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▼リンプインの夜(ザガン中佐視点)

「アンダー・ザガン中佐、ご協力感謝します」


 深夜を回ったリンプイン海軍庁舎の一室。

 感謝の言葉を述べたのはリンプイン海軍ミロス・コミット。

 笑顔を向けるコミットに頷いてサイドポット海軍アンダー・ザガン中佐は机上に並べられた報告書へと視線を落とした。


 逃げたと思いきや再び姿を現した憎き海賊 アレン・ヴァンドールを追って踏み入れた廃墟のような建物。

 コミットの話によれば、その建物はどうやら人身売買を生業とする不逞の輩が拠点としていた場所らしかった。

 その拠点の一つを今回、民間人の通報によって摘発。

 軍が建物内へと踏み込んだ際、内部にいた者達と一時戦闘となったものの程なくして制圧に成功。囚われていた民間人は救出され、事態は無事に終息した。


 しかし、どうにも何かが腑に落ちない。

 一度は逃げたと思われたアレン・ヴァンドールが再び目の前に姿を現した事もそうだが、奴は何故あの建物へと逃げ込んだ?

 そこに突然助けを求めて現れた少女に、まるで示し合わせたかのようにその場所へと踏み込んで来たリンプインの海軍。


 これは単なる偶然なのか?

 結果として事態は無事に終息したものの、どうにも何かが引っ掛かっている。

 まるで全てのシナリオが初めから決められていたかのような、まるで奴の掌で踊らされたかのような釈然としない感覚が残っている。

 その真偽の程は知れないが、しかしながらアレン・ヴァンドールにはまたしてもまんまと逃げられた。どちらにせよ時間を取られてしまった事には変わりがない。

 おのれ、アレン・ヴァンドール。次こそは絶対に捕まえてやる。


「………」


 ふと視線をあげれば、手にした報告書の一枚を神妙な面持ちで見詰めるコミットの姿が目に入った。


「どうかしたのか?」

「あ、いえ……」


 不審に思い尋ねてみれば、コミットは視線を落として口籠もる。しかし、やや合ってコミットは手にした報告書をこちらに手渡しながら閉ざした口を再び開いた。


「その、建物内部で発見された複数の遺体の事がどうにも気になってしまって……」


 手渡された報告書を受け取ってそれに目を通してみる。

 そこには建物内で発見された複数の遺体についての報告が記載されていた。


 腑に落ちない点はまだ他にもある。

 それは今まさにコミットが口にした複数の遺体に関しての件である。

 建物内部へと踏み込んだ際、一時戦闘となったものの、それは予想よりも時間が掛からずに程なく制圧する事が出来た。その大きな要因は建物内部に潜んでいた不逞の輩の実に半数以上が何者かによって殺害されていた事にある。


「発見された遺体はみな、複数箇所を切り裂かれて殺害されていました」


 コミットが報告書に記載された内容を口にする。

 その言葉の通り、発見された遺体はみな、鋭利な刃物によって急所及び複数箇所を切り裂かれるなど酷く残忍な方法で殺害されていた。それは明らかに明確な殺意を持って害者が殺された事を物語っている。


 囚われていた人間の仕業ではない。

 しかし、アレン・ヴァンドールの仕業だとも思えない。確かに奴は悪党だが、無意味な人殺しは好まない筈。

 そう考えるならば、恐らくは――全く別の誰か。

 海軍でも囚われた民間人でもない“別の第三者”がこの件に関わっていると思われた。


「ザガン中佐は『ブリング・イット殺人事件』をご存知ですか?」

「聞いた事がある。確か2年前、ブラインド大陸北西を中心に起きた猟奇的大量殺人事件の事だろう?」


『ブリング・イット殺人事件』

 2年前、ブラインド大陸北西を中心に起きた猟奇的無差別大量殺人事件の名称。

 被害範囲はブラインド大陸の北から西に掛けての広範囲に及び、その被害が最も大きかった街、ブリング・イットの名前を取ってそう呼ばれている。

 被害者の数は分かっているだけでも実に300人をゆうに超え、大陸全土を震え上がらせた大量殺人事件である。


「ええ、そのブリング・イット事件の件なのですが、無差別だと思われていた犯行が実は無差別ではなかった可能性が最近になって浮上したんです」

「なに?」

「被害者の数は分かっているだけででも実に360人以上。被害範囲も広範囲に及び、中には損傷の激しい遺体も複数あった為、身元の特定に膨大な時間を要しました。しかし、捜査を進めるにあたり徐々にある事実が分かって来たんです。ブリング・イット殺人事件の被害者。その被害者のほとんどがみな、誘拐、密輸、及び人身売買等に関わっていた事が最近になって判明したんです」


 誘拐。密輸。人身売買。


「つまり、事件の犯人は無差別でなく、そういった主に裏での闇商売に関わっていた人間を狙って殺人を繰り返していた可能性がある事が最近になって分かって来たんです」


 そう言ってコミットは一度口を噤み、そしてザガン中佐が手にした報告書へと再びその視線を向ける。


「その事件の手口が今回の件とよく似ているんですよ」


 2年前、旧ベリーバスター城爆破事件によって死んだとされる“大量殺人鬼 『赤眼の死神』”の手口に――


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