これがグラトニー公爵か~
それから数日経過して。ヴァーレンスは至急、ドラム商会の商会長、ディナサン・ドラムドルと話すために時間を作った。
先日と同じ、クルベル孤児院の院長室でカザットと待っていると、その15分後、目的の人物が陽気な声を廊下から響かせて現われた。
「カザットく~ん! おるぅ? 僕になんやら重要な用事って言うたから、姫さんとのお茶会を泣く泣く断って来ったった~よぉ」
「ドラムドル商会長、突然お呼びして申し訳ございません。先日手紙で送った通りなのですが……」
「ああ~、あの手紙のことやろ? 読んだ。読んだ。その話をしに来たさかい、ちょっと席座らせてぇな」
糸目を垂れ下げ、人懐っこい笑みを浮かべたまま、ディナサンは一度ヴァーレンスに貴族に挨拶をする為の礼をとって、席に座った。
「あ、煙草吸ってええ? 僕んとこのお姫さん、煙草の臭い嫌いやさかい、会う前は吸えへんのや」
「どうぞ」
ヴァーレンスは頷き、カザットは気を聞かせて窓を開ける。「堪忍なぁ」と謝ると懐から葉巻を取り出して、煙を肺に取り込んだ。
「んで、聞きたいこと言うんは、孤児院の運営についてのこと?」
「ああ、この孤児院の運営方針はドラムドル商会長が決めていると聞いた。……正直、多額の寄付や出資者を集めて、ここまで孤児院の運営を立て直した商会長の手腕を見込んで頼みがあるのだが」
「ああ、孤児対策に関してなんやら手伝って欲しいとか?まぁ、大方ここの視察をうけてなにやら助言欲しいとか?」
ヴァーレンスの言葉を先読みして、告げるディナサン。依然笑みを浮かべたままだが、顔色は読めない。ヴァーレンスは食えない相手だと、内心呟き、「そうだ」と答えた。
「実はなぁ~、あの方針僕が考えたわけやあらへんのや。僕んとこにはな有能なアドバイザーがおるんやけど、全部その子の発案。僕はそれを手伝っただけやねん」
「では、そのアドバイザーと話をつけてもらうことは無理だろうか? 礼は弾む。ぜひ孤児院対策に手を貸して欲しい」
ディナサンはソファの背もたれに体重を預け、たばこを吹かせて考え込む素振りを見せた。ひとつの返事に対しても、答えがでようと考え込む姿を見せるのも策略なのだろうか。
唸り声を見せた後に、にまりと笑って答えた。
「それは無理な話やな~。こういうシステムを増やしたところで、次は人材の飽和が始まるし、すべての孤児院に教養のプログラムを導入するほど、この国には人材がおらへん。非現実的やし、僕らに利があらへん。これは小銭稼ぎやないし、慈善活動でもなし。他あたりぃ」
ディナサンはまるで足元に纏わりつく子猫をあしらうような手つきでヴァーレンスの提案を跳ねのけた。ヴァーレンスは立ち上がってなおも食い下がる。
「せめて、貴殿のアドバイザーとやらに話をつけてみて欲しい! 今でも孤児院は潰れ、行き場を失う子供も多い。この国の将来の為にもせめて助言だけでも頼む」
明後日の方向をみたディナサンは薄くあけれた瞼から金色の瞳を覗かせた。好意的な色ではないのは明白。
駄々っ子をあやすような態度で首を振った。
「うちのアドバイザー……姫さん人嫌いの引きこもりでなぁ……あんま知らん人間と会わへんのや。僕も無理に合わせる気もないし、堪忍なぁ。あ、ビジネスの話なら大歓迎やで」
国の宰相が直々に頼んでも、ディナサンは恐れることもなく、ひょうひょうとした態度で断った。申し出を断られる機会事態すくなかったヴァーレンスは難しい顔をして床に視線を向けた。
「んでぇ、話は終り? 僕も暇じゃないし、そろそろ帰っていい?」
沈黙の時間が続き、ディナサンの声がしたことでようやくヴァーレンスは顔をあげた。これ以上話すことはないと、横に置いてある鞄を秘書に持たせたディナサンは席を立った。
「国の宰相言うからちょっと頭のよろしい人かと思うたんやけど、期待外れやわ~。次はビジネスの話をお待ちしてますんで。ほならな」
素直で辛辣すぎるディナサンのセリフに、ここまで素直に意見する人間が平民にもいたのかと、力なく笑ったヴァーレンス。ディナサンはヴァーレンスを一瞥すると、それ以上彼を見ることもなく去って行った。




