▼家族と呼べる人達
日が西へと傾き始めた夕刻。勤務を終えたレイズはとある場所へと立ち寄った。
王都近郊に立つ一軒の店。そこは昔ながらの佇まいの飲食店だった。扉を開け中へと入る。それと同時に来店を知らせるベルが鳴った。
「おや、レイズじゃないかい!」
そのベルを聞いて奥から小柄な女性が駆けて来る。来店したレイズを笑顔で迎えてくれたのは、長い白髪を後ろで束ねた小柄な女性だった。
彼女の名前はテル・ナイン。
飲食店『セブンスヘブン』の店主であり、レイズの両親の友人である。両親の死後、テルは1人で店を切り盛りしながら身寄りのないレイズを引き取り育ててくれたその人だった。
「仕事帰りかい?」
「ああ。早く終わったから寄ってみたんだ」
尋ねたテルに頷いてレイズは適当な席に腰を下ろす。席に着くやテルはすぐに飲み物を出してくれた。
王都近郊の一角に構えられたテルの店。木造二階建てで、一階は飲食店、二階は居住スペースとなっている。テルに引き取られたレイズは、17歳で軍に志願するまで、ここでテルとその孫であるリリとランクと共に4人で暮らしていた。
ぐるりと視線を巡らせて改めて店内を見回してみる。
(そういえば、よく店の手伝いをしていたっけな)
久しぶりに足を運んだテルの店で唐突にそんな事を思い出し、なんだか無性に懐かしくなる。
内装は至ってシンプルでこじんまりとしているが、温かみのあるその雰囲気はなんだか本当の我が家に帰って来たようでとても落ち着く感じがした。
「2人の墓参りには行ったのかい?」
「ああ」
「そうかい。2人も喜んどるだろうさ、あんなに小さかった子がこんなに立派になってね」
両親の死後、レイズの親代わりとなったテルはレイズの成長をまるで我が子の事の様に喜んでくれる。そんなテルをレイズは本当の家族のように思っていた。
そんな折、軽快な音を立て再び来店を知らせるベルが鳴った。
「テルばあちゃんいるー?」
「ただいまー!テルばあちゃん!」
その声と共に2人の男女が来店する。
「リリ!それにランク!帰ったのかい?」
店へと入って来た2人の顔を見てテルは驚き、そして笑顔を見せた。
来店したのは、互いに橙色の髪と翡翠色の瞳を持つレイズと同じ紺青色の軍服を纏った男女。
テルの孫娘、リリ・ナインとその兄、ランク・ナインだった。
2人はレイズと同じく、早くに両親を流行り病で亡くし、祖母であるテルの元へと身を寄せていた。そして、幼少の頃テルに引き取られたレイズと共にこの家で4人で暮らしていた。そんな2人も今では成人して自立。祖国を守る為、ランクは軍へと志願し、妹であるリリもまたランクを追って軍人への道を選んだ。
レイズにとっては2人は同僚であり幼馴染でもあり、また家族でもあった。
「帰ったのか、ランク」
「おおー、レイズ来てたのか!遠征からさっき帰ったばかりなんだ」
「リリは確か今日は非番だったよな?」
「ええ、そう。だからランクと一緒にテルばあちゃんに会いに来たんだ」
来店した2人にレイズはそう声を掛けた。
リリとランクはそれぞれレイズの向かいの席へと腰を下ろす。テルは2人にも飲み物を出すと、張り切って厨房の方へと駆けていった。そして、しばらくもしないうちに沢山の手料理が運ばれて来る。それからは久しぶりに4人での食事となった。
***
「親父さんが亡くなってもう10年か……」
食事を終えしばらくした頃、ランクは唐突にそんな言葉をにした。
「……そうだな」
「立派な方だったからな。俺は誰よりもロイさんを尊敬していたよ」
「そう言って貰えて親父もきっと喜んでるよ」
レイズの父、ロイ・ローゼル。
彼はもともと一介の船乗りだった。ディーレフトの海洋貿易を取り仕切る商会に雇われた彼は西方への貿易の任を任されていた。
