間違いを修正
それから1ヶ月。恙ない日常は過ぎていく。香油や人材派遣等の事業は着実に進んでいいるし、マダムマコロンの経営権はとりあえずディナサンに預けて、経営は順調なようだ。
おかげで最近はマダムマコロンのスイーツは私の引きこもりライフには欠かせないものとなっていた。ついでに食用の香油をつかってさまざまなフレーバーのマカロンを、1週間限定で販売させると、1日で在庫切れという快挙を成し遂げたらしい。
……とまぁ、引きこもりの私にしては順風満帆なライフを過ごしている。
そんな生活の中でひとつだけ変化が。
「――リーゼロッテはいるか?」
執務用の白いスーツを着こなす、全身白づくめの公爵様が私が住まう離れに日に一度は訪れることだ。
実はあの助言の後、孤児対策も改善の兆しをみせつつあり、新しいシステム、法律の導入も進んでいるらしい。
システムを見直すことで、孤児の割合も減り、人材もそこそこ増えつつあるのだとか。
まぁ、先達がしてきたことや、実際にドラム商会管轄の孤児院でしている施策をアレンジして話しただけなのだが。
孤児がどうなろうと私の知った話ではないのだが、それで幸せになる人が増えたのならよいことなのだろう。
しかし、その件と急にここに通い出した公爵様との関係性が見えない。というか、ちょっと助言しただけで懐柔したのか? ここに来る理由のあらゆることを想像するが意図が掴めない。
掴めないのに会うわけにもいかないし、そもそもあんまり他人と話すことは苦痛な私はあの日以来、公爵様の対応は使用人に任せることにした。
私は離れの玄関がよく見える自分の部屋のテラスから、こっそりブルーベルが公爵様の来訪に対応する姿を眺める。
「……申し訳ございません。ただいまお嬢様は月末の決算作業に忙しく。御用であれば私から伝えさせていただきます」
「できれば自分の口で伝えたいのだが……いつであれば時間が取れる?」
「それは……」
今日はやけに食い下がる公爵様。さすがに連日追い返しているブルーベルのポーカーフェイスが崩れてしまう。
日常的に引きこもっている私がどう多忙なんだよって話だし、誤魔化し方のレパートリーもすくないもんね。用件を聞かないと永遠と訪問しそうな勢いだし。
仕方ない。
「ブルーベル、なにやら騒がしいのだけど、なにがあったの?」
「リーゼロッテさ――じゃない、お嬢様ッ!」
ブルーベルは外行きの時は主従としての最大限の礼儀を忘れないものとして、名前ではなく、お嬢様と呼ぶ。別にお嬢様と呼ばれるほどの上品な見た目でもないし、名前でいいんだけど。
ブルーベルは一礼をすると、公爵様から3歩ほど下がり、私は話やすいように公爵様の前に立つ。
「ブルーベル、丁度手紙を書き終えたから、ディナサンのところへもっていってくれる?他の人たちに届けさせてもいいんだけど」
「いえ、行ってきます」
「お願いね。後、2人の飲み物の用意を手の空いている誰かに頼んでちょうだい」
「かしこまりました」
二人にして欲しい意図を悟ってくれたブルーベルは、食い下がることなくすんなりと会釈をして去っていく。……さて。
「連日こちらにこられるようですが、何の用でしょう? 晩餐会まではまだ日にちはありますよね?」
「ああ、おまえに話したいことがあってな」
執務を放り出してまで優先させなければいけない、緊急の用事なのだろうか。ここで話は難なので、応対用のテラス席まで案内する。室内でもいいんだけど、今日は天気がいいし、日光も浴びた方がいいから外で話したい。
公爵様は案内した席に座ると、おもむろに口を開いた。
「実は……あれから、おまえに割り当てられている生活費の予算をきちんと調べたら、ほとんどハイリーが横領していたことがわかってな……その」
まるで、これから叱られる子供のように、暗い顔色で瞼を伏せる公爵様。ってことは、今日はわざわざ律儀にそのことを謝りにきたってわけ?
最初はムカついたけど、今は不便じゃないし、そんなに怒ってはないんだけど。強いて言うならハイリーの処遇が気になるくらい?
