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▼奴を追って(ザガン中佐視点)

 大通りから外れた路地。

 ザガン中佐は率いた隊をいくつかに分け、辺りの捜索を行なっていた。

 先程、通り沿いの酒場にてあと一歩の所までアレン・ヴァンドールを追い詰めたにも関わらず、思わぬ横槍のせいで又しても奴に逃げられてしまった。しかし、奴はまだそう遠くへは行っていない筈。

 逃げ足だけはやたら早く、狡猾で忌々しいあの男。

 クワッズ共和国でのあの一件、思い返すだけでも腹立たしい。沸々とこみ上げて来る怒りを堪えザガン中佐は目を皿にして辺りの捜索を続けていた。


「おいおい、どこ探してんだ?」


 静まり返った暗い路地。

 捜索を続けていると、背後から声が降りかかった。


「よう、アンダー・ザガン中佐!」


 声の方へと振り返れば、そこには長い茶髪を携えた憎たらしい笑みを浮かべる奴の姿が。


「アレン・ヴァンドール!!」


 ヴァンドールはやりと笑った。

 そして、すぐさまくるりと踵を返し夜の暗がりの方へと駆けていく。


「奴を捕らえろ!今度こそ奴を逃がすな!!」


 ザガン中佐は声を張り上げ号令を掛ける。そして逃げるアレン・ヴァンドールの後を追った。


「ザガン中佐!遅い遅い!」


 挑発めいた言葉を口にしながら夜の町を逃げていくアレン・ヴァンドール。

 クワッズ共和国でも感じたが、奴は予想以上に足が速く、なんとも身軽ですばしっこい。

 かつて、奴は何度も軍に捕らえられ、一時は処刑寸前の所まで追い詰められたという。しかし、どういう訳か何度捕らえようともその度に奴はその手を逃れ、現在もこうしてのうのうと生き延びている。

 本当に忌々しい程に悪運が強い。

 ヴァンドールはまるで嘲笑うかのようにどこまでもどこまでも逃げ続けていく。しかし、そんな悪運も今日限りだ。今度という今度こそは、絶対に奴を逃がしはしない。


 逃げるヴァンドールを追っていくと、やがて奴は川辺に立つ一軒の建物内へと逃げ込んだ。

 外観は寂れ壊れ掛けた古びた建物。ザガン中佐は隊を率い、開かれた扉からその中へと踏み入れる。しかし、中へと踏み入れてすぐに妙な違和感を覚えた。

 この建物の外観からして、恐らくは何年も前に廃棄されたもののように思えたのだが、それにしては何かが妙だ。

 建物内は外観同様、古びており至る所が壊れ掛けている。人の気配はまるでしない。だが、その屋内には僅かだが、足元が見える程度の明かりがぽつぽつと灯されているようだった。


「ここは一体何なんだ……?」


 辺りを見回し不審に思ったザガン中佐だったが、すぐに自身の目的を思い出す。

 ここが一体何であれ、今はそんな些細な事に構っている暇などない。奴は必ずこの建物内のどこかに身を潜めている筈だ。

 ザガン中佐は一通り辺りを見回したのち、更に奥へと足を進めようとした。

 その時。突然、通路の奥から甲高い悲鳴が響き渡った。


「何事だ!?」


 ザガン中佐は驚いて悲鳴が聞こえた方へと視線を向ける。

 するとその視線の先、奥の暗がりから何かがこちらへと一直線に向かって駆けて来ていた。突然現れた瑠璃色の影をザガン中佐は咄嗟に両手で受け止める。暗がりから悲鳴と共に現れたのは、瑠璃色の髪をした若い女。まだ幼さの残る少女だった。


「な、なんだ……?」


 口からそんな言葉が溢れ落ちる。

 怯えているのか?顔を伏せた少女の身体は微かに震えているようだった。


「お、おい、一体何なん……」

「助けてください!!」


 怯えたようにしがみつく少女に問いかけようとした時、彼女は勢いよく伏せていた顔を上げた。


「お願いします!どうか助けてください!」


 彼女の口から出た思わぬ言葉。その切実さを物語るかのように彼女の瞳は真剣そのもの。切迫した表情で必死にそう訴えて来る。

 しかも、彼女は軍服を固く掴んで離さない。一体この女は何者なんだ……

 状況が理解出来ず、戸惑うザガン中佐。

 そこへまたしても思わぬ珍客が現れた。


「この建物の中だ!」


 突然背後から力強い号令が響いた。

 それと同時に複数の足音がこちらへと向かって駆けて来る。


「なっ……!?」


 振り返ったザガン中佐は目を見開いた。

 力強い号令と共に現れたのは、この国特有の軍服に身を包んだプリフロップの軍人と思われる者達だった。建物内にてザガン中佐達を目にした彼らもまた驚いたように目を見開く。