ところがある時、西方での貿易を終えディーレフトへの帰還中、ロイの乗った船は海上で大嵐に遭い、遭難。
その時偶然、荒れる波間に峨々として聳える島を発見する。のちに分かった事だが、その島は地図上にはない未発見の島だった。
ロイはその島へと上陸し、隠されていた黄金に輝く財宝を発見。そしてそこで、彼の運命を変える剣、『勝利の剣 フレイ』を手に入れた。
それらの財宝を持ってロイは仲間と共にディーレフトへと帰国。
持ち帰った財宝は商会から国へと献上され、ロイの功績を讃えて後日、国王リチャード・トゥエルブ陛下との謁見が許された。後日開かれた、陛下との謁見の場。ロイは西方で繰り広げた冒険活劇を話して聞かせ、その時に得た、『勝利の剣・フレイ』を持って国に忠誠を誓った。
その後、彼はワンスモールとの戦闘を機に軍へと志願。
アインス城奪還に尽力し、北方での防衛戦など数々の戦場で活躍した彼はその功績を認められ、のちに国から『騎士』の称号を賜った。
平民でありながら騎士へと上り詰めた彼、ロイ・ローゼル。
ロイの持つ勝利の剣は、刀身に炎を纏うその姿からいつしか『劫火の剣』と呼ばれるようになり、その剣の所有者たるロイは『劫火の英雄』と謳われるようになった。
そんな彼を尊敬し、また平民から騎士へと上り詰めた彼に憧れを抱いて軍人を目指す者も大幅に増えた。ランクもまたその1人であり、人々に慕われる父ロイ・ローゼルの存在はレイズにとって誇りでもあった。
「国境の方の様子はどうだった?」
レイズは話題を変え、国境付近の様子についてランクに尋ねた。
ランクはこの2ヶ月間、ワンスモールとの国境の警備へと赴いていた。その問いに先程まで笑顔を見せていたランクだったが、途端にその表情を曇らせる。
「相変わらずさ。国境付近は未だに厳戒態勢。ワンスモール国内では今尚、反政府軍が各地で抵抗を続けている」
現在の戦況をランクは語る。
ロイ・ローゼルの活躍により、平和を取り戻したかに見えたディーレフト。
しかし、その平和は永くは続かなかった。
ロイが何者かにより殺害された。その機をまるで計ったかのように、ワンスモールでもまた国王が暗殺される事件が起きた。
首謀者とされたのは戦死したと思われていたマオ・クインズ。クインズは生きていたのだった。再び戦場へと舞い戻ったクインズは国王暗殺後、程なくして全政権を掌握。巧みな扇動により民衆の支持を得たクインズは再び反旗を掲げ、兵を再びディーレフトへと差し向けた。
英雄亡き今、勢いづくワンスモールを前にディーレフトは苦戦を強いられた。
クインズの軍はディーレフト領内へと侵攻。その勢いは止まらず脅威は王都へと迫りつつあった。
しかし、侵攻する敵兵の前に再び炎が燃え上がる。
ディーレフト国王リチャード・トゥエルブが英雄 ロイ・ローゼルが残した剣『劫火の剣フレイ』をその手に立ち上がったのだ。
リチャード国王の台頭により劣勢を強いられた戦局は転機を迎え一変する。
ディーレフトは勢いを取り戻し、クインズの軍を国内から撃退。
数年後、首謀者マオ・クインズをワンスモール北部にて捕捉した。
のちにディーレフトはワンスモール首都に暫定政府を配置。
それによりワンスモールは事実上、ディーレフトの属国となった。
クインズの拘束により、ディーレフト及びワンスモール国内の混乱も徐々に終息へと向か始める。革命から始まった永きに渡る戦乱がようやく終結を迎えたかに見えた。
だが、訪れる筈の平和が国に戻る事はなかった。
ディーレフトの属国となったワンスモール。
マオ・クインズが齎した混乱は徐々に終息に向かいつつあるものの、いまだ各地では反政府軍が抵抗を続け、今尚暴動と戦闘が勃発的に繰り返されていた。