「確かに、その点の契約違反、確認不足の件でこちらが公爵様に対して問い詰める権利はありますが……今は屋敷の維持費は商会に負担してもらっていますので気にしなくていいですよ。お気持ちだけ受け取っておきますね」
だから早く帰って欲しい。本当、知らない……とまではいかないけど、仲良くない人との会話って苦痛だ。なにを言われるかわかったものではない。さっさと帰って欲しい。
しかし、公爵様は帰らない、納得が行かないと肩をこわばらせる。
「利害関係があったとはいえ、この国の……孤児たちの恩人となったおまえに対していままで不誠実で酷い対応を取ってしまった。この場を借りて謝罪を受け入れてくれないだろうか。……どうか許してくれ」
「私には、自分の有益な存在となる人間が身近にいると知って、媚を売りに来たとしか思えないんですけど...…許してくれってそういうことをしたと自覚があるんですね。あなただったらそんな相手を許すことできます?」
不問にはするけど、気持ち的に許す、許さないの問題なら許さないに決まっている。こちらは不利益、不便を被ったわけだし、話を聞かずに決めつけで物事を言われたこっちの身にもなって欲しい。
「そんなことは……ああいや。おまえの立場ならそう思っても仕方ないだろう。俺が実際にそういう態度を取ってしまった事実もある。ただ、謝罪を受け入れて欲しい」
「わかりました。では謝罪は受けとりますね」
こういう男はディナサン同様しつこいので、妥協点を見つけて受け入れ、さっさと追い返すに限る。これでもう用事はないだろう。
しかし、公爵様の話には続きがあった。
「このままでは俺の気が収まらない。なにか、責任を取らせてくれないだろうか。おまえが望むことを、限界はあるが、可能な限り叶えたいと思う」
「いや、いらな~」
しまった、つい本音が。欲しいものはある程度手中にあるし、今の生活には満足している。公爵様に求めることはなにひとつなかった。
「なにか、ないだろうか。おまえはいらないかもしれんが、俺の気が収まらない。今回の謝罪の意味もこめて、なにか形として残したいのだ」
「謝罪をしたという証を形に残す自慰行為的なものですね?いらないです」
あながち間違ってはいない。こういう自分勝手なやつは口ではっきり言わないとその行為が時に迷惑なものであるという事実に気づけない。余計なお世話かもだけど。
ちくちく、と針で布を縫うように悪態を吐くと厳しい顔をした。それが不快感なのか、図星だから表情が厳しいのか。はたまたその両方なのか。
かなりのイケメンでその厳しい表情もいくらか和らいでみえる。
「噂に対しての調査も行わず、そうだと勝手に相手を決めつけ、落としいれ、さらに契約関係のある相手に対して不利益しか行動を起こさない都合のよい今の公爵様になにをされたところで迷惑でしかないのです。この件に関してはとやかく言う気はないので。お帰りください」
必要以上に関わってくれなければいいから。いや、結婚すれば、子供を生む役割があるけど、そういった行為も愛がなくても、生殖機能が機能していればできる。
無駄に心を開いて傷つくのが嫌だし、なにより、こんなイケメンが私のようなデブで卑屈な人間に利害以外で優しくするわけがない。
その点、ディナサンはわかりやすいので付き合いやすい。彼もどうせ、私が金の卵を生まなくなったら離れていくだろう。男など、そういうものだ。小説の主人公然り、新聞とかでよくみる不倫関係等の記事で感じる男性像然り。
「――私は今後、おまえに対しては誠実に接するし、二度とこういうことを起こさないと誓う。それに、噂や外見を理由に好奇的な視線に晒されることは、俺でもよくわかっていたことなのに。それをおまえにしてしまった。……おまえと言う人間を知らずに、誤解したままで申し訳なかった」
「いいえ。公爵様の言い分は間違っていません。見た目は豚のようにまるまると太っている醜悪な容姿、卑屈で根暗な性格なのは自覚していますので。……といったところでこれ以上水掛け論になりますね。……はぁ」
このまま反論したところで、謝罪を形として受け取らないと帰りそうもないな。
「わかりました。では、今回の件の謝罪として、ひとつ、貸しということで。常識の範囲内であればなんでも言うことをひとつ聞くというのでいかがですか?もちろん、家名を陥れたり、不利益になるようなことは厳禁という条件の中で」
「俺は構わないが、そんな抽象的なものでいいのか?今回の件に関しては、文字通り、なんでも要求されても仕方のないことだと思っていたのだが……」
「そこまで公爵様に興味ありませんし。それにいますぐ欲しいものなんて思いつきません」
一応貸しにしておくことで、後日本当にして欲しいことがあれば、それをしてもらえばいい。こちらとしても都合はいい。
公爵様は不服に思いながらも、頷いてくれた。
「……わかった。それでいい。時間を取らせてしまってすまなかったな」
「いいえ。公爵様もお忙しいようですから、お帰り下さい」
冷め切った紅茶に視線を落とし、公爵様は立ち上がった。白銀の長髪が動く度に、さらりと揺れる様はシルクの糸束を手にとって楽しむくらいに心地が良い。
ほんと、容姿だけは私と正反対だし、美女と野獣ならぬ、美男と野獣ってやつだ。こんな美形が私の婚約者だなんて信じられないくらいだ。