「貴方がたは一体……?」


 驚いた顔でそう尋ねたのは、白髪に金色の瞳が印象的な若い兵士。彼は困惑した様子でザガン中佐と彼にしがみつく少女とを交互に見る。


「助けてください!」


 ザガン中佐にしがみついたまま、彼女は再びそう口にした。


「君が彼女の言っていた、拐われたという友達かい?」

「そうです」


 優しく問い掛けた彼の言葉に少女はコクリと頷いた。

 どうやら彼らの間では何やら話が通じている様子だったが、しかし、一方のザガン中佐は状況が全く理解出来ていない。頭の中には尚も疑問符が増え続けていく。だが、そんなザガン中佐を差し置いて彼らの話はどんどんとあらぬ方向へと進んでいった。


「この建物の中には他にも私と同じように拐われた人達が大勢捕まっています」

「何だって!?」

「しかも、私を拐った男達は皆んな武装していました!お願いです、どうか彼女達を助けてください!」

「分かった!」


 彼は力強く頷いた。そして、素早く他の兵士達に指示を出す。


「タイトは彼女を頼む。他の者は私と共に捕らえられた人達の捜索、救出に当たれ!」


 彼の迅速かつ的確な指示のもと、他数名の兵士達が建物の更に奥へと踏み込んでいった。


「一体、何がどうなっているんだ……?」


 状況が全く飲み込めず取り残されたザガン中佐。そんなザガン中佐に対し、号令を掛けた兵士は改めて向き直る。


「失礼。私はミロス・コミット。先程、一緒にいた友達が拐われたという女性の通報を受け、不審な男達を追ってこの建物へと駆けつけたのです」

「私はサイドポットのアンダー・ザガン中佐だ。手配中のある男を追ってここへ来たのだが……」

「おぉ!サイドポットの方でしたか!ちょうど良かった!彼女の話によれば、相手は複数、そして武装しているとの事でした。けれど、ザガン中佐殿がいてくだされば心強い。是非ともそのお力を貸して頂きたい!」

「い、いやしかし、私にはやる事が……っ」


 海軍中佐と名乗るや否や、コミットは目を輝かせ、人命救助への加勢を要請した。

 見れば、やはり真夜中という事もあってか、駆け付けた兵は僅か数人。

 話によれば、相手は複数であり、しかも武装しているという。確かに戦力は多いに越した事はない。しかし、ここで彼らに加勢すれば、その間に又してもアレン・ヴァンドールに逃げられてしまう。

 だが、助勢を求められたのにも関わらずそれを拒否し、結果万が一にも、彼らが敵勢力に殲滅されるような事がありでもすれば、部下達からの信頼も失い、尚且つ今後の昇進に響いてしまう事になるのでないか。


 アレン・ヴァンドールの追跡か人命救助への助勢か。選択を迫られたザガン中佐。


「おい、なんだお前らは!?」


 そんな思考を吹き飛ばすかのように、またしても呼んでもいないのに珍客は次々に来訪する。

 現れたのは、褐色の肌をした見るからに柄の悪い筋肉質な男達。その手には各々武器が持たれ、怒りを露わにこちらを睨みつけてくる。恐らくはこの者達が、彼らの言う所の「複数の武装した男達」なのであろうと思われた。


「敵か!各員私に続け!誰一人外へは逃すな!!」


 コミットは剣を引き抜き、武装した男達へと向かって勇ましく突撃していく。

 アレン・ヴァンドールを追っていた筈が、古びた建物内へと踏み入れた途端、目まぐるしく急展開をみせるこの事態。


 一体、これは何なんだ!?

 一体、何がどうなっている!?


 ザカン中佐は困惑しながらも腰に差した剣へと手を掛ける。そして、結果、彼らの戦闘に巻き込まれる形で加勢をするはめになったのだった。


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