それに加え、国境付近及びディーレフト国内では、数年前王家を狙って起きた銃撃事件を皮切りに無差別的テロが後を絶たず、国内は王都を含め常に厳戒態勢。
統治国として振る舞うディーレフト。
置かれた暫定政府に対しての不満と憎悪が終わる事の無い怨嗟を生み続け、終わりの見えない混沌を今尚齎し続いているが今現在のディーレフト、及び周辺域の現状だった。
「こんな状況が一体いつまで続くのか……」
「そうだな……」
ランクは暗い顔のまま深くため息を吐いた。
そんなランクの様子を前にレイズもまた同様にその表情を曇らせる。
食後のゆったりとした雰囲気がなんだか重くなってしまった。それを感じたレイズは再び話題を変え、ずっと気になっていた事を尋ねてみる事にした。
「そういえば、遠征中に『覚醒』したんだってっな」
「ああ、そうなんだよ!」
その問いに先程まで曇っていたランクの表情がパッと明るさを取り戻す。
「俺は“炎の属性”が覚醒したんだ!」
そう言ってランクは嬉しそうに笑顔をみせた。
『属性』とは、四大元素を基礎とした、魔法要素の区分を指す。存在する魔法は全てこれらの何れかに該当するとされている。
魔法に関しての研究は未だ未知の部分が多く全てが解明された訳ではない。
しかし、『魔力』と並んで身体に影響を与える『属性』は魔法を使用する上で必要不可欠のものと考えられている。
本来ならば、魔導師でない人間が魔法、及びその属性を会得しようとした場合、長い時間をかけ徐々にそれを行うものだが、中にはランクのように突然その属性を得て、魔法が使えるようになる者もいる。
これを『覚醒』と言った。
覚醒した者はその属性に準じ、それに特化した魔法が使えるようになるのである。
2ヶ月前、ランクが遠征中に覚醒したと人伝てに話を聞いていた。
ランクが覚醒した属性、それはレイズの父、ロイ・ローゼルと同じ炎の属性。『劫火の英雄』と謳われたロイもまた炎の属性を持っていた。その事から、英雄と同じ炎の属性を持つ事は人々の間では名誉な事とされているのだった。
「いいなーランクは。まさか炎の属性が覚醒するなんてさ」
「誰かさんと違って日頃の行いが良いおかげかもな」
今まで黙って話を聞いていたリリが羨ましそうにランクを見詰める。
そんなリリに対しランクは冗談混じりにそう答えた。
「お前の方は最近どうなんだ?」
「こっちも見ての通り。相変わらずさ」
仲睦まじい2人の姿を微笑ましげに見詰めていたレイズに対しランクが唐突に話を振る。
ランクの問いにレイズは肩を落して首を振った。
突然、魔法の力に目覚める『覚醒』が起こるのは極稀な事である。つまり『覚醒』とは誰にでも起こるものではない。『覚醒』が起こるその理由や原因は今尚不明とされているが、そうでもなければ、魔導師でない人間にとっては『魔法』などといものはまるで縁遠いものなのである。
英雄と謳われた父は炎の属性を持っていた。
しかし、その血を引く筈の自分には未だその兆候は愚か、何の兆しもありはしない。
一般的になりつつある『魔法』という存在ではあるが、中には一生魔法に縁の無い者も多くいる。恐らくはきっと、自分自身もそう。英雄の血を受け継ぎながらも、そうして魔法になど縁無く生きていくに違い無いのだ。
口を閉ざし肩を落としたレイズ。落ち込むレイズを見たランクは励ますように苦笑した。
「まあ、こればっかりはいつどうなるか分からないからな。けど何も魔法が使える人間だけが偉いって訳じゃないんだ」
「ああ……」
「魔法だけが国を守る術じゃない。何の属性も持たなくったってお前はこの国を立派に守ってる。親父さんもきっと誇りに思ってるよ」
そう言ってランクは俯いたレイズの肩を叩いた。




