全員集合
非常口の扉を開け外に出る。
扉を出た先。目の前に広がったのは、暗い色をした川だった。
囚われていた建物からようやくにして外へと出た。目の前に開けたのは、緩やかに流れる広い川。月光を弾いて光る水面の先、対岸に聳える町並みが遠くに望む。
「……なるほどね」
そんな言葉が静かに聞こえた。
静かに口を零したのは、目の前に立つ返り血に身を染めたラック。
その意図を知ろうと視線を辿れば、その先には小型のボートが数隻程止まっていた。
「この川は恐らく、遡れば都市部へ、下れば海へと繋がってる。この川を使えば、攫った人間をどこへでも運べ、いざという時の逃げ道にもなる。……考えたものだね」
まるで独り言のように淡々と口にしたラック。返り血に濡れたその背中はまるで別人のようだった。
「おーいっ!」
川辺を吹く風に乗って遠くから足音が駆け来た。聞き慣れた声が耳に届く。ラックから視線を外し、そちらの方へと目を向ければ。
「アレン船長!それにレイズさんにフォクセルさん!」
騒がしい足音と共に現れたのは、茶髪と金髪と黒髪のよく見慣れた人物達。
「ハルぅう!!」
いの一番。長い茶髪を揺らし先頭を駆けて来たのはアレン。その顔は文字通り泣き出しそうな程の笑顔。目には薄っすらと涙が浮かんでいる。アレンは駆けて来たそのまま止まる事はなく、勢いに任せて私の身体に抱き着いた。
「ハル!良かった無事だったのか!!」
「ちょ……っアレン船長!?」
「良かった!君が無事で本当に良かった!!」
「なっ何なんですかいきなり!?ちょっとっもう離れてください!!」
頬ずりせんばかりの勢いで縋り付くアレン。
その身体が何故か僅かに湿っている。漂っていたアルコール臭はとうに飛んで代わりになんだか別の異臭がした。土、というか泥臭いというかなんというか。とにかく何かが臭っている。
「一体何があったんですか?」
「……聞くな」
とても話が通じる状態ではないアレンを尻目に変わってレイズに問いかければ、ため息と共にそれが返って来る。
見れば、アレンもレイズもフォクセルも纏っている衣服はボロボロで。レイズは頭痛を堪えるかのように眉間を押さえ、相変わらず表情に乏しいフォクセルの顔にも僅かに疲労が滲んでいた。
「遅かったね、船長」
「……て、お前、その格好」
掛けられた声に顔を上げた3人はラックの姿に目を見開く。
「……まあ、ちょっと色々あってね」
全身を染めていた赤は乾き、血は黒く変色していた。困惑の視線を向けられたラックは何も語らず、ただ一言そう口にしただけだった。
「この人達もハルの仲間なの?」
感動の再会を果たした一行の背後から高い声が掛けられる。私の後ろから遠慮がちに声を掛けたのは、困惑気味のストリークだった。
「おぉ!美しいお嬢さん!」
ストリークの存在を改めて認識したアレンはすぐさまガバッと身体を起こす。
先程までの情け無い様はどこへやら。美人を前にしたこの変わり身よう。……本当になんて食い付きがいいんだ。
アレンの見事な変貌ぶりに呆れつつ、内心ツッコミを入れつつも、私は事の次第を合流したアレン達に説明した。
「なるほどな、状況は理解した」
私の説明を聞き、おおよその状況を把握したアレンは一人頷く。
「不躾なのは分かってます。だけど、どうか……力を貸してくださいっ」
そんなアレンに対し、ストリークは一心に頭を下げた。
全てを話していない為、ストリークはアレン達の素性を分かっていない。
しかし、アレン達から聞いた話により、彼らがただの愉快な一行ではない事は理解していると思われた。
けれども現状。この際、たとえ相手が誰であったとしても助力を求める相手を選んではいられない。彼女の中ではそう判断をしたのかもしれない。
「うーむ……」
一方、ストリークを前に見事なまでの変わり身ようを披露したアレンは腕組みをして考え込む。
アレン達は酒場にて合流したのち、そこに突如、クワッズ共和国にて撒いた筈のアンダー・ザガン中佐率いる海軍隊が現れた。アレン達は怒り心頭のザガン中佐に今の今まで街中を散々追い回され、やっと思いでそれを撒いて来たのだという。
アレンとしてはもうこれ以上の面倒は御免こうむりたい。ザガン中佐率いる海軍が血眼になって辺りを探し回っている以上、一刻も早くこの場を離れたいというのが本音の筈。
「………」
切迫した状況下、自身で下した筈の苦渋の決断。彼女に言った無責任な言葉。
可能性はなくはないと思ってはいたが、こんな状況ではアレン達に助力を求めるのは無理な話のように思われた。
「船長達に頼む事もないでしょ」
雲行きの怪しい話し合いの中、黙って話を聞いていたラックが口を開いた。
「ハル達も無事に外に出られたし、こうして船長達とも合流出来た訳だし」
そう言ってラックは静かに身体を起こす。
「あとは俺がなんとかするよ」
「そんな……待って、ラックっ」
私は思わずラックを呼び止めていた。
今のラックにはいつもの柔らかい雰囲気は無い。
真紅の瞳は彩度を落とし黒に近く。いつもの穏やかさなど帯びてはおらず、その眼はあの時と同じ、鋭く冷たい光を宿していた。
あの時と同じ。ラックは手にしたその刃でまた誰かあんな風に殺すのかもしれない。そんな恐怖にも似た不安がラックを呼び止めたさせたのだった。
「――よし!」
ぽんっと小気味良い音が突然響いた。
「いい事を思い付いた!」
今にも建物内へと駆けて行きそうだったラックの出鼻をくじくようにアレンが突然声を上げた。
「いい事を思いついたって……またなんかくだらない事じゃねぇだろうな?」
「くだらないとは失礼な!」
これこそ、勘というやつか。
アレンの表情を見るや明らかに不審の目を向るレイズ。そんなレイズに対し、アレンは心外だとばかりに声を荒げる。
「何かいい考えがあるんですか?」
「ああ」
問い掛けた私に頷いて。「よくぞ聞いてくれました!」と言わんばかりの顔をアレンはこちらに向ける。そして、彼はこう続けた。
「だが、その為には――レイズ、フォクセル。それから、美しいお嬢さん!……お名前は?」
「ストリークよ」
「ストリーク!そして、ハル!君の協力も必要だ」
敢えて一人一人を名指しして、アレンは更に口角を釣り上げる。
「さあ――」
「とっておきのショーを始めようか」




