィリア。今のあなたなら、私の背中を安心して任せられます」
シアが優しく微笑みかけ、手を差し伸べる。
見捨てられた者同士、通じ合うものがあったのかもしれない。その温かい手に、フィリアは躊躇いながらも、自分の小さな手を重ねた。
「はい……っ! 私で良ければ、お供させてください、アルト様!」
こうして、俺たちのパーティに、心強い二人目の仲間が加わった。
フィリアの汚れたローブを俺のハサミで少しだけ『手入れ』してやると、見違えるように綺麗な純白の魔導衣へと生まれ変わり、彼女は何度も嬉しそうに裾を翻していた。
「よし、それじゃあギルドへ戻って、このワイルドボアの素材を納品しよう。……ああ、そういえば」
俺は、森の入り口の方へと視線を向けた。
『剪定』の目を遠くへ向けると、ここへ来る途中でフィリアを突き飛ばして逃げ去った、あの軽薄な三人組の魔力の系譜が視界に引っかかった。
彼らはどうやら、森の出口付近で、別の狂暴化した魔獣の群れに鉢合わせてしまったらしい。
体内の魔力が恐怖でガタガタに歪み、今まさに悲鳴を上げて逃げ惑っているのが、手に取るように分かった。
「因果応報、ってやつかな。俺たちの『庭』を荒らす雑草は、放っておいても勝手に枯れるみたいだ」
「アルト様、何か仰いましたか?」
「いや、なんでもないよ。さあ、帰ろうか」
新調した美しい装備に身を包んだシアと、真の才能を開花させたエルフの魔導士フィリア。
最強の美少女二人を引き連れた庭師の歩みは、ここからさらに加速していく。
(第17話 終)